第46話 シキセマ

 衛と美夜は、小鳥遊筅が、二楷堂卯月であると確信を得た。


 幼馴染が実は偽神だった……なんて言うのは、創作物では珍しくもない。

 驚くこともなければ、寧ろ退屈でありきたりだ。寮を出て、次に思いつく場所を歩く。向かう先は学園だ。

 行ったり来たりで美夜に申し訳ないと告げると「大丈夫です」とまだ体力は残っていると頷いた。


 そんな時、突如と地面が激しく揺れた。いったい何が起こったのか分からない。

 衛は、さとるが聡に連絡を入れてマザーボードの破壊を成功させたのかと思ったが、美夜が「先輩! 聡先輩が!」と悲鳴に近い呼びかけをする。


 聡が腹部を押さえて浅い呼吸を必死にしながら昇降口の脇に倒れていた。

 衛が駆け寄ると聡の身体は血まみれで、その血が研究所が開発した銃弾の血ではない。れっきとした聡自身の血だ。


「周東先輩!」

「酷い怪我じゃないですか。もしかして使徒に……」


 衛と美夜が介抱すると「くそガァ~!」と悪態を口にする。


「……っ。痛え。あの野郎。俺に手加減とか……」

「大丈夫ですか?」

「無理」

「無理!?」


 血塗れで大丈夫なんて言えるわけもないが、咄嗟に言ってしまう。


「骨、あばら骨が逝ってる。動けない。下手に動かせば俺の内臓を傷つけて、体ん中に血が広がって血が固まれば、死ぬ」

「ど、どうしたら?」

「放っといて?」

「え、だけど……それじゃあ、聡先輩が」

「大丈夫大丈夫、俺って他の奴と違って頑丈だから。放っといたら動けるようになるって」

「なるわけないでしょう。あばら骨が折れてるなら」


 聡と使徒が半壊した校舎の外にいると言っても『死期』が現れない確証などない。

 今からでも、図書館に戻って聡の怪我を診なければ死んでしまう。


「俺のことは、良いから……君、学校に用があるんでしょう? 早くいけば? こんなところで時間食ってる暇なんてないんだしさ。それとも、自分は怪我人を置いていくほど非常な人間じゃないって俺を糾弾する? 地震起こって、骨チクチクしてるから、早く終わらせて戻ってきてくれると嬉しいなぁ~」

「……っ」

「なぁんてね。大丈夫、俺は生きてるよ。やつだって俺を死なせるなら此処で放置したりしない。『死期』は来るだろうけど、死ぬほどじゃない」

「烏川、周東先輩を任せてもいいか?」

「え、でも先輩は?」

「怪我人を残すのは、ちょっとな。それに、こんなに崩れてるんだ。廊下が崩れて散り散りになるのは避けたい。戻ってくるまで此処を頼みたい」

「偽神を一人で?」

「別に殺し合いをするわけじゃない。ただ生徒会長に会いに行くだけだろ?」


 聡は、衛の言葉で偽神が誰なのか予想が付いた。


「なんだ、あの子なんだ。じゃあ、俺の目に狂いはなかったんだ」

「……気が付いてたんですか?」

「全然。でもそうだな~。やっぱ学外活動なんてほぼしない生徒が突然、外にいるから不思議に思った。だから、疑わしいとは思ったけど、ただの模範生徒だったから、調査の範囲に含まれてなかったってだけ、ナンパしてみるもんだねぇ~」


 冗談を言っている場合かと呆れていると「まあせいぜい頑張って」と聡は衛を校舎に向かわせた。

 美夜が聡の介抱をする為に留まる。衛が校舎に入っていくのを見届ける。


「此処、留まると校舎が崩れて来そうですけど……」


 少しでも何もない所に移動できるだろうかと美夜は聡の様子を見るが、どちらにしても血が滲んでいて、人の血は見慣れていない美夜は視線を逸らす。

 その間にも『死期』が二人の前に現れる。


「多分、俺の弟がどうにかこうにかしてくれるだろうからさ。とりあえず、美夜ちゃんは情けない先輩である俺を護ってくれる?」

「わかりました! 今度は私が護ります」


 そう言って使い慣れない対『死期』用銃と警棒を握る。

 背後で口笛と「惚れちゃいそう」と啓介のようなことを言う聡に呆れる。


『死期』を消し去って、聡を護る。

 衛が校舎にいってから体感で三十分ほどした頃に、外から騒がしい音が聞こえて来る。音の方を警戒しながら見つめると可憐の命令で校舎にやってきた研究所の部隊が現れる。


「聡さん。大丈夫ですか」

「周東聡を発見、負傷しています」


 聡の事を知っているのか、その姿を見た瞬間、折り畳み式担架を担いでいた部隊員が広げて聡を寝かせた「もうちょっと優しくやってよ」と文句を言いながら担架に寝転ぶ。


「貴方が、烏川美夜さんですね? 『死期』を見ることが出来る」

「え、あ……はい」

「貴方も保護対象です。速やかにエリュシオンからの脱出を」

「でもまだ! 校舎に先輩……城野衛先輩がいるんです!」

「それは、我々が対処します。この都市が崩れてしまう前に」


 衛が校舎にいる事を知った部隊員は、各々やるべきことを理解したのか。行動を起こす。


 周東聡、烏川美夜。

 エリュシオン脱出完了。






 衛は、廊下を走っていた。聡と使徒がやり合っていた所為か途中廊下が崩れて塞がれていた。遠回りして、とりあえずは、自身の教室に向かった。特にそこが正解というわけでもない。


 幼馴染の行くところなんて知らない。生徒会長の行くところなんて知らない。

 優等生のする事なんて知らない。


(俺って……あいつのこと、何も知らなかったんだな)


「筅」


 がらりと教室の戸を開いた。

 デバイスを開いて何かを入力している筅が自身の席に座っていた。呼ぶと顔を上げて「衛君」と驚いた顔をしてこちらに振り向いた。


「どうしたの? そんなに息上げちゃって……あ! わかった、忘れ物でしょう? 何忘れたの?」

「……何の真似だよ」

「真似?」


 きょとんとした顔をする筅に衛は奥歯に力を入れていた。

 悔しい。悲しい。どちらとも取れる感情。拳を握り教室に一歩踏み入れる。

 目の前には無傷の筅がいる。本来なら安堵する。その手を掴んで校舎を出て研究所に保護してもらい、別の高校に転校して、卒業する。よくある話が広がっていた。


「二楷堂卯月。『死期』のことを、烏川美夜と谷嵜淳平に教えた女子生徒。お前、記憶がないって二楷堂先生は言ってたけど、そんな事ないだろ。自分の父親が来て焦りもしないんだな」


 記憶喪失なんてそう簡単になるわけがないと衛は目を伏せる。

 どこからどこまでが筅にとって真実なのか。

 筅は「意外でもないでしょう?」と目を細めて笑った。


「こういう事件は、身近な人が犯人って相場が決まってるものだからね。主人公になれた気分はどう? 妹を護る主人公に慣れたでしょう?」

「……ふざけてるのか?」

「本気だよ? 私は、……うん、選んでもらえなかったみたいだから。わかってたけど、幼馴染止まり、良い人止まり。でしょう?」

「はあ……なにがしたかったんだ?」

「自由」

「ふっ……」

「可笑しい?」


 衛はつい笑ってしまった。


(俺、何訊いてんだよ。コイツ、分かってるんだよな。俺が筅を殺しに来たって……気が付いてて普通に話してるんだ)


 筅がなにを思って此処にいるのか、衛は知らない。

 筅は衛がなにを思って、ここに来たのかを知っていた。


 窓の外は夜。一日中、探し回って、やっと見つけた。

 最後に会った日。『死期』に連れ去られた日。そのままの姿で筅は立っている。


(コイツは、ただ楽しみたかったんだろう。普通の人間としての暮らし。親が科学者で、その実験材料にされて、人間を辞める羽目になっても、人間を辞めきれなかった。だから、逃げだした。死んだとわかっていても、生きているふりをし続けてきた)


「俺も、好きだよ……。筅のこと」

「タイミング最悪だって気が付いてる?」

「もちろん。よく考えもした」


 考えずとも分かっていたことだった。

 莉の事を包み隠さず語ることが出来る相手、真摯になって話を聞いて、解決策を見出してくれる。いつだって横にいてくれた幼馴染。

 ずっと傍に居た友だちを疑うなんてことしたくなかった。『死期』が友だちを連れ去って衛を逆上させるためだと思い込みたかった。


「俺は、莉を助けたいんだ。だけど、お前も助けたい。教えてくれ」

「城野莉は、『死期』を取り込んでも生きていた特別な人間。科学者の手に落ちてしまえば、私と同じように神様になると思うよ。神様に出来る。死を超越するかもしれない存在を科学者が野放しにするわけがないもんね」


 莉が既に衛に保護されていること、衛に二楷堂先生が筅――卯月の父親であることを知られてしまった。

 衛が二楷堂先生と結託したことも、意に反した研究所との協力も『死期』を介して見てきた。

 知られたくない事を多く知られた。

 筅は「良いことを教えてあげる」と衛に諦めたように笑う。


「まだ莉ちゃんは『死期』と共鳴してるだけで、偽神とは繋がりは薄いと思うよ?」

「……どう言う意味だ」

「え? んー、今なら、殺すのは私一人で良いってことだけど」

「死にたいのか!」


 殺すために来たと言うのに衛は、声を荒げてしまう。心の底では卯月である筅を殺したくはない。


「まさか。だけど、ほら……莉ちゃんを死なせるわけにもいかないじゃない? 私なんかの命で、沢山の生徒が救われて、その上莉ちゃんも救えるなら、大儲けじゃないかな?」

「だから、なんでそんな自分を殺させようとするんだよ」

「……そうしないと、殺してくれないからじゃん」

「っ……!」

「また死にたいなんて思ってないし、殺されたくもない。だけど、衛が選ぶのは結局、莉ちゃんじゃない。私は、懇願するべきなの? 私を選んでって、莉ちゃんを諦めてって……そんなの嫌だよ。だって、莉ちゃんを大切にして衛が大好きなんだもん。この気持ちは、衛にだって覆らせない。私の気持ちは、全部私のもの『死期』にだって渡さない」


 縋りついて殺さないでくれと言えば、衛の覚悟を揺るがすことが出来たのだろうか。莉が見つからないまま、筅が先に見つかれば筅を優先してくれたのだろうか。


「一度でも私を優先してくれたことがあった? 衛」

「……」

「家族の方が大事なのは誰だって同じだよね? 責めてない。ただ、莉ちゃんが大事なら、それを貫いてほしい。知り合いだからって覚悟を殺さないで。私が莉ちゃんを殺そうとした『死期』の親玉。偽神、二楷堂卯月。衛君の殺意を見せて」

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