第20話 シキセマ

 衛を追いかけた聡は、モノレール乗り場に衛がいるのを見つける。


「後輩君、ちょっと俺と話をしようぜ?」

「……周藤聡先輩、でしたっけ」

「聡で良いぜ。弟とほぼ同じ名前だし……ちょーっとさっきはあんたにとってきついことを言ったみたいで悪かった」

「いや、俺が勝手に自暴自棄になってるだけなんで……」


 聡は、モノレール乗り場のベンチに腰掛けている衛を見る。

 生気のない瞳は、この世に絶望していた。


「先輩」

「ん?」

「……『死期』って何なんですか」

「人の死を具現化した存在かな? 俺も実はよくわかってない。俺がわかるのは、『死期』は消せるってことだけ」

「俺は……死なせたくないんです。たった一人の家族を失いたくない。もう……誰も、俺から離れて行ってほしくないんです」


 握る拳は震えていた。

 誰かを救う為に頑張って来た。『死期』が見えるようになった。

『死期』を追い払うことが出来れば、莉を救うことが出来ると妄信していた。

 そんな確証はどこにもないと言うのに……ただ莉が歩けるようになった事で有頂天になっていたのだ。自分が正しいと間違っていないのだと思い込みたかった。


「なら、動きだせよ。大切な人を助けたいんだったら、動きだせ」

「どうしろって言うんですか。手は尽くした。もう俺に出来ることなんてない。あいつを助けることだってできない」

「手を尽くした? 本当に? 俺は愛してる人の為ならその命を投げ打っても行動する」

「投げ打ったさ! 俺は、莉を病院から連れ出した! 『死期』から逃がした。もう『死期』が触れないように……閉じ込めることしか、俺には出来なかった」


 八つ当たりだとわかっていても、誰かに叫び散らさなければ気が済まなかった。


「助からないなら、そう言ってください。『死期』が消えても、あいつは救われないなら……」

「まだ決まったわけじゃないじゃん。まだ生きてるんなら、助けられる」

「なら、代わりに」

「それ以上言ったら、お前、本気で死ぬからやめときな」


 衛の言葉を遮り聡が言った。その瞳は鋭く睨みつけていた。


「背負っているものが、どれだけの重さなのかをちゃんと理解してからその言葉を言うべきだぜ。簡単に降ろせるようなものなら、初めから背負わなきゃよかったんだから……おっ。なんか先輩らしい助言じゃね? あとでさとるに言ってみよ」


 なんて最後の言葉が無ければ完璧だったであろうぶち壊しにする聡に衛は先ほどの緊張感が消えてしまっていた。


「……兎も角さ。多分、今頃さとるが後輩たちに説明してると思うから、俺も出来る限りはお前に言うから……ちゃんと聞いてろよ?」


 聡はコホンとわざとらしく咳払いをした後、衛を見る。


「俺たちは、学園の地下に行きたい。地下に行って『死期』を消し去る。消し去った後は、多分、『死期』は現れない。此処まではさっき言った通り……問題は此処から。俺たちは、神様を探してる」

「ッ……なに言っているんですか」

「俺たちの見解、二十代以上の大学生課程の生徒が誰もいない。それが神に通じる手がかり、だけど俺たちが大人になってるほど時間に余裕がない。その間に被害者は増えてる」

「……神と何の関係があるんですか」

「神様が大人の道を歩いた奴らの寿命を吸い上げてる。『死期』を用いて、意図的に殺している。この孤立した楽園島のどこかにいる、人間を模した神様。人間ではない者たちを確保するのが俺たちのお仕事」


 異形を捕らえて管理する組織。


「神を騙る異形を捕らえる。そうすれば、『死期』が消えて今まで通りになる。三年前の『死期』が存在していない日常に戻る。莉ちゃん? もきっと元気になる」


 確信はないが莉が少なくとも身体が楽になる。

『死期』が居なければ、不治の病とも呼ばれなくなり、完治の手助けになる。


「信じて良いですか?」

「責任は、取れないけど……一応正義の味方だ。相手が可愛い子なら特に。なんでもやっちゃうよ」


 雨もいつか上がり、晴れが来る。今の苦悩を乗り越えることで得られるものを信じて、抗ってみないかと聡は衛を励ました。


「あれ、衛君?」


 そんな時、衛を呼ぶ女性の声が聞こえた。顔を上げると筅が不思議そうな顔をして立っている。


「偶然、何してるの? こんな所で」

「筅」

「知り合い?」

「同級生です。……彼女は、俺たちとは関係ない、普通の生徒」


 そう言うと「ふぅん」と近づいた。


「初めまして、お嬢さん? 俺は、周藤聡。この後、時間ある?」

「先輩!?」


 聡は突然筅を口説き始める。まるで啓介だと慌てて止めるが筅は「周藤先輩」と顔見知りかのように口にした。


「筅、知ってるのか?」

「うん、有名だよ? 生徒会の書記君みたいに女の子に声をかけまくってる転入生がいるって」

「良いね。だいたいあってる」

「勘弁してください」


 先ほどの真剣な会話は何処にいってしまったのか、衛は脱力する。


「ああ、だけど、俺には心に決めた女の子がいるからさ。本気にしない程度だ」

「へえ、遊んでばかりだと思ってました」


 筅が揶揄うと「言ってくれるじゃないの~」と笑っていた。


「それより、筅はどうしてここにいるんだ?」

「覚えてないの? もうすぐ学科発表の日だよ?」

「学科発表? あっ……」


 学科発表。それは個人が選んだ専門を課題を発表するイベントだ。

 筅は、今日だけは学園だけでは集めきれなかった資料を集めに来たのだと言う。


「てっきり衛君もその為に学園の外に来てるんだと思った。なにしてたの?」

「……そ、それは」


 まさか、『死期』の事を正直に言えるわけもないと衛は困っていると「俺の課題の手伝いだよ」と聡が答えた。


「俺の課題の手伝いを君がしてくれちゃってもいいんだけどなぁ」

「ごめんなさい。私も自分の課題で手一杯で、衛君みたいにマルチタスクが上手なわけでもないんですよ」

「俺がマルチタスクしてるみたいな言い方はやめてくれ。一つの事だって出来てないんだ」


 筅はデバイスを確認して「いけない! もう行かないと」と言って課題の次には生徒会でやる事があるのだと言って別れを告げた。


「良い子だね~」

「あいつは器用ですからね」

「なるほど」

「まさか、狙ってます?」

「いやいや、言ったでしょう? 俺にはもう心に決めた女の子がいるから、他の子とデートは出来ないよ〜」

「じゃあ、ナンパはやめてくださいよ」

「男は、女を口説く生き物なんだよ。いい女なら尚のこと」


 啓介とキャラがほぼ同じであることに衛は脱力するしかなかった。


 けれど、彼と話しをしていると気持ちが落ち着いてくる。

 諦めなければきっと莉を救う手掛かりが見つかる。

 何よりも組織に所属している彼らが協力してくれると言うなら莉の安全が確保されるかもしれない。

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