第13話 シキセマ

 図書館にて。

 慣れたように図書館にやって来る。カウンターで今朝とは違う本を読んでいる淳平に声をかけると顔をあげて「会えたのか」と愛想のない言葉を送る。


「ああ、向こうから来た」

「僕の事を何も説明していないってマジ?」


 啓介は不機嫌な顔をして淳平に言うと「必要ない。どうせ会うんだ」と本に視線を落とした。


「それで? 彼はいったい何者なんだ?」

「何者って言うほど仰々しい身分じゃないですよ~。僕はれっきとした被害者なんですから~。それに……僕だけじゃない。お前も、そこで本を読んでいる先輩もこの学園にいるものは皆、一様に被害者なんだ」


 啓介は何かを糾弾するかのように言った。

 モノレールを待っている間、父親との不仲を語っていた時と同様にだ。


「よく考えても見てよ。違和感を感じないわけがないだろ。学園で寮生活。大人の干渉がない奇妙な空間、アンドロイドが全てを管理してる。デバイスIDで僕たちの行動は管理システムに監視されている。出来たばかりの人工島で、大人の管理が一切ない事に違和感がないんですか?」

「安全は確認されている。地震が起こっても問題がないように設計されている。それに大人がいないって言っても大学課程の最上級生がいるだろ?」

「大学生を見たことがある?」

「それはあるだろ。移動時間にすれ違うことがある」

「……言い方を変える。成人した大学生を見たことがある?」


 先輩だった人たちが親し気に声をかけて来た事は多々あった。だが、忙しいからとタイミングが重ならないから会わない。

 親しかった先輩はもう就職をしていたっておかしくはない。別に不思議な事ではないだろうと衛は啓介に言えば、深いため息を吐いた。


「殺されている。僕はこの目で見た。正確には、この目で奴らが先輩たちを殺している光景を見た」

「……どうして言い切れる」


 啓介が言う『奴ら』と言うのは十中八九『死期』の事だろう。

『死期』が大人になる生徒を殺しているなんて非科学的な事が起こるわけがない。

 第一に『死期』は自身の『死期』しか襲って来ない。他者の『死期』が自身を襲って来るなんて聞いたことがない。もっとも衛は『死期』の存在を知ってからさほど時間は立っていない。一週間と半分と言ったところだ。


「ネバーランドって知ってる?」

「お伽話か?」


 よく耳にする話であると衛は当然頷いた。


「少年が楽園に行き、妖精と暮らす話。海賊と戦い、同じ子供達と楽しく過ごす。ほら、身に覚えがあるはずだ」

「それで納得させたつもりか? 揶揄うな」


 馬鹿馬鹿しいと衛はそんなおふざけに関わっている暇がないのだと含み言う。

 エリュシオン=ネバーランドだと言うのなら大人となった学生たちが無情に『死期』の餌食になるなんて支離滅裂過ぎる。


「永遠に子供のままじゃいられない。だから減らして来年、強引に招待をする。招待を受けた所には金が送られる。それがこの天理学園の在り方だ」

「仮にお前の言うことが本当だとして、どうしてそこまで知ってるんだ」

「僕がこの学園に来る前に泥酔したクソおやじが口を滑らせたんだ。僕が天理学園に行くことで自分のもとに月百万手に入るって……意気揚々とな。まあ気に入らないから、学園で僕が死んだら金が入らないって事を伝えて来たんだ。その為には僕は早く死ななきゃならない。だけど、奴らにだけは殺されたくない」


 早く死ぬ事を望みながらも、死に一番近いであろう『死期』に殺されることだけは嫌がる。そんな矛盾に衛は怪訝な顔をする。

 それでも啓介は続けた。


 まともに授業を受けるつもりはない。デバイスポイントの無くなり餓死しても構わない。『死期』を殺し続けながら、死ぬ道を探す。何とも難儀な生き方をしている。


「まあ、僕の悲劇なんてどうだっていいか。興味ないですよね~。長話に付き合ってもらって感謝するよ。さて、本題に移るとしよう」


 子供を預かる代わりに金が支払われている事が本題ではないと言う啓介に衛はまだおっかなびっくりな事が待っているのかと身構えると啓介は衛にとっての爆弾を投下した。


「僕も莉ちゃんを護るって言うのに参加したい」


 そう言った時、淳平が僅かに眉を上げた。その事に気が付くものはいない。


 衛が啓介を凝視する。何を考えているのか。どうしてそんな事を彼がするのか理由がなかった。淳平は乗り掛かった舟として協力してくれているが、啓介は目に見えた面倒事を自ら突っ込んで来ようとする。

『死期』を殺すことすら大変だと言うのに莉を護ることにも加担するなんて何か裏があると勘ぐってしまう。


「俺たちと一緒にいても死期が早まるわけじゃない」


 淳平が言うと「分かってる」と承知の上で発言した。


「何も先輩たちと一緒にいて僕の無様な死に際を見せたいからじゃない。ただ一目惚れだよ」

「……は? なんだって?」


 この真剣な場で一番不釣り合いの言葉が聞こえて来た。衛は構わず訊き返す。


「出会いは、……確か淳平先輩、港にいたじゃないですかぁ? そこに僕も丁度居たんだ。淳平先輩と一緒にいたから、もしかしたら恋人とか兄妹かなぁって思ったら衛先輩が兄って言うじゃない。昨日の夜、僕は満を持して図書館に来たけど、衛先輩はいなかった。淳平先輩に全てを打ち明けたんだけど「そう言うことは兄貴に言え」って一蹴された。だから、今日授業が終えてすぐに衛先輩の所に来たってわけ」

「ちょっと待ってくれ……お前、莉のことが好きだってそう言いたいのか?」

「そう! まさにそう! 僕は自分で言うのも恥ずかしい事じゃないけどさ! 莉ちゃんをこの目で見るまで女の子をとっかえひっかえしてたわけ、だけど、莉ちゃんと言う天使を見た瞬間にもう天命を受けた気分だ」

「まだ中学生だぞ。あと、少しは恥じれ」

「僕はまだ高校一年。違和感のない年の差だと思うけど?」


 海を眺めていた莉を見た瞬間に恋に落ちたと告白する啓介に戸惑わないわけがない。衛は酷い頭痛に襲われる。


「さんざん意味深長な事を言っておきながら、莉が好きだから協力するって……お前、どう言う理屈だ」


 ふらふらとカウンターにもたれて額を押さえる。


「恋に理由は必要ない。もし僕が野蛮で暴力的だったなら、淳平先輩を押しのけてでも、その仮眠室に突撃していただろうね。そうしないでちゃんと段階を踏んでいる」

「兄である俺との対面か」

「そう。だから、先輩。妹さんに会わせてくれない?」

「却下だ」


 当然のように一蹴する。

 会ったばかりですらない相手を莉に会わせるなんて冗談じゃないと衛は心を鬼にする。


「協力を申し出てくれるのは正直有難いし俺よりも『死期』や学園の事を知っている事も承知している。だけど、その件と莉に会わせるのと別問題だ。それにお前は早く死にたいんだろ。そんな奴に妹を任せられるわけがない」


 父親と不仲なのは口出しするつもりはない。けれど、父親に不利益を与えるために死ぬ事を望む啓介に莉を預ければ莉が悲しむのは目に見えている。

 発言全てが莉を不幸にする要因で満ちている事を言えば「手厳しいなぁ」と軽薄そうに言う。


「どうせ『死期』って奴を追い払っている以上、僕は死ぬに死ねないって言うのにさ」

「生きる誠意を見せろ。死ぬことしか考えてない奴に莉を任せられない」

「全く先輩は面倒な人だな」


 まあいいさ。と啓介は一呼吸おいて言った。


「僕は莉ちゃんに恋している事に変わりない。つまり兄である衛先輩にはしっかりと綺麗な誠意を見せる。よろしく、先輩方」

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