第45話 シキセマ

 淳平と啓介は、体育館のような施設に到達した。

 その中央には体育館には似つかわしくない大きな機械コンソールが置かれていた。


「なんすか、ここ」

「ここがメインだったんだろうぜ」


 淳平はコンソールの前に立ち、無数の数式が溢れるモニターを見上げる。

 啓介は、モニターに映し出されたものが理解出来ずに首を傾げる。


「何かわかります?」

「マザーボードだ。この島を管理するメインコンピューター。これを壊せば、人工島として機能を失う」

「じゃあ、壊しちゃえば?」

「その場合、この島が沈む可能性がある。そうなれば、俺たちは出口を見つけられずに溺死だ」

「僕は泳げますよ~」

「泳げるからと言って呼吸が続くわけじゃないだろ」

「……じゃあ、二人揃って死ねって? へえ、面白いじゃん」


 これを壊すことで、忌々しいネバーランドが滅びるのなら万々歳だと啓介は頭の後ろで手を組んだ。


「偽神の手がかりも、莉ちゃんの手がかりもないですね~。引き返そうにも教室が吹っ飛んでるって言うし……詰み?」

「いや、待ってろ」


 淳平はコンソールを操作し始めると啓介は「不良が賢いってなに?」と呟いた。


 人工島の有無や『死期』と偽神について記されたウィンドウを見つけた。

 驚くことに今では科学の力で神を生み出すことができるようで、マザーボードを破壊しなければ再び似たような生物が生み出される。

 バックアップデータも全てこの中に収められている。科学で人間が生まれて、その人間が神となる。自然の摂理を覆そうとする。

 科学の進歩で素晴らしいと思えど、それによって数多の人が死ぬのは許容出来ることではない。


 コンソールを操作すればするほど、エリュシオンと天理学園が密接な関係であることが伺える。

 天理学園は一種の生命体であり、心臓部が偽神と言うことになる。

 地盤がしっかりとしていれば、停止させたとしても逃げる時間は用意できるだろう。けれど、出口を失った淳平と啓介は、生き埋めとなってしまう。


「それ、偽神と関係あるなら、壊しちゃってもいいんじゃないんすか?」


 莉や筅が見つかっていない状態でエリュシオンが沈没してしまえば、何も知らない衛たちが混乱するだろう。

 淳平は自分たちが死んでも構わないと互いの意思を確認した後、コンソールを操作して啓介に衛と連絡が取れるか確認をする。


「デバイスは機能してないですね~。……ああ、天理学園のネットワークは完全に沈黙してんな」


 デバイスを片手に啓介は言う。淳平も普通のスマホなら持っているが、電波がない。


「完全に詰みで笑う」

「笑いごとじゃないだろ」

「じゃあ、どうします? 素直に出口を探して、また来ます?」


 手の打ちようがないのは、分かり切っていたことだ。

 お手上げな淳平たちの前に一体の『死期』が現れた。


「うわっ……僕たちに気が付いた感じ?」

「……待て、様子が変だ」


 啓介が『死期』を倒そうとするのを制する。

 本来なら標的を見つけると襲い掛かって来るのが通常の『死期』だが、二人の前に現れた『死期』は襲ってくる様子はない。寧ろ、コンソールの前に移動して、黒々とした腕を振り上げて、機械を壊そうとしていた。偽物に化けて言葉を交わすわけでもなく、ただ叩いている。


「……なにしてんの?」

「壊そうとしてるのか?」


 化けることのできない『死期』なのか二人の言葉を発することなく、壊すことに専念している。


「もしかしてさ、壊したら僕たちを生き埋めにしようって魂胆?」

「直接殺せばいいだろ」


 淳平と啓介、どちらかの『死期』ならば、容易に殺すことができる。

 ただ殺されるなんてことはないが、それでも余りにも行動に矛盾がある。


 コンソールが破壊されてしまえば、エリュシオン全機能を停止する。そうなれば、偽神は、その力を失う。眠りについている学生たちは眠りから覚めて、天理学園は機能を失う。

 マザーボードが破壊できなければ、偽神は完成に近づき、いつか世界が『死期』に飲まれて偽神は、永久的に生きることが出来る。

『死期』は、マザーボードを破壊したい誰かの感情。意志なのだとわかってる。ではそれは誰なのか。何者なのか。マザーボードの存在を知っている物なんて僅かだろう。


「壊してみるか」

「僕たち死んだりしない?」

「死んだら、呪ってやれよ」

「いや、誰を……まあ、壊すの好きだからいいよ」


 啓介は、『死期』の横に立ち警棒を振り上げた。

 ガツンっと鼓膜を震わせるほどの音。荒々しい動きに淳平も唖然とする。

 啓介が女子生徒に興味がなければ、不良の名は啓介が独占していただろう。

 もとから家族仲が良くない為、暴徒化してもおかしくはないが、それでもかなり過激だ。

『死期』がいるから人間に危害が及ばない。いまばかりは、啓介が女子生徒に興味があり、『死期』を排除対象に見ていたことに安堵する。


 暫く殴り続けていると、機械的な音が響きコンソールは放電し始める。

『死期』と啓介の打撃で徐々に故障する。モニターに『Error』が表示され消えるが、再び表示される。


 コンソールはもう操作する事も難しい。今更、物理的にコンソールを破壊しても大丈夫だったのだろうかと浮上する。

 マザーボード以外にもバックアップがほかにも用意されていないだろうかと淳平は考える。


 コンピューターが完全に停止する直前、男の声が聞こえた。


『そこに、だれ、か……のか。この、……したら、すぐに、逃げ……』


 ぶつぶつとノイズ混じりに聴こえて来る声。啓介は「なに?」とモニターを見る。

 モニターには『ESCAPE』と文字がノイズと共に表示されている。三秒ほどで文字は消滅。ぷつんっとモニターはブラックアウトする。


 完全に機械が沈黙すると床が揺れる。建物が揺れている。


「まずっ!? 先輩っ」

「逃げるにしても逃げ道なんてない」


 お手上げだと言おうとした瞬間、淳平と啓介の視界は真っ暗になった。

 体育館のような場所は天井が崩れて、何もかもを飲み込んだ。


「啓介!」


 暗闇の中、淳平は、啓介を探す。そして、僅かに手が見えた。

 その手を掴むと気絶した啓介が鮮明に見えるようになる。


(『死期』の中か、殺意を感じないってことは、殺す気はないのか)



 淳平が啓介を抱えて五分ほどすると視界が広くなる。

 エリュシオンの道路に放り出されているようで、すぐ横に啓介が倒れていた。


『……わたし、が、できる。ここ、まで』


 少し離れた場所に『死期』が立っていた。話が出来るのなら初めから話をしてほしかったが、拙い言葉を使ってる事で会話をする事に慣れていないと察した。


『……ァりが、と』


 淳平がなにも言わずにいると『死期』は倒した時のように消滅してしまった。


 コンピューターを破壊する事が出来て、『死期』が脱出の手助けをした。淳平はどこか釈然としないまま辺りを見回した。

 アンドロイドが営業している商店街のど真ん中。学生ならば近づくこともしない。

 昔懐かしい雰囲気がある商店街をイメージした街並み。


 急いでいたから移動距離に誤差が生じたのか、現在地の真下がマザーボードがあった位置かの二つの可能性が浮上する。

 何より、生きていることが救いだと淳平は、ほっと息を吐いた。

 歩いていけば、きっと図書館にたどり着く。『死期』も近寄らないはずだと啓介を背負って道路の真ん中を歩いた。


 不規則にエリュシオンが揺れるのを感じる。


「お前たちは……!」


 不意に聞こえた声に淳平は顔を上げる。そこには、いつか見た女性。

 浜波研究所の副所長、可憐が驚いた表情をしていた。その背後では、武装部隊が控えている。


「今度は何をした!」


 冷たく言い放つが、淳平は臆することなく告げた。


「マザーボードを破壊した。あとは偽神を見つけるだけだ。偽神を殺す前に、この島にいる生徒全員の保護をしてくれ。じゃないと、多分、偽神が消滅した瞬間、この島は完全に海の底に沈む」


 不規則に起こる揺れがなによりの証拠だと言わずと知れた。

 可憐は怪訝な顔をするが、ことは一刻を争うことを徐々に激しさを増していく揺れで理解する。


「生徒は、学内寮。学園内か、エリュシオンの図書館に誰かがいるはずだ」


 一般生徒以外は、周東兄弟や美夜、衛がどこかにいるはずだと伝える。

 淳平たちは、今からでも誰かがいるかもしれない図書館に向かう予定だったことを言えば「お前たちは、保護対象だ」と可憐は首を横に振った。


「所長から、エリュシオン内にいる全ての一般人の保護を命じられている。お前たちも例外ではない」

「お前を信じることはできないんだが?」

「私は信じなくて結構だ。私もシキセマどもを信じてなどいない。けれど、この状況で、いつ沈むかもわからない状態で、生きた人間を野放しにすれば、私は職を失う間もなく、その場で処刑されるだろうな」

「あんた、自分の命が人質になると思ってるのか?」


 可憐が命令違反をして、淳平たちを此処で見殺してしまえば、研究所から追放される。ただ追放されるだけならば、可憐もここで淳平を引き留めることはない。

 可憐が持つ研究所の情報は、世界で億単位の価値を持つ。だからこそ、副所長とは気丈でなくてはならない。


「思っていないさ。だが、この命に代えて、お前たちを護ると言えば、お前たちは素直に頷いてくれると思っている」

「……調子の良いことを」


 良い印象を抱いていないのは可憐自身も承知している。もとから誰彼に好かれるような物言いをして来ていないことを自負していたからだ。

 それは淳平とて同じことだった。『死期』に狙われている。生徒に憑依した『死期』の襲われている。一方的であれ、生徒を気絶させているのだ。誰かに迷惑をかけないようにと交友関係を極限まで築いてこなかった。


「まだ俺は、衛の妹を見つけられていない。それにまだ行方不明の生徒がいる。あんたが、全員を見つければ、少なくとも俺はあんたを信じる。行動で示してみせろ」


 可憐は思案した後「良いだろう」と頷き。部隊の三人に淳平たちを乗ってきた船に乗せて、浜波研究所へ保護するように命じる。『死期』による怪我もある為、憑依していないかの検査も兼ねて調べる。


 部隊の一人が淳平に近づき「彼は私が引き受けます」と啓介に手を伸ばす。怪我を刺激しないように預けて、淳平も船のある方へと向かった。


「三班に分かれ、一班は、図書館。二班は、学園内の寮に向かえ。三班は私に続け」


 言葉を交わすことなく部隊は三班に分かれて、行動を開始した。


「……軍隊だな」


 淳平がぼそりと呟いた声を可憐は聞き逃さなかった。どこか誇らしげに口角を上げて行動を再開した。



 谷嵜淳平、延永啓介。

 エリュシオン離脱完了。

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