第42話 シキセマ
さとるが図書館に到着する。衛が事情を説明すると熟考の後「わかりました」と頷いた。
「僕は、城野さんの味方なので、二楷堂先生に危険がないと言うのでしたら信じますよ」
「ありがとうございます。それで、実際のところどうなんですか? 二楷堂卯月と莉は助けられるんでしょうか」
さとるは「そうですね」と二人を救うためにはどうしたらいいのかと思考する。
「どちらを救うにしても、当人が居なければ意味がありません。城野莉さんは意識を取り戻していませんし、マザーボードもどこにあるのか」
「多分ですが、エリュシオン駅の地下の最奥に」
「駅の地下……? あそこにはもう何もないはずだけど」
衛の言葉にさとるは首を傾げる。既に副所長が、地下施設を隈なく調査をして隠し部屋がないと断定していた。
二楷堂先生は、学園の機能が停止すると起動するシステムが導入されていることを告げる。最終段階に突入しているから、生徒たちを眠らせているのだと……。
眠った生徒の命を以て神は完成する。
一刻の猶予などない。
「兄に連絡を入れて、地下に向かってもらいます。そうすれば、彼は破壊においてはプロだから、容赦無用でマザーボードを破壊できると思います。残る問題は、二楷堂卯月を見つけることですが、思い当たるところは?」
「……エリュシオン内にいるとは思いますが、彼女もさすがに警戒しているのか、姿を隠してしまいました」
「最後に訪れた場所とか」
二楷堂先生は、黙って娘の成長を見ていたわけではない。監視して、偽神としての成長を止めようと暗中模索の最中だった。
「モノレール乗り場ですよ。ちょうど、莉さんを地下の研究所に連れて行き、再び『死期』を使いこの場所に戻した日です」
「地下の研究所がバレて焦っているかもしれないですね」
「なら、俺が二楷堂卯月を探します。この島の事は結構知ってるつもりです」
約二年、生活してきたのだから、エリュシオンの事は知っている。
二楷堂先生は「お願いできますか?」と衛を見る。
「莉をお願いします」
「ああ、絶対護る」
「じゃあ、僕も、兄に合流するように連絡をしてきます」
そう言って各々行動を始めた。
さとるからしたら、まだ二楷堂先生を信じ切ることはできないが、衛がそれでいいと言うのならば、それ以上を告げることをやめた。
図書館を出てさとるは聡に連絡するためにスマホを傾けた。
「目星はついているんですか?」
二楷堂卯月を探すと言った衛に向けて、さとるが尋ねると衛は「正直、手あたり次第ですよ」と答える。
「俺も莉が消えた日に、筅と乗り場に居たので……手がかりを探します」
「なるほど、兄と連絡がつき次第、計画を立てて貴方に伝えます。電話、いつでも出られる状態にしておいてください」
「わかりました」
二手に分かれて各々行動に移す。
「……出ない」
さとるは、発信中の画面を見つめる。たとえ、男からの連絡だったとしても実の兄弟の連絡を無視するような人ではないと理解している為、聡が何らかの形で自由が利かない事を察する。
衛から、淳平が聡たちと合流しているはずだと伝えられている。
聡単身ならば、『死期』なんて造作もないだろう。けれど、争いごとが余り得意ではない。不慣れな啓介と美夜が傍にいるとなれば、気を遣うはずだ。
さとるは、一人、寮に足を向けた。
研究所より、さとるに命令が下されていた。生徒の安否だ。
さとるは、衛と淳平が研究所で保護されている間に、出張中の所長に早急に可決してもらいたい事案があった。それは民間人の保護だ。
エリュシオンの中で、数百と言う生徒が眠らされている。もしも偽神が完璧なものとなれば、生徒の生命は保障されない。
衛と淳平を無許可で外に出したことでのお咎めは、周東兄弟の連帯責任であり、聡にもその任が課せられている。だが、その事を知らない以上、さとるは一人で寮に向かい一年から三年、大学課程の生徒まで見なければならない。それも『死期』と対峙しながらだ。
少しの憂鬱感と共に足を一歩、前に突き出した時だった。後頭部に固いものが突きつけられた。
「どう言うつもりだ」
聞き覚えのある声。
「わざわざ、一軸さんがご足労とは、仕事熱心ですね」
「答えろ。なぜ、連れ出した」
「貴方の言うことを聞いていたら、いつまで経っても進展しないまま生徒たちが死んでしまうからですよ。貴方は僕たちのことが嫌いみたいですけど、少しは僕たちを信じてくれてもいいと思うんですよね」
拳銃を突き付けるのは、見間違うわけもなく上司。浜波研究所の副所長、可憐。
だが、さとるは違和感を覚える。どうして彼女が此処に居るのか。
予定では彼女は、今頃さとるが所長に申請した「周東さとるの計画遂行許可」について抗議している頃だと考えていた。
流石の可憐も所長命令は断ることはできない。今此処に居るのは、可憐が所長の意思を否定した裏切り行為に他ならない。
(どれだけ気に入らない任務だったとしても所長命令を否定する事は出来ない。裏切りの傾向がある場合、たとえ副所長でも……死罪)
そこまでに至るのに時間などかからなかった。
さとるの身体は勢いよく振り返り拳銃を掴み。可憐の腹部を蹴った。
銃を奪い取り、可憐に突きつける。
「っ!?」
「いくつか質問します。一つ目、貴方は何者ですか。二つ目、誰に命じられた事ですか。三つ目、城野莉さんを殺しに来たんですか」
「……上官に向かって凶器を突き付ける。何よりも攻撃態勢とは」
「知らないんですか? 僕が従うのは、浜波研究所の所長ではない。僕には、僕たちには従うべき人がいる。貴方が僕に攻撃意思があると言うのなら、それは僕たちの敬愛する上司に対する裏切り行為とみなされる」
相手はあくまでもさとるが知る可憐だと装っている。だが、その言葉があまりにも素人のそれだった。
「一軸さんに憑依した際に得た付け焼き刃情報で複製した人型。僕は、たとえ味方の見た目をしていても、規則に基づいて行動していない者は敵とみなします」
冷ややかな瞳。衛と話をしていた温かい瞳、莉を心配している青年には見えなかった。
発砲するのは簡単だが、情報を得たいともう少しだけ可憐に化けた『死期』を強請る。
「三つ答えてください。答えたら僕の命なんて幾らでも差し上げますから」
「……」
「それとも、偽神に口止めされているんですか? 決められた言葉しか発する事が出来ないなんて言いませんよね? さっきまでうんざりするくらい言葉を発していたんですからね」
にこりと優しく微笑むさとる。銃口が間違いなく可憐の額に突き付けられている。
「ささ、早く言ってください。じゃないと僕も暇じゃないんです。うっかり貴方の頭を撃ち抜いてしまうじゃないですか。同業者の頭を撃つのは本意じゃない」
(さすがに根本は『死期』で、脅されても情報を吐くことがない一軸さんの情報で形成されているだけあって、口は堅い……このままやっていたって時間の……)
「……! まさか」
さとるは不意に振り返る。図書館の入り口に無数の『死期』が入り込んでいた。
可憐に化けていた『死期』が他の『死期』を図書館に入れる間の時間稼ぎをしていたに過ぎなかったのである。
さとるは目の前にいる化けた『死期』を撃ち抜いて、踵を返した。
生徒の安否よりも莉の安否が最優先だ。そうでなければ、どれだけ生徒の安否が確立されたとしても、偽神が完成してしまう。
『死期』を倒すために銃の弾を確認して、間髪入れずに発砲する。
二体、三体なんて数ではない。まるで分裂するように『死期』が増える。
図書館が詰まってしまうのではと、数が溢れる。
さとるなど眼中にないのか、見向きもしない。
奥へ奥へと蠢く影にさとるは確実に倒していくが『死期』は減る気配を感じさせない。
「……ぐッ!」
『死期』を倒し続けていると突如として心臓に痛みを感じた。
自身の『死期』が入り込んだのかと疑ったが、さとるが気配を感じないわけがない。背後には、自身の『死期』と思われる影もない。
「……聡っ」
さとるは、半身の名を呼ぶ。
痛みは激しくなり、立っていられなくなる。徐々に意識を保つことも困難になり、呼吸をするのも苦しく『死期』に飲み込まれるようにさとるは意識を手放してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます