第44話 シキセマ
淳平は目を開く。机と椅子が片付けられた教室が広がっていた。
地下から地上に上がってきた時のままだ。教壇の上に使徒が立っている。
不意にぱちぱちと使徒が拍手をしていた。
「ただの人間の癖によー見破ったな」
「生憎と創作物が好きなんだ」
「現実と空想を同一視するか……破滅する未来が見える見える」
「あんたが、ネコ科を出してきてどうしようかと思った」
「あ?」
「……猫は、殴れない」
「愛猫家なんか? なんや、可愛いとこあるやないか」
たった一匹の何者にも代えがたい。その子猫。
「……いや、大きさが違う……が」
「? なに言うとんのや」
「……俺の猫に似てた。奴らが見える前に一緒にいた猫に、あんたが出した虎が似てたんだ。だから、すぐに見抜くことができた」
どこにでもいる虎。ネコ科の動物。もはや記憶もあやふやで覚えていないに等しい。淳平は確かにそこに、かつて共にいた猫を感じていた。
記憶も朧気で覚えていない。『死期』が見える原因となった猫の死。
「俺と相性悪いぜ。あんた」
「魔術師に相性があるかボケ」
本気を出せば、使徒は簡単に淳平を殺すことができるだろう。内側から爆散させることも簡単に出来てしまう。それほどまでに惨忍な性格をしているのならば、幻覚を見せるなど手間のかかる事はしない。
淳平は直感で理解している。使徒と自称する男は、生粋の善人であると、その仮説が当たっているのならば、聡は生きている。
「魔法なしで行こう」
「魔法ちゃうわ。魔術や……たく。なしちゅうことは、大人の俺と根性勝負しようってことか? 兄ちゃん、知的なんか脳筋なんかわからひんな?」
「……多分、俺はバカだ」
「そこはもうちょい自信持てや。あーもうしょーもな。興削がれたわ」
使徒は髪を掻いてため息を吐いた。その瞳はどこか遠くに想いを馳せている。
「はよ、行きや。コウハイ君、待っとるで」
「……来ないのか?」
「アホ。敵やぞ? 俺がコウハイ君を探すわけないやろ。特別や。兄ちゃん限定」
「そうか。……あんたの名前は?」
「仲良しこよしはせんよ。俺は、あくまでも敵や」
両手を上げてパンッと叩いた。刹那、教室は崩れ始める。
「プレイヤーは、一歩ずつ進むしかない。『死期』に食われへんように気ぃつけや」
教室から追い出されるように廊下に出る。
(……なんだあの人)
淳平はよくわからないと首を傾げる。帰れなくなった以上、進むしかない。
啓介がどこで何をしているのか分からないが、『死期』が出てきていないところを見ると使徒が何かしたのだろう。
迷路のようになっている廊下をひたすら歩いていると啓介の背中が見えた。
「あれ? 思ったより早かったですねぇ~」
「手加減された」
「良いなぁ。僕にも手加減してくれないかなぁ……まあ、やり合うのも面倒なんだけど」
本音を口にしながら啓介は「それで? どうするんですか」と尋ねる。
「出口が封じられた。先に行く」
「それ……僕ら生き埋めとかないですよね~。最悪なんだけど」
「生き埋めにするなら、もっと手っ取り早くするだろ。相手は魔術師だ。簡単に殺すことはできた。それをしないのは、本意じゃないからだ」
「善人……クソみたいな話ですね~。なら僕らの手伝いもしてほしいですよ~」
女の子を探すって名目でなければ、こんなかび臭いところにいるわけがないと啓介は舌を出した瞬間だった。ちょうど廊下の曲がり角に差し掛かるとドンッと先を歩いていた啓介が何かにぶつかった。
顔を上げると、そこには見飽きた顔があった。
「は?」
「は?」
同時に呟かれた言葉。二人の啓介がそこにはいた。
「ちょっとちょっと、趣味悪いって言うか、ありきたりな手段使うじゃないですかー」
「先輩、まさか僕を探している間にそいつを見つけて一緒にいるなんて言いませんよね~……どんだけアホなんだよ」
二人は淳平を見る。淳平は、驚く様子もなく「またか」と呟いた。
衛の次は、啓介の偽物が現れたと淳平は呆れてしまう。
(コイツを見分けるのか)
啓介は女好きである事は周知している。今、気を向けているのは衛の妹である莉であることも知っている。だが、言葉で見極めたところでどちらも啓介は簡単に答えてしまうだろう。完璧に情報をコピーしている為、本物しか知らない情報なんてない。
「本物かどうかを見極めることはできる」
淳平は間髪入れずに、近くにいた啓介に対『死期』用銃を向けて発砲する。
「ッ……!」
べちゃりと赤いペイント弾のように啓介の服は汚れた。
啓介は「汚れたし、臭え!!」と文句を言う手前、角から現れた啓介は苦い顔をして踵を返して逃げ出した。
「てか、なんで僕を撃ったの!?」
「手近だった」
「最低だ!」
文句を言う啓介を余所に偽物啓介の『死期』に向かって銃を向ける。
逃げて距離を取っていた偽物啓介が振り返り両手を上げて降参の意を示しながら「嫌だなぁ」と笑った。
「まだ僕自身が何かするとは言ってないのに敵意むき出しにするなんて酷いじゃないですか~。友好的に行きましょう。勝ち目がないってわかってるし」
勝ち目がないと理解しているからこそ、今こうして出てきた。
目的なんてない。『死期』は宿る感情によって行動が定められている。
「僕は、
「……!」
「だから、いなくなった後の先輩が平然としているのが気に入らないんですよ~。いや、別に責めてるわけじゃないんですよ。どうして、死に物狂いで探していないのか……別に赤の他人ですもんね。先輩って、衛先輩が大切なだけであって、莉ちゃんは別に大して気にしてないですよね~。本当に……友情とか、白々しい。損得勘定万々歳じゃな」
言葉は続くことはなかった。淳平が『死期』を殺した。
「あれ~。殺しちゃってよかったんですかぁ?」
「……」
本来なら、啓介が隠し通したい気持ちだった。それを啓介ではなく淳平が撃ち殺した。
淳平は気にした様子もなく廊下を進んでいく。血だまりが床を汚している。
「……なんか言えっての」
ぼそりと呟いた言葉を聞き取ったのか、先に歩いていた淳平が振り返った。
「どう思われていようと俺には関係ない。あの娘が好きである気持ちも、俺たちを嫌悪する気持ちもお前のものだろ。なにを抱こうがその人間の自由だ。咎められる理由も吐き出したことでの罪もない。ただ……そうだな。もしその気持ちを隠す気でいるなら、顔に出てるぞ」
「えっ……」
淳平は自身の顔を指さして啓介に伝えると、啓介は自身の顔を触れる。
そんな事で確認のしようがないのは分かっているが咄嗟の事だった。
冷めた視線。何物にも興味を抱かない淳平が、自分たちを見ていた。
誰かの視線を気にして、表情を見ていた。
「……っ。さすが、先輩。殺意には敏感なんだから。僕の愛情にも気が付いちゃったり、しちゃったり?」
「バカ言うな」
ふっと笑う淳平に、啓介は小走りで後を追いかける。
蛍光灯だけが廊下を照らしている。そんな中、淳平はふと訂正を入れた。
「あ、それと……別に衛だけが特別だと思ったことはない」
「ほんとですぁ~。見てる感じずーっと衛先輩のこと好きそうでしたけど~」
「『死期』が見える奴らは、もう救われないと思ってた。だから、衛があの娘を救うと言ったとき、俺は少しでも衛の手助けが出来ればと思ってるだけだ。あの娘が生き続けられるなら、俺は手を貸す」
「じゃあ、僕も先輩になにか頼んだらやってくれるんですか~」
「なにが望みだ?」
「望みって程じゃないですけどぉ~。僕も先輩たちの輪に入れてほしいなぁ~って」
「輪?」
淳平はきょとんとする。
「ほら、先輩たちっていっつも、二人っきりで話をするじゃないですかぁ~。後輩の僕たちじゃあ役に立たないって感じで……すごい腹立つんで」
淳平は少し視線を上にあげて思考した後、啓介の頭をぽんっと撫でた。
「っ……なんですか~?」
「仲間外れが嫌だったんだな」
「はあ!? 僕が? あり得ない! 僕はただシッタカブッタ大人が大嫌いなだけですよーだ! それに野郎どもの輪ほど胡散臭いものがないから、僕って言う若い美少年がいることで女子が寄って来るって言ってるんです! 気を利かせてやってるんでしょう! 花のつぼみすらない先輩方に花を持たせてやろうって僕の優しい心使いですよ!」
手を振り払って先をズンズンと地団太を踏むように進む。
(きっと嫌でもお前は文芸部の一員になって、誰よりも先に良い作品を俺に見せに来るな)
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