第24話 シキセマ

「初めまして、皆さん。僕は二楷堂にかいどうとおるです。これから皆さんと共に学び、共に成長していきたいです」


 金髪で細められた目に、下縁眼鏡をかける男。

 第一印象は、気弱。

 天理学園において、初めての人間の教師。大人の教員。


「せんせー、どうして学園に来たの? アンドロイドじゃあ不満だった?」

「いえいえ、僕が不満を言って来たわけじゃないんですよ。教育委員会の数名から、アンドロイド教育に異論を唱える方が居て、一人でも人間の教員をと僕が来ました。担当は数学なので、その時になったらよろしくお願いしますね」


 衛が身を置いているクラスの担任となる二楷堂先生に衛は唖然とする。

 窓ガラスを割り学園内を混乱させるまでもなく向こうから大人を配置してきた。


「優しそうな人だね」


 筅がこそりと耳打ちする。衛は、「ああ」と適当に返事をすることしかできなかった。


(先輩が考えていた計画が、見破られた。図書館は安全じゃないのか)


 図書館で告げられた計画は、今この時、意味を失った。


 二楷堂先生は、少し跳ねた髪を撫で付けながら「それじゃあ、早速勉強をしていこうか」とデバイスで半透明のウィンドウを出現させて、アンドロイドが今までやってきたデータをもとに授業を引き継いだ。


 黙々と授業が行われ、終わる頃に『次の授業までの課題は』とメッセージウィンドウが出現する。


「じゃあ、今回はここまでです。質問がある生徒は今の内ですよ」


 二楷堂先生は、教壇を降りて教室を後にする。使われることがないと思われていた教員室に一人の教師が入ると言うのは何とも寂しいことだ。

 アンドロイドが掃除すると言っても誰とも話をしないで授業の準備。大人は立ち入ることができない学園の中を一人の大人が歩いていると言うのは不思議な感覚だ。


 衛が二楷堂先生の事を考えていると教室の外で「城野せんぱーい」と軽い声が聞こえた。そちらを見ると、啓介と美夜が立っていた。啓介は手を挙げてブンブンと振っている。


「最近、後輩と一緒にいるね」

「いろいろとな」

「ふぅん。嫉妬しちゃうぞ?」

「なんでだよ」

「買い物、付き合ってくれてない」

「悪かった。発表の後夜祭、付き合ってやるから」

「もう仕方ないなぁ。良いよ。許してあげる。いってらっしゃい」


 筅は手を振って衛を見送る。

 衛は啓介と美夜のもとへ行き、教室を離れた。


「なんで大人がいるんでしょうねぇ~」

「衛先輩から聞いた話では、夜に行動をして見張りとして誰かが来ると言った話でしたが……」

「先手を打たれた。もしくは、元からそう言う話が運営側に通っていたかだ」

「折角背徳感を味わえるチャンスだったのに、残念ですよ。あの先輩たちも読み甘いってか行動が遅いって言うか」

「啓介はなんであの人たちが嫌いなの?」

「嫌いじゃない。面倒なだけですよ。男の言うことなんて聞いていたって時間の無駄」

「なら、俺の言うことも聞かないんだな?」

「いやいや! 先輩は将来的にはお義兄さんになるんですよ? 従いますよ。靴でも床でも舐めてもいい」

「……やめろ」

「良識ある人で良かった。僕も勘弁したいですからね~」

「啓介の言うことは放っておいても良いと思います。これからどうするんですか?」

「大人を炙り出すのは、不可能になった。俺たちが夜に何か問題を起こしたところで、問題解決は、二楷堂先生に一任されていると思う」

「なら、卯月ちゃんを探すしかない」


 啓介は女子生徒を探すとなれば機嫌をよくして「リサーチしてきます!」と今にでも駆け出そうとするのを寸でのところで止める。


「烏川、卯月に会ったことがあるんだよな? どう言う人だったのか思い出せるか? 今からでも全クラス確認してその人を探すことができると思うんだ」


 提案すると美夜は申し訳ないと困った表情をする。


「実は……思い出せないんです」

「思い出せない?」

「はい。確かにそこに人はいました。夜の校舎で私は卯月と名乗る女子生徒と会うことはできたんですが、その人の顔を明確に思い出すことができないんです」


 朧気になり、卯月を思い出すことができない。

 記憶の改変が起こっているのか、純粋に美夜が思い出せないだけなのか。


「仕方ないことですね。先手を打たれました」

「! 先輩」


 さとるが三年教室がある渡り廊下から歩いてくる。


「こんにちは、皆さん」

「さとる先輩。先手ってやっぱり教師が来たことですか?」

「はい。僕たちの計画は破綻しました。だけど、このまま卯月探しは継続してください」

「先輩たちはなにを?」

「あの教師が、本当に教員免許を持ち教育委員会からの派遣なのか調査します」

「え……」

「もし、探している人物であるなら……急がなければ、僕たちの記憶は彼が当たり前に存在する教員として認識してしまいます。だから、皆さんもあまり二楷堂先生と親しくならないようにお願いします。もしも彼がただの民間人であるなら、問題はないですが……その可能性はほぼないに等しい」

「ただの教師じゃないって言うならなに?」

「研究者だった場合、偽神の最終調整に入っている可能性があります。そうなるとこの人工島にいる全生徒が偽神に吸収される」

「あの、吸収されてしまったら……やっぱり死ぬってことなんですか?」


 美夜は不安な顔をしてさとるに尋ねるが、さとるは首を横に振る。


「……それは僕にも分からないんです。死ぬ。今の偽神は、肉体を貪るタイプじゃない。中身を食べるタイプです。肉体はそのまま、半永久的に廃人となる。と僕は考えています」

「なにそれ。ナンパもデートも出来ないんじゃあ、生きていたって仕方ないそのまま殺してほしいね。僕なら」

「それって……生きているって言えるんですか」

「鼓動、呼吸、栄養摂取。それらを満たすことができれば、人は生きてると言えるでしょう」

「もとに戻るんですか?」

「……中身を入れ替えたら、それは本当にその人なのか」

「えっ」


 さとるは、呟くように言う。

 見た目は変わらず中身だけが変わる。寝ていても心臓さえ動いていたら、全て取り替えても、それは本来のその人だと言えるのか。


「テセウスの船って言う哲学の話」

「五分前の次は、船の話ですかぁ~。先輩って哲学が好きですねぇ。なんだっていいですけど、僕は廃人とかごめんなんで……あのクソオヤジの言いなりになるのも、廃人もお断りだ」

「なら、ちゃんと人探ししようね。啓介」

「はいはい」


 美夜が啓介を宥めているのを一瞥して衛は、さとるに言う。


「俺たちは、このまま継続して卯月を探します。何かあれば、図書館にいるので」

「うん、ありがとうございます。少しでも気になったこととか、違和感を感じたらすぐに僕に知らせてほしいです」


 デバイスIDの書かれたメモを差し出して、登録しておくように告げられる。

 用事があるとだけメッセージを送れば、図書館に集合であることが伝わる。

 わざわざ懇切丁寧に用事を文字にする必要もない。直接顔を合わせて話をする事に意味があった。


「あ、そうだ。城野さん……妹さんの余命は過ぎてますよ」

「! ……そうですか」

「妹さんを担当していた医師の匙加減なので、絶対とは言い切れませんが……確かに、宣告から一か月は優に超えてます。だから、もう一息ですよ」

「ありがとうございます。それが聞けただけで十分です」


 絶対に完治したとは言えない。

『死期』を追い払う日々を過ごしている衛には、さとるの言葉は救いともいえた。

 一か月と言われて、絶対一か月後に死ぬとは限らない。想定でしかない事だが、一般人からしたら救いがないと思ってしまう。

 生きる意味を見出すことができずに、生きているより、まだ救いがあると希望が見えるだけで十分すぎる。


「じゃあ、僕も莉ちゃんとデートが出来るってわけだ」

「ダメだ」

「認めてくださいよぉ! もう死んだりしてないじゃないですか~」

「日頃の行いね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る