第25話 シキセマ
さとるたちが二楷堂先生の調査をすると言って連絡がないまま、卯月を探していたある日の事。さとると話をして四日ほどが経過した。
その四日も衛が思っている日であり、実際何日が経過しているかは分からない。
学科発表の準備が本格的に始まり、生徒たちは各々のデータを仕上げようとしている。
衛もデバイスのウィンドウを前にキーボードを操作する。賑やかな声が聞こえて来る。
「衛君、ちょっと訊きたいことがあるんだけどいいかな?」
筅が机で作業をしている衛に言う。
「ん? なんだ?」
「一テラの容量があるメモリって知らない?」
「は? 一テラ?」
なんの冗談だと衛はぽかんと口をあけた。
筅が制作しているデータが、容量を大幅に超えてしまい、いま所有している媒体では間に合わないと困った顔をしている。
「なに作ってるんだよ」
「大袈裟なものじゃないよ。ちょっとしたおまけつきってだけなの」
「お前のちょっとはちょっとじゃないって自覚してくれよ」
「えーっ。本当にちょっとなのに……良いよ。分かった、じゃあ少し削って来る」
そう言って自身のデバイスを起動させて作り上げているデータの改ざんを開始する。
「あ、そうだ。筅」
「ん? なぁに?」
「午後、大丈夫か?」
「午後? んー、委員会でちょっと忙しいかな。生徒会の方でも準備してるし」
「そうか」
「用事?」
「いや、お前に知らせておきたいことがあって」
「知らせておきたい? ……! もしや!」
「彼女じゃないから」
「バレたか」
えへへっと笑う筅に「まったく」と衛は小さく笑った。
「生徒会、終わったら連絡するよ」
「わかった」
二人は再び作業に戻る。
放課後になり、筅からの連絡を待ちながら卯月について調べる。
胡桃色の髪をした女子生徒。珍しい色じゃないだけに衛は啓介と違い。片っ端から女子生徒に声をかける勇気も度胸もない。
同学年にそれとなく尋ねることしかできなかったが、誰もが「見たことがない」「聞いたことがない」「知らないな」の一言だった。収穫ゼロでは、さとるに頼まれているのに役に立てていないと衛は落ち込む。
一切協力していないように見える啓介ですら、卯月を探すのに注力している。……言い換えてしまえば、課題をやらずに済むと言う暇つぶしに女性に声をかけている可能性もある。
「あ、こんにちは。えーっと、衛君?」
「え……二楷堂先生」
昇降口の脇に置かれたベンチでデバイスを操作しながら時間を潰していた衛に偶然通りかかった二楷堂先生がひらひらと手を振って近づいてくる。
名前を言い当てたとわかれば二楷堂先生は安堵した表情をして案の定「名前、間違っていなかったようで良かったです」と安心した表情をする。
「誰かと待ち合わせですか?」
「生徒会の小鳥遊を待ってて」
「小鳥遊? 生徒会……ああ! 小鳥遊筅さん。なるほど」
衛の少ないヒントのもと導き出した答えに一人納得する二楷堂先生は「隣、良いですか?」と尋ねて来る。
衛は戸惑いながら頷くと「よいしょっ」とベンチに腰掛ける。
小鳥の囀りが聞こえて来るのではと言うほどに穏やかな風が衛と二楷堂先生の髪を揺らした。
(なんで、この人此処にいるんだ)
筅を待っている為、別に誰かを横に座らせる予定はない。
二楷堂先生の問いかけを断ることも出来ずに隣を譲ったがいったい何が目的なのか衛は分からずに困惑する。
「今、僕が担当しているクラスの生徒一人一人の顔と名前を覚えようと頑張っているんですよ」
「そうなんですか」
たった一人の名前を覚えるだけの生徒と違って教師は学園内の生徒全てを覚えなければいけない。その苦労を察して衛は「大変ですね」と同情する。
「僕なんて大変ではありませんよ。今は君たちの方が大変でしょう? 学科発表の準備に課題に、学生はやる事が多くて大変ですね」
「毎年やってる事ですから、慣れましたよ。これでも二年目です」
「毎年、自分で発表内容を考えるんですよね? 僕の時は、みんな同じ一つの課題で同じ事を調べて、同じ結果を求められていましたよ。同じ校舎で、同じ図鑑を手に取り、そのページを書き写す。面倒でサボる生徒もいましたが、ほぼ同じことをしていました。今の高校生は自分で考えて発表をするんですね」
二楷堂先生は遠くを見つめる。昔を懐かしむように植えられた木を見つめる。
科学が発達した時代で当然のようにアンドロイドが木の世話をしている。
「……いま、高校生じゃなくて良かったって思ってます?」
「ああ、顔に出てましたか?」
「何となく」
「僕、数学者ですが、どうも機械は苦手なんですよね。いまだにスマホの操作も覚束ないし、このデバイスも一夜漬けしても使い方を覚えることはできませんでしたよ」
「だから」と二楷堂先生はスーツの内ポケットから折り畳まれた紙を取り出した。
それはデバイスの取扱説明書だ。
「持ち歩いているんですか」
「ほかにも、スマホの取扱説明書もあるよ」
内ポケットから次から次へと何かの取扱説明書を引っ張り出してくる。
(説明書だけで防弾チョッキになりそうだな)
なんて衛は思いながらベンチに置かれた取扱説明書の中に機器以外の説明書が混ざっていることに気が付いた。
「これって……なんですか」
『死期が迫って来る』と書かれた少しグロテスクな表紙。
「わわっ! み、見ないでください!!」
バッとその説明書を奪うように掴む。
「それ、なんですか?」
「……だ、誰にも言わないでくださいね」
「はい。気になるので教えてください」
二楷堂先生はしぶしぶその手にある説明書を衛に見せる。
「それは昔流行ったゲームの説明書」
「ゲームの説明書? それってサイトのホームページで読めるものですよね? 紙媒体なんて珍しい」
「いやいや、僕の時代では、紙媒体が主流だったんですよ。ゲームにダウンロードなんて必要なかったですし、ゲームができない日などは説明書を見るだけで時間を潰していたものです」
「じゃあ、これはそのゲームの説明書?」
パラパラと衛は説明書を開く。
「それは、僕がハマったゲームの一つで……今はもう販売されていないプレミアゲームですね」
「……なんで説明書だけ」
「僕の部屋でやろうと思ってエリュシオンに持ってきたんですが……外部のデータ持ち込みは禁止だと没収されてしまったんです」
ズーンっと膝に肘をついて項垂れる二楷堂先生に衛は失笑してしまう。
「はははっ……先生ってゲーマーなんですか?」
「実はそうなんですよ。ゲームセンターに通ったりも昔はよくしましたね。補導って名目で遊びに行くなんて日常でした」
「意外と不真面目なんですね」
「僕、こう見えても不真面目ですよ。勉強さえできていれば文句は言いません。ただお願いですから、問題行動だけはしないでくれると嬉しいです。僕の仕事が増えてしまうので」
「善処します」
「お願いします」
『死期が迫って来る』と言うゲームの説明書。
とある中学生が深夜の学校に忍び込んで肝試しをするといった趣旨のホラーゲームだ。
登場人物やゲームシステムと言ったサイトで見られるものが紙媒体で見ることができた。
グロテスクな表現をするホラー演出と、当時人気を独占していたシナリオライターを起用した挑戦的なゲーム。
「面白そうですね」
「卒業したら、是非やってほしいですよ。傑作です。ただ脅かし要素も多いので、覚悟した方がいいかもしれませんね」
「先生は、このゲームのどこを好きになったんですか?」
「やっぱりシナリオでしょうか。そして、それに合った音楽。確かに怖いんですが、その分引き込まれてしまう、一本で完結する良作。今の時代は、未完成を発売してバグ修正のアップデートを重ねて追加コンテンツでかさ増し、昔のゲームは何度もデバッグして、バグを極限まで無くす努力をして、追加コンテンツなんてありませんでした。満足の一本フルプライスで買う価値のあるゲームです」
根っからのゲーマーのようで二楷堂先生は嬉々とゲームについて熱く語る。
学生にゲームの話をするのは些かよろしくはないが、それでも趣味を語りたいと大人になっても思うのは当然の事だった。
「衛君。お待たせ」
「! 筅」
気が付くと日が傾いて夕暮れ。二楷堂先生と熱く語り合っていると時間を忘れていたようで、メッセージにも気が付かずに話し込んでしまっていた。
筅は昇降口まで来ると二楷堂先生と衛が見えて近づいた。
二楷堂先生は慌てて取扱説明書を片付けて「それじゃあ、僕は仕事に戻ります」と慌ててその場を立ち去った。
「先生となにを話してたの?」
「よくある男同士の語り合いだな」
「えー、なにそれ。部活とか?」
「俺は帰寮部だ。将来的には、文芸部になるかもしれないけどな」
「文芸部? なかったよね?」
「ああ、いつか立ち上げ申請を出すよ」
「もしかして、それが用事?」
「いや、別のことだ」
衛はベンチから立ち上がり、モノレール乗り場を目指した。
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