第12話 シキセマ
翌朝。二年寮、衛の部屋にて。
衛は目を覚ました。アラームの音が耳に響き顔を顰めながら起き上がる。
図書館に朝食を持っていくために登校時間よりも早く目覚めた。
慣れない時間調整に身体が追い付いていない。甘くした珈琲を一気に飲み切る。
カフェインで少しは目が冴えるかもしれないと期待しながらキッチンに立つ。
準備を終わらせてリュックサックを背負い図書館に向かう。
図書館は相変わらず、管理アンドロイドが機能していない。右を見ても左を見てもアンドロイドが生徒の生活を支えていると言うのに図書館だけその手から逃れている。逃れると言うのは少しだけ表現が可笑しい。管理を拒んでいるのだろう。
それもこれも淳平が勝手にしている事だ。機械が嫌いにしても意図的にスリープモードに出来るあたり機械には強いと衛はのんびりとそんな事を考える。
カウンターの前に行くと淳平が本を読んでいた。
「おはよう、谷嵜」
「来たのか」
「朝ごはん、持ってきた。莉は起きてるか?」
「ああ」
リュックサックから淳平の為に作った物をカウンターに置く。
昨日の保存容器を受け取りリュックサックに入れる。暇だったのか、保存容器は洗われていた。
「昨日、同類が来た」
「同類? 『死期』が見える奴か?」
同類と言われて思い当たるのは一つで可能性を口にすると淳平は肯定するように頷いた。
「一年の
莉に万が一があれば衛との約束を破る。啓介と名乗った後輩。
偶然にも昨日は、学園で同じ後輩の美夜と知り合っている。もしかしたら知り合いかもしれないと衛は淳平が啓介に出した条件に頷いた。
「ちゃんと名前、覚えててくれたんだな」
「俺一人の事なら覚えることはしなかったが、流石にそうもいかないだろ」
衛がこうして胡桃色の髪をした女子生徒から夘月に至るまで、かなり掛かった事で淳平は申し訳さを感じたのか啓介の名前を覚えていたと言う。
「ありがとう」
そう言って、衛は莉に会いに行く。
仮眠室に入ると莉は起きていた。外で何か話し声が聞こえたからと笑っていた。
話の内容は聞こえなかったが衛が来たことだけは分かった。
「おはよう、莉」
「おはよう、お兄ちゃん」
莉用のご飯を出して食べてもらう。学園の購買で売っていたグミを取り出せば、莉は喜々と「ありがとう!」と笑みを浮かべる。
「ごめんな、隔離してるみたいになって」
「ううん、楽しいよ。お兄ちゃんが毎日来てくれるもん」
実際、莉を隔離している。心苦しさを覚える。
全て衛の自己満足で莉や淳平を巻き込んでいる事は承知している。
だからこそ、今している事は全て衛の責任である事を自覚している。
「お兄ちゃん。勉強頑張ってね。私は此処で待ってるしか出来ないけど、お兄ちゃんを応援してる」
「兄ちゃん、その応援に応えないとな」
莉と他愛無い話をした後、学園に向かう。
淳平はどうして退学にならないのか不思議だったが気にしても仕方ないと学園の門をくぐる。
通い慣れた教室でこちらに気が付くと近づいて来る。
「おはよう、衛君」
「おはよう。筅」
「今日は、サボらなかったね。偉いぞ」
「いつもサボってなかったろ」
「でも、一度のサボりは二度三度起こるものだからね! 気を付けないと」
「善処するよ」
「そう言う人は、信じられない」
「はははっ……所で、筅に訊きたいことがあるんだ。夘月って生徒を知ってるか?」
「夘月? 知らないけど……あっもしかして、探してる生徒ってその人?」
美夜から探している人物と酷似している人と会ったことがあると言う情報をもとに夘月と言う学園の生徒を探している。もっとも本当に夘月が学園の生徒かどうかなど分からない。
筅は思い当たる人に訊いてみると衛の人探しを手伝う。
授業も順調に終えて、教室を出た瞬間「初めまして、先輩」と若々しい声色がした。そちらを見ると香色の髪をした少年が微笑を浮かべてこちらを見ている。
「えっと……」
「ああ、僕が延永啓介です。よろしくお願いますね~先輩」
啓介。それは探しに行こうとしていた後輩だった。
ニコニコと満面の笑みを浮かべる彼に衛は訝しむ。
「衛君? どうかしたの?」
「あっ! 筅先輩! こんにちは!! 今日も素敵ですね」
歯が浮くような言葉に衛は眉間に皺を寄せた。
どうしてか彼は絶対にそんな言葉を言ったりしない気がした。
「知り合いか?」
「うん、委員会で同じなの」
「委員会? 生徒会だろ?」
「そう。その書記をしてくれているの」
「筅先輩は、いつもゆっくり話をしてくれるので書記としても助かってますよ」
「今日はなにか委員会で用事?」
「いいえ! 今日は、そこにいる衛先輩に用事があって」
「…そうなの? じゃあ、衛君、また明日ね」
「ああ」
筅は手を振って別れを告げるのを見届けると啓介は「さて」と先ほどの雰囲気を殺して衛を見る。
「場所を変えようか。図書館なんてどう?」
「……何でも知っていますって言い方はやめた方が良いぞ」
「じゃあ、僕は必要ないってことで言いの? 君、僕が必要なんでしょう?」
立ち話は嫌だと啓介は図書館に向かって校舎を歩き出した。
啓介は衛が莉の為に『死期』について調べている事を知っていた。どこで知った事なのか警戒しながら話を聞いていると彼もまた『死期』に手を焼いていると告白した。
学園の門の前でデバイスIDを翳して外出申請を出す。
「僕は母親が肉塊になった瞬間に、奴らに遭遇した」
「肉塊って……」
「交通事故だよ。僕を押しのけて母親が死んだ。元から仲が良くなかった父親は僕がエリュシオンに招待を受けると即座に申請を送って僕を学園に送り込んだ。母親が死んだその時に怪物、つまり『死期』は見えてたんだけど、誰かに言えば変人扱いをされるから言わなかった」
淳平が『死期』を意図的に倒しているのを見て驚いた。
素直に受け入れるしかない怪物たちを退ける姿に可能性を見出した。
「僕の事をよく知ってくださいね、せーんぱいっ」
(母親の死を間近に見たって言うのにどうして平然としていられるんだ)
「お前の狙いは?」
「僕の狙い? 嫌だな。そんな身構えないでくださいよ~。狙いなんて陰謀的な事は何もない。僕はただ……死にたいだけだよ」
「は?」
啓介は言った。
仲の良かった母親が他界して、仲の悪い父親が生き残った。
学園を出ても結局父親に搾取されるだけ搾取されて使い古されて、父親が働かなくなれば、面倒を見る事になる。そんなのは、絶対に嫌だ。
「クソおやじの面倒なんて死んでも御免だ。だからこそ、死んでやるんだ」
「そんな死を急ぐ必要はないだろ。お前はまだ一年。高校を卒業しても大学課程に進級したらまだエリュシオンに残ることは出来る」
「知らない? 僕たちがこの学園にいる間、僕たちを学園に送った生みの親だったり親戚には多額の金が送金されているんだ」
「は? どうして」
意味が分からないと衛は困惑する。
「それを含めてお前のしてることが興味深いから手伝ってやるって言ってるんだ。早く来いよ」
時間を無駄にしたくないと図書館前に停車するモノレールに乗り込む。
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