第43話 シキセマ

「衛先輩!」

「烏川」


 衛が、学園に向かうために寮近くを歩いていると美夜が走って来る。


「淳平は? 延永はどうした? それに周東先輩と一緒だったんじゃないのか?」

「さっきまで一緒だったんですけど、偽神の使徒とか言う男の人に会って……聡先輩が足止めに学園に残って、淳平先輩と啓介は、行方不明の二人を探すために行動中で、私は衛先輩と合流したくて……寮まで」

「そうか……無事でよかった」


 偽神の使徒とはいったい何なのかと尋ねれば、金髪に派手なシャツを着た男であると言われる。まったくもって覚えのない人物像に戸惑う。


「大人の人でした」

「大人」


 最近は大人に警戒する事が多くなった気がすると衛は内心苦笑を禁じ得ない。

 衛は、今から自分がすることを告げた。二楷堂卯月を見つけて、卯月を殺す。


「お手伝いしますよ。卯月なら、私も会ったことがあります」

「そうだったな。……なら、卯月を探す、頼んで良いか?」

「はい!」


 美夜と二人で卯月を探す。

 莉が見つかったことを淳平に連絡を入れて、衛たちは寮に足を向けた。


 寮の中はひどく静かで奇妙だ。『死期』がいないのは、偽神が結果として殺すからなのか。淳平たちが相手をしてそちらに集まってるからなのか。


 いつも見逃すことをしない寮監もいない。

 美夜は「どこに行くんですか?」と少し前を歩く衛に尋ねると「筅の部屋」と答える。二年生にして生徒会長をしている筅の部屋は、通常の生徒部屋よりも広い。


「生徒会長の部屋? 先輩、どうして」

「俺、エリュシオンここに来て……筅の部屋、入ったことないんだ」

「そりゃあ、女子寮と男子寮は、寮監の許可がないと入れませんしね」

「そう。昔は、よく俺んちで夜遅くまで遊んで泊まって、朝に帰ってた。それなのに、寮生活になったらそう言うこともなくなって……妹と会う機会もないまま、なーなーになってた」

「先輩?」

「……いつからだったんだろうな」


 ドアノブに触れる。

 その先には、高校二年生の女子生徒、それも生徒会長が住む部屋が広がっていた。


「へえ、筅先輩って結構ミニマリストなんですね」


 勉強机と参考書を入れておく本棚しか部屋には置かれていなかった。風呂場もキッチンも人が生活していた気配を一切感じさせない。

 ミニマリストと言うにはいささか奇妙ともいえる。


 筅が暮らしていたという気配が一切ないのだ。

 衛は徐にクローゼットを開く。美夜はさすがに女子の服を物色するなんてと声を上げたが、衛は気にせずにクローゼットを見つめた。


「なあ、俺の考えでは女子は、約三年の生活をする中で服を数十着持ってる印象だけど……二三着しか持たないのか?」

「え? そんなはず……!?」


 クローゼットの中には、天理学園、一年二年三年生の制服が飾られている。


「よくある話なんだ。この街、筅が考えた技術がいくつも用いられていた。はじめは生徒の要望を叶えたのかと思ったが……そんな事全然ない。問題なのは、筅が生徒会長として、生徒の情報を吸収していた。その吸収したデータでこの人工島は成長する」

「小鳥遊筅さんが、偽神と言うことであってますか?」


 衛の言葉を拾い見解を口にする。

 クローゼットを見つめていた衛が美夜を見る。


「ああ、きっとそうだ。そして、小鳥遊筅は、二楷堂卯月でもある」





 一方で地下施設を彷徨っていた淳平と啓介は『死期』と交戦していた。

 学園が機能していない今、調査出来るところは限られてくる。そうして、莉が倒れていた場所まで行くと奇妙な生物が隔離されていた装置が沈み。地上に通じる階段が出現した。

 警戒しながら二人は、階段で上を目指すと道を阻むように『死期』が溢れ返った。


「先輩、ちゃんと護ってくださいよぉ~」

「気が向いたらな」

「向いてください。マジで」

「死にたいんだろ?」

「『死期』で死ぬなんて冗談じゃないって言ってるんですよ。……それに、僕はもうそう思うのはやめました」

「随分な変わりようだな」

「だって……」


 ぐちゃりと『死期』を倒す。警棒を振るって撃退する。


「僕が生きていたら、莉ちゃんが喜んでくれるかもしれねえし……先輩だって赦してくれるかもじゃん?」

「……本気か?」

「もちろん。結構聡先輩と似てるんですよ~僕。一途ってところが……これ全部終わって親父をぶん殴って、莉ちゃんと会って告白してダメでも通い詰める」

「死亡フラグだな」

「冗談でしょう? 僕は絶対に死にませんよぉ~。淳平先輩が護ってくれますからね~」

「ふんっ」


 脅威を退けながら上の階に上がると物々しい研究施設からどこかの教室に出る。

 天理学園に戻ってきたのだろうかと思ったが、そこには窓が一つもなく聡が使徒と交戦している音も聞こえない。


「なんですかぁここ……まさか勉強しろなんて言いませんよね? だりぃ」

「勉強、嫌いなんか?」

「!? ……あんた」


 突如として聞こえた声。それは聡と戦っているはずの使徒が教壇に立っていた。

 無傷で立っていることに淳平は警戒を強める。


「聡先輩どうしたんですか。まさか、殺したとか?」

「戻って自分で確かめに行ったらええやないか」

「冗談。せっかく階段上り切ったのに降りるとか、ダルすぎ」


 啓介はベーっと舌を出す。

 情報が欲しいから淳平たちを追いかけてきたのか。最悪、美夜のもとに行き情報がないと殺してしまっている可能性もある。


「ここで離脱した方が賢い選択や」

「賢いってなんですか~。無頼漢過ぎてわかりませーん。ねっ? 先輩も不良ですもんね」

「俺に同意を求めるな」


 淳平は使徒を見る。幻の類なのかと凝視した。この施設に来るのに入り口は一つだと思ったが、他にもルートがあるのか、それとも魔術の類なのかを見破ることなどただの人間である淳平には不可能。

 聡が言っていた言葉が真実であるならば、使徒は、魔術師であり淳平たちが生きていたら見ることのない力を振りかざして屈服させるだろう。


「おい、後輩」

「けーすけでーす」

「啓介、先に行け。護ってやる」


 わざとらしく口笛を吹いて「かっこいー」と茶化してお言葉に甘えてと言葉を残して教室を後にする。廊下に出てもやはり窓はない。寿命が近い蛍光灯がチカチカとしている。

 此処がまだ地下だからなのか、地上にあるが学園の内側に隠れているからなのかは分からない。

 迷っている暇はないと啓介は床を蹴り、左手を壁につけて走った。


「ええんか? 後輩を先に行かせて……あんた、やることがあったんとちゃう?」

「忘れた。だから、あの後輩を護れば良いだけだろ」

「うーわっ。薄情なやっちゃ……まあええわ。ほんじゃまあ、お手並み拝見やセンパイ」


 ぱちんと指を鳴らすと、啓介の視界が歪み。教室の形が消失する。

 建造物一つない草原。


「これが、魔術か」

「まだまだ魔術師の真骨頂ちゃうで。なんだって出来るんや」


(まだ本領を発揮していない。俺が格下であると相手は思ってるのか)


「俺は、谷崎淳平。天理高校二年」

「そら、ご親切にどーも」

「『零と一の境に』」

「あ?」

「俺の好きな本だ。何もない奴がたった一つを得る話だ」

「ほぉ? だったらなんや? 俺をしばいて、勝利つかみ取ろう言うんか?」

「今後は、もう間違えない。俺は約束は守る……もう涙は見せない」

「……はっ。そうかい」


 使徒は草原の景色を歪ませた。

 草原は、炎に包まれる。


「魔術と言うよりは幻覚か」

「幻術に対価なんてあらひんやん」


 ぱちんっと音が聞こえる。背後でグルルと獣が唸る。

 淳平は驚き振り返ると青い瞳の虎がこちらを睨みつけている。


(トラ?)


 猫と言うには大きすぎる。実物は見たことがないが動物の本を幾つも見てきたからこそ、それが虎だと断言できた。

 となれば、それが本物であろうと偽物であろうと虎が襲ってくると確信する。


「殺せ、シンジ」


 そう命じる使徒の声に合わせて虎は突っ込んでくる。

 獰猛な獣相手に淳平は警棒と対『死期』銃弾しかない。

 いまいる場所が、教室の中であり、虎が燃え盛る草原と同じ幻影であるのならば、身構える必要はない。

 気持ちでは分かっているが、頭が目の前に広がるものを本物だと錯覚する。


 燃え盛る炎から伝わる熱。汗が滲む。喉が渇いてくる。


「っ……」


 虎は思考する淳平に問答無用で突っ込んでくる。鋭い牙、爪が向かってくる。

 紙一重で回避するが芝生に転がり、何とか脅威から逃れるが怒涛の攻撃を仕掛けられる。


「逃げてるだけじゃあ、先輩の兄ちゃんみたいに八つ裂きにおーてまうで?」


(あの人、負けたのか。いや、負けたって別にいいが……死んだのか)


 聡が死んだかどうかを確かめる術はない。

 重要なのは、目の前の男の目的だった。


「……幻覚、そう言うことか」


 鋭い一撃を受けて、淳平は一つの見解に至る。腕から流れる鮮血。

 激しい痛みに顔を顰める事無く、淳平は術師である使徒を見る。


「気ぃ付いたか?」


 なぜか楽しそうに言う使徒。淳平の背後で虎が再び攻撃を仕掛ける。


「俺たちを試したのか」

「噛ませ犬にしたないからなぁ」


 淳平は、ふっと笑って目を閉ざした。

 すぐ近くで虎が吠える。

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