第28話 シキセマ

 衛は、学園に戻ってきた。完全に封鎖された学園。

 門を越えて、停止したアンドロイドに一瞥もせずに校舎内に向かう。


「衛先輩、こんばんは」

「なんか進展ありましたか~?」


 美夜と啓介が各々の『死期』を片付けていると衛を見かけて声をかける。


「……延永、烏川。地下の行き方は知ってるか?」

「まだ全然。卯月さんを見つけるのも出来てません」

「寧ろいないって考えた方が妥当って言うか。聞いた人みんなに「知らない」の一点張り……どう言うことだよ」


 美夜は、申し訳ないと表情を。啓介は、飽きてきたのか欠伸をする。


「莉が『死期』に攫われた。生徒会長も同時刻『死期』に連れていかれた」

「え……」

「まじっ」


 信じられないと二人は驚愕する。


「俺はこれから、地下を探す。一緒に来るか?」


 無理強いするつもりはないと衛は言う。

 衛は、今から何するつもりなのか。美夜と啓介は首を傾げる。

 衛について来た淳平は、何も言わずに成り行きを見守っている。


「パスしたいけど、莉ちゃんが関わってるなら、やらないわけにはいかないね。それに面白そう」

「私も手伝います」


 衛の後をついていくと言うと衛は「そうか」と校舎に入っていく。

 衛と美夜は校舎の闇に消えた。啓介は、昇降口で突っ立っている淳平を見る。


「見てるだけですか~?」

「あいつが馬鹿なことを始めたら止める」

「なるほど、ストッパーを買って出てくれるんですか。ありがたい。今の先輩に下手なことを言ったら僕が殺されそうですもんね」


 その空色の瞳は、今にでも誰かを殺さなければ気が済まないと言っているようだった。

 実の妹、そして幼馴染が『死期』に連れていかれる。精神が安定しないのも仕方がない。後輩たちに気を遣う余裕があるのは、さすがとも言える。

 今まで取り繕ってきただけであり、どれだけ調子を崩されても重要な時ばかりはなんにでも成れるのだろうと啓介は、考えていると校舎に視線を向けるとガラスが割れる音が聞こえた。


「あ、あははは……あの人、ガラス割り始めちゃったよ」


 窓ガラスを割って校舎を荒らしている。それは当初、さとるから告げられていたことだ。だが二楷堂先生が来たことで中止になっていたが、今になって実行することになるとは。


「まさか、本当に人が来ると思ってるわけじゃないだろうけど……正気の沙汰?」

「正気なら、あいつは此処にいないだろうな」


 淳平は『死期』を消し去った後、校舎の中に入っていく。

「ですよね~」と啓介も追いかける。





 衛が持っていたのは、消火器だった。規則的に置かれた消火器を乱暴に掴み窓ガラスを叩き割った。耳を劈く音、美夜は耳を塞いだ。

 次々に窓ガラスを割っていく衛に恐怖を覚える。怒り狂っている。

 優しい先輩である衛が、こうまで怒る理由など誰でも想像ができる。

 何よりも、衛に関係した人が連れていかれたのだ。同じ立場ならば、今こうして行動する事すらできていないと美夜は俯いた。


「二楷堂先生には悪いけど、校舎を破壊すれば業者が来るはずだ。来ないでアンドロイドが修復するなら、アンドロイドも破壊しようか」

「そ、そんなことして、賠償請求とかされたら」

「向こうは俺たちの命を実験台に使ってるんだ。咎められることはない。それに……莉も筅も無関係だ。俺たちだけで完結させていたらよかったんだ。それなのに、先に手を出したのは連中だ」


 顔も知らない者に怒る。『死期』を操ろうとしている者。

 地下にいるであろう神の存在に衛は憤りを隠さない。

 ガタンと消火器を放り捨てて、近くの教室に入る。


「ここは、視聴覚室ですね」


 美夜が衛を助けた際に駆け込んだ教室。

 以前と変わらない。何一つ、変わっていない。そう思っていた。

 衛が一歩前に出るとガチャリと映写機が動き出した。

 警戒していると下ろされたスクリーンに映し出された映像。


 学園で過ごす生徒たち。監視カメラの映像だろうか。

 学園を俯瞰する映像が流れる。朝昼晩と流れる映像。

 学園だけではない。エリュシオン内が映し出されている。

 スクリーンの右下には、日時が記録されていた。

 その日は、莉が余命宣告を受けた翌日。昼間に衛が淳平に救われて、『死期』から逃げ惑う映像。その後、莉をエリュシオンに連れてきたときの光景が記録されている。


「初めから、知っていた……。俺たちを見て嘲笑ってたのか」


 衛は、掌を傷つけてしまうほど強く拳を握った。

 莉がエリュシオンに連れてきたことは、初めから向こうには筒抜けであり、翻弄する衛たちを見世物のように見ていたのかと怒りは増すばかりだった。


「こんなこと、何がしたいんだ!」


 衛は映写機を乱暴に床に叩き落とした。

 その衝撃で、映写機は部品を床に撒き散らせて故障する。


「俺たちを、監視して……何がしたいんだ! 殺したいなら殺しに来い。その気がないなら、近づくな!」


 誰に向けるわけでもなく。ただ叫び散らした。


「そんなに叫んだら、声。枯れて重要な時に話せなくなりますよ~」


 合流した啓介がのんびりと言う。


「マイクなんてないわけですし、先輩が一生懸命に叫んだって相手に通じるわけないじゃないすか~」

「……」

「それに、これではっきりしたのは相手は『死期』を操ることができるようになっているという点ですね。心霊現象じゃないなら、映写機が動き出したのは十中八九、『死期』が起動させて消滅したって考えるのが妥当だし。そのことを、例のそっくり先輩方が知っているかは知らないけど」


 啓介はどこから持ってきたのか釘抜きを片手に視聴覚室のテーブルを押して退かす。その床には、コンセントカバー。カバーに釘抜きを使い剥がす。


「ちょっと啓介、なにしてるの?」

「え? 地下を探すんでしょう? なら、小さいものも疑っていかないと意味ないでしょ~。目に見えたところばかり探したって見つかるわけない。もしかして、美夜ちゃん、かくれんぼしたことない?」


 机の下などに入り口が隠されていることは珍しいことではないのだと啓介は怪しいところを片っ端から釘抜きで引き剥がしていく。窓ガラスを割ってしまっている為、床の絨毯を引き剥がすことに抵抗がない。


「本当に悪人」

「ちょっと悪い感じが惹かれるんだって女の子は」

「絶対に惹かれない」

「残念だな~」


 美夜と啓介はそう言って地下への入り口を探す。


 学園内を隅から隅と探すが地下への扉らしきものは見当たらない。

 日が昇り、あと一二時間ほどしたらしたらアンドロイドが起動してしまう。

 監視されているのなら、その事を気にしなくてもいいのかもしれないが、直接的な被害が来るのは控えるべきだった。


「烏川、延永、先に帰っててくれ」

「先輩はどうするんですか?」

「もう少し探してみる。お前たちのポイントまではく奪されたら生活ができなくなるだろ?」

「ナンパしてるから言うほど多くもないですけどねぇ~」


 衛の言葉に素直に従う二人。校門まで見送り、衛は思考を巡らせた。


「谷嵜、エリュシオンに詳しいか?」

「学園内よりは知ってる」

「学園内に入り口がないと仮定したらどうだろう」


 地下の施設は学園の地下にあるとしても、その入り口が必ずしも学園にあるとは限らない。エリュシオンに通路が巡らされている可能性を衛は考える。

 淳平は「あり得る話だな」と同意する。


 二人は手分けして、入り口を探すためにアンドロイドが行き交うエリュシオンを巡った。

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