第27話 シキセマ

 三十分前、図書館にて。

 いつも通り学校に登校することなく莉の面倒を見ていた淳平のもとに知り得た情報を報告するために足を運んでいたさとると聡。

 啓介と美夜は、卯月探しで夜の狩りの時間まで校舎に残ると連絡があった。

 三人は衛が来るまで時間を潰していた。


「なんで図書館なんだよぉ。音楽室とかでもよくね?」


 聡がそう愚痴をこぼす。

 彼にとって図書館は退屈な場所でしかない。


「この学校に音楽室はないよ」

「はぁ!? なんでっ?!」

「誰も音楽をやらないから……と言うか知らなかったんだ」

「忙しかったから」

「そんなに仕事を頼んでたっけ?」

「いいや、ナンパ」


 聞かなければよかったとさとるはため息を吐いた。


「お前らはどうして死んだ」


 本を読んでいた淳平が唐突に尋ねる。

 さとるは目を見開いて淳平を見る。


「どうして僕たちが死んだって思うんですか?」

「お前らの『死期』は、個々として存在していない。二人で共有している。周東聡が『死期』を始末する」

「もしかして、僕たちを監視してたんですか?」

「監視? この場所に来たときに理解出来たことだ」


 本から視線を外すこと無く淳平は言う。


「お前らの『死期』どうして同一として存在しているかは分からないがな。そんな芸当が出来るなら、あの娘の『死期』をあいつが肩代わりさせてやりたいもんだな」

「……ずっと思ってたんだけどさ。あんた、何者?」


 聡が淳平に尋ねる。

 当事者の癖に一切口出ししてこない。

 いざ、口出ししてくるとこちらの痛いところばかりを尋ねて来る。

 一般人と言うには無理があるだろうと聡でさえ理解できた。


「俺はただの不良生徒だ」

「ただの不良生徒が、変な事言わないと思うんだけど」

「変? 俺は純粋に気になったことを訊いただけだ」

「だから、人を死人扱いしたりとかさぁ」

「聡、やめなよ……」

「でもさ」

「喧嘩したってしょうがないよ。それより、僕たちの事を……」


 さとるが言葉を続けようとすると聡はさとるの腕を掴んで後ろに下がった。

 すると二人がいた場所に『死期』が湧いていた。


「『死期』っ!? どうして」

「話はあと、離れてろ」


 聡は、警棒を取り出して『死期』を撃退する。視界の隅で淳平も『死期』に襲われていた。

 なんとか拳を振るって『死期』を消滅させているが今までとは比にならない程の量に戸惑う。


「なに、どーなってんの!」

「分からない」


 さとるに尋ねても、さとるもどうして突然こんなに出現したのか分からないでいた。

 いつもならば、多くても四体五体。けれど今は、十体溢れる。

 図書館に出てこないと思っていたが、浅はかな考えだったと戦うことのできないさとるは聡からなるべく離れないように努める。


(どうして今になって……何か原因があるはず……)


 さとるは原因を突き止める為に視線を巡らせた。

 すると『死期』の何体かが、カウンターの奥。淳平が座っていた椅子の背後に位置する扉にすり抜けるように入っていく。


「谷嵜さん! 莉さんが危ない!!」

「っ!?」


 さとるの言葉に淳平は『死期』を消し去り、莉がいる部屋に駆け込んだ。

 悲鳴一つ聞こえないのは、この時間、莉は眠っているからだ。


 淳平は扉を乱暴に開くと『死期』がいると思っていた手前、そこに広がる光景に驚愕する。

『死期』どころか、部屋はもぬけの殻となっていた。


 莉の姿がない。忽然と姿を消した。窓が空いている。人が優に通ることができる窓。

 莉はまだしっかりとは歩けない。『死期』が莉を連れて行った。

 淳平は急いでその窓を越えて外に出る。


 図書館の裏。路地に出る。

 淳平は周囲を見回すと黒い影が地面を滑るように通りに出ていくのが見える。

 追いかけるも『死期』は尋常ではない速さで遠ざかってしまう。

 挙句の果てには、淳平の『死期』が行く手を阻む。


「ちっ……」




 暫くして漸く淳平は『死期』をすべて消し去ることに成功する。

 肩を上下させて、莉を探すが見当たらない。


 仕方ないと踵を返して図書館を目指す。

 急いで伝えなければならないことを伝えて、助けに行かなければと足を速めた。



「谷嵜」


 顔面蒼白の衛がカウンターに立っていた。


「なにがあった」

「……筅が消えた」


 立っているのもやっとだったようで崩れるように座り込む。

 近くで既に事情を聞いたさとるたちは、複雑そうな表情をする。

 衛を椅子に座らせて、さとるが淳平に衛が見てきたことを説明する。


「生徒会長の小鳥遊筅さんが『死期』に連れ去られたようです。その事を急いで伝えに来てくれた時には、もう妹さんが『死期』に連れ去られていた状態で……」


 どうして衛の身近な人が次々に『死期』に連れ去られてしまうのか。

 さとるも淳平も不思議でならなかった。


「なにか、心当たりは?」

「あるわけない。俺は……普通に……筅と話をして、……筅、莉っ。なんで二人が……」


 最悪死に至るかもしれない。

『死期』が衛を虐げる為に、身近な人を連れ去り殺してしまうかもしれない。

 今、生きている保障なんてない。


「『死期』に知性があるなんて思いませんでした」


 ただ殺すだけに暴れている怪物とばかり思っていた。迂闊だったと後悔する。

 今まで対象以外の人を攫うような動きは見せてこなかった。憑依して、対象に襲うか、追いかけて、襲うだけの行動理念。


「多分、『死期』は地下にお二人を連れて行ったのだと思います」

「地下。行き方は?」

「それは……すいません、まだ」

「……っ」

「『死期』がお二人を狙った理由は、きっと貴方の死期が迫っているからだと思います。対象者の死期が近づけば『死期』は行動理念を変更して、確実な死を貴方に与える。だから、気を強く持ってください。貴方が諦めてしまえばお二人は『死期』に殺害されてしまう」


 衛は、ふらりと立ち上がり図書館を出て行こうと出口を目指すため動き出した。


「どこ行くつもり?」


 聡が尋ねると「地下を探す」とだけ言い図書館を後にする。


「え、だけど……卯月を見つけるのは?」

「そんな時間、もうない。先輩たちだって、待っている時間はないって言っていたじゃないですか。ならもう向こうが来ないなら、こちらが行くしかない」

「実力行使はなにも生みません。みんなで考えて、卯月を見つけて、地下の正しい行き方を」

「そんな事をしている間にも二人は『死期』の奴らに殺されているかもしれないんです!」

「っ……!」

「穏便になんて、もう俺は出来ない。たった一人の家族なんです。大切な人なんです。二人になにか遭ったら……神だろうと殺します」


 そう言って衛は図書館を出て行った。淳平もそのあとを追う。


「はあ……子供だねぇ」

「聡、僕たちの仕事をしよう。彼の言っていた通り、ことは一刻を争う」

「良いよ」


(発表会が終えるまで何もしてこないと思ってたけど、僕の考え違いだった。何が何でも、見える人たちを消したいのか。それとも発表会に何かあるのか)


 さとるは、上司に報告するべく動き出した。

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