第26話 シキセマ

 モノレールに乗り、衛は筅に向かう。


「実は、莉が余命宣告を受けてて」

「えっ……」

「それが一か月前の事だ。一か月の命だって言われたけど、無事にそれを乗り越えることができた」

「……じゃあ、莉ちゃんは……元気、なんだよね?」

「ああ。治らないって言われていたのに……あいつ、いま歩行練習してて……ちゃんと自分の足で歩こうとしてる」

「だから、衛、落ち込んでたんだね」

「落ち込むなんて言えるほど軽いものじゃなかったけどな。俺……生きた心地がしなかった。だけど、最近になって莉が元気になってきてるんだ」


 筅にはその件を伝えておきたかったと衛は言うと筅は目を細めて「よかった」と安堵していた。

 モノレールが図書館近くの乗り場で止まる。

 学園では話せないようなことを話せたらと衛は、頭の中で必死に考えていた。


「衛は、卒業したらなにしたい?」

「卒業なんて、まだ先の事だろ?」

「言っても来年で三年生だよ? 就職するの? それとも進学?」

「決めてない」

「決めないとダメだよ? 時間は待ってくれないんだから」

「そう言うお前はどうなんだよ」

「私はそうだなぁ……衛が就職なら、私も就職しようかな。進学なら同じところに行く」

「おい、自分のことだろ? ちゃんと決めろよ」

「自分のことだから、ちゃんと決めたよ?」


 筅は嬉々と言う。衛と同じところに行きたい。

 筅は自分の未来を衛に託す。


「筅。お前から見えて、俺は変わったか?」

「え? 変わった? えーっと髪型変えたとか?」

「違う。えっと……なんていうんだろうな」


 環境が変われば、何かが変わると思っていた衛の唐突の問いに戸惑ってしまっただろうかと言葉を選んでいると「冗談だよ」と筅は笑った。


「どこがって言われるとわかんないけど、衛君はちょっと変わった気がする。それこそ、きっと莉ちゃんのお陰なのかな。無事に快復していって、お兄ちゃんを安心させてるのかも」

「それはきっと……いや、なんでもない」

「えー、なにそれ気になる止め方」


 言えーっ! と筅は衛を揶揄う。


「筅が、変わらないでいてくれてるからだろうな。だから、これからも変わらないでくれよ」

「? 大人にはなるけど、人ってそう簡単には変われないと思うよ。特に私が衛と付き合っていく間は変わらない。というか、衛が変わっちゃうのに私だけは変わらないのって変な感じだね」

「……安心するから」

「安心。ほほぉ〜我が家のような安心感をご提供してあげるよ」


(……もしも筅に本当のことを言ったら、筅ならきっと信じてくれる)


『死期』の事を伝えて、莉のことを告げて、任せることはきっとできる。

 真摯になって莉のことを考えてくれるに違いない。


 衛は拳を握る。


「もし、俺が突然死んだら……莉のこと、頼んでもいいか? 別に死ぬ気はないんだ。だけど、莉が死んじゃうって思うと自分も怖くなって……莉より先に俺が死んだら、お前にしか頼めない」


 親戚の伯父や伯母はもう信じられなかった。

 莉が死んでもいいと言った雰囲気をしていた。


「……衛。うん、わかった。良いよ。衛の言うこと聞いてあげる」

「ありがとう」

「ただし、条件があるよ」

「……なんだ?」

「えっと、そのね」


 筅は「タイミング最悪だけど」と俯きながら、手元を見つめる。

 耳が赤くなる。


「私と付き合ってよ」

「は?」

「衛が死んだら、莉ちゃんのこと任されるから……その間、衛の彼女にしてほしいなって」

「なっ……何言って」

「タイミング最悪だってわかってるんだけどね。今くらいしか言えない気がしたから……ダメ、かな? 莉ちゃんの事で手一杯で恋人なんて作ってる暇ないって事もわかってるよ。だけど、ずっと前から好きなんだよ」


 莉のことしか考えていない衛に呆れながら、それでもそんな衛が大好きで、告げる勇気がなかったが、衛が変わっていく。

 そして、後輩の女子と一緒にいるところを見たら危機感を抱くのは当然のことで、筅は勇気を出して告げた。


「私、衛のことが好き。大好き、付き合ってください」

「っ……か、変わらないでくれって言ったばかりだろ」

「うん、だから、恋人になったら変わらない事を証明できるよ? ずっと衛を好きでいる」

「はあ……告白してもらうために連れてきたわけじゃないんだけどな」

「私だって告白するつもりなかったよ? やっぱりその場の勢い。まあ、莉ちゃんを利用してるみたいで気が引けるけど……私も譲れないからね」


「それで付き合ってくれるのかな?」と筅は衛の顔を覗き込む。


「少し、考えさせてくれ。すぐに答えを出すことができないんだ」

「……意気地なし」


 なんて笑う筅。

 変わらない笑顔。見慣れた笑顔。分け隔てなく誰にでも優しい優等生。

 絵に描いたような素敵な女の子に告白されて、断ることができるのは、ひどく傲慢で自惚れた男だろう。 


「なんで俺だったんだよ」

「幼馴染が好きになるってよくある話だと思うけど? ずっと一緒にいるとね。この人と一緒に毎日過ごしたいって思うようになるんだよ」

「……俺と?」

「うん」


 恥ずかしくなるようなことを平然と言ってのける筅に衛は顔を背ける。


「でもま、即フラれるよりましなのかな。良いよ、しっかり考えて答え、頂戴ね? 待ってる」

「できるだけ早く伝えたい」

「急がなくていいよ。よーく考えてよ? 私の人生がかかってるんだから……もし適当に答えるようなら、莉ちゃんに告げ口するからね?」

「勘弁してくれよ」


 その笑顔に何度救われたことだろう。衛は目を伏せた。

 そんな時だった。『死期』が二人を襲った。


 衛の『死期』なのか、筅の『死期』なのか分からない。

 二人を見たこともない巨大な『死期』が襲った。


「筅っ!」

「えっ」


 急いで筅の手を掴もうとすると空振る。

 掴むことができずに空を握る。顔をあげると筅は忽然と姿を消していた。


「……は?」


『死期』も筅もいなかった。

 地面に溶け込んだとも思えない。

 あの一瞬のうちに……筅を連れ去ったのだ。

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