第29話 シキセマ

 朝日が昇る。自販機で珈琲を買い。飲み干す。

 眩暈を起こしながら衛は、施設の地下を探す。

 どの建物もアンドロイドが生きているかのように生活している。

 今まで気が付かなかった多くのことが浮き彫りになる。


 アンドロイドの行動理念。システムは、一年前に筅が考案したデータに酷似していた。

 機械も人間のように生活するようにプログラムが組めるのかどうか。もしも共に生活ができるとしたら、今後、体の不自由な人に付き添う。介護用アンドロイドが普及できると考えていた。


「っ……」


 衛は一晩中、地下を探し回っていた所為で膝から崩れるように座り込んでしまう。

 立ち上がり、続けなければならないと言うのに、身体が思うように動かない。


「動け……! 動けよ!!」


 視界が掠れて、徐々に意識が遠退いていく。




 衛が目を覚ましたのは、見慣れない部屋だった。

 ソファの上で寝ていた衛は上半身を起き上がらせる。

 窓の外は、真っ暗で、夜まで爆睡していたことに絶望した。


「おはよう。城野君」

「! ……駅員さん。じゃあ、ここは……」

「エリュシオン駅、事務所だよ。道端で倒れてたんだよ。……学園に連絡を入れても誰も出ないから困ってたんだ」


 駅員は、仕事中だったようで起動したばかりのパソコンが視界に入る。

 駅近くで倒れていた衛を此処まで連れてきた。まだ解雇されていないところを見ると学園内に入っていないからと咎められることはなかったのだろう。


「なんだか、学園の中が騒がしかったよ」

「騒がしかった?」

「事件が遭ったらしい。生徒が一人行方不明になって、校舎の窓ガラスが割れていた」

「その話、どこから?」

「在学生にだよ? たまに話に来てくれるからね」


 駅員は、のんびりと珈琲を飲みながら衛に今朝の出来事を伝えた。

 使われていない視聴覚室が荒らされていた。窓ガラスが数枚割れていた。

 生徒会長に連絡がつかない。と言った不祥事が立て続けに起こっている。

 慣れた日常に飽きた生徒が嬉々と噂を広める。


(一晩ではさすがに修復が間に合わなかったか。アンドロイドが動かなかったからか、あえて生徒に見せるようなことをしたのか)


「心配だね。生徒会長」

「はい。……あの、駅員さんは、知りませんか? 地下への行き方」

「地下?」

「俺、生徒会長を探してるんです。ほかにも……妹が、いなくなって……探してないのは、地下しかないんです。俺は、その地下の行き方を探してました」


 倒れていた理由を簡潔に告げる。

 駅員は「俺に出来ることはある?」と衛に尋ねる。


「いや、貴方にまで迷惑はかけられません」

「迷惑って言うか、俺が心配だから余計なお世話をしたいだけ。それに、君が負い目を感じるなら、俺が困ったときに助けてくれたら良いって言っただろ?」

「……それでも、貴方の職がなくなると未成年の俺じゃあ責任が取れないですから」

「気にしなくていいのに……。えっとじゃあ、地下だっけ?」

「はい」


 根本の質問に戻って来る。

 駅員は「地下、地下ね」と考える素振りをする。


「……あれかな」

「なにか知ってるんですか?」

「思い当たる節はあるぜ? だけど、……その前に君はコレ」


 駅員が差し出してきたのは、菓子パンだった。


「え、あの……これは?」

「運んでるとき、お腹鳴ってたよ。空腹で倒れたんだ。そうじゃなくても一日寝てたんだから、少しはお腹に入れておくべきだぜ」


 そう言って、袋を裂いてパンを差し出した。

 喉が乾いたら、飲んでと牛乳のパックも出してくる。衛の身を案じて買ってきてくれたものばかりだった。


「……俺、急いでいるんですが」

「急がば回れ。俺の親友も、よく焦るタイプで落ち着きがないことがあるんだ。焦っても状況が悪くなるだけだぜ。落ち着いて飯を食う。それに限る」

「……すいません」


 衛はパンを食べる。口の中に甘さが広がり、自炊していただけあり、飲み物以外は買うことはなかった。

 あんぱん、クリームパン、中にはカレーパンと様々な種類のパンがテーブルに並べられていた。


「俺じゃあ、城野君の助けにはなれないだろうけど、こういう小さいところで君の助けになれたらって思うよ」

「……感謝してます。何も言わずに妹を連れてきてくれたことも、……今してもらってることも本当に……」


 空腹が満ちると徐々に気分が楽になり、衛の目から涙が浮かんだ。

 何があったのかは駅員は分からない。只事ではないことだけは理解出来る。学園の騒動に衛は関係している。


「……助けられなかったら……俺……俺っ」


 うっと言葉を殺しながら俯き泣いていた。

 駅員は顔を逸らしてテーブルに置かれた自身の珈琲を口にする。


 無責任なことは言えない。

 助けられるとか、大丈夫なんて月並みな事を告げて衛が満足するわけもない。


 駅員は、駅の運営を終えて、以降の仕事を終わらせる。

 明日に引き継げるものは明日に回すと業務を丁度終わらせると気分が落ち着いた衛が近づいた。


「もう大丈夫です。ありがとうございました。……あの、それで」

「地下の入り口だったね。こっちにおいで」


 駅員は、駅の事務所を出る。衛もそのあとをついていく。

 見慣れた改札。受付カウンター。


「俺、ずっと気になってたんだ。絶対に必要ない扉が唯一ある」

「必要ない扉?」

「うん」


 小さい駅。必要ない扉とは何なのか。衛は周囲を見回す。

 駅に入れば、目の前には改札と事務所と連なった受付カウンター。事務所の横には非常口の扉。

 自販機と休憩用のベンチが置かれている。学生しかいない為、喫煙スペースは確保されていない。

 衛は首を傾げる。何が必要ないのか。


「これ」


 駅員が指さすのは、非常口だった。衛は理解出来なかった。

 非常口が必要ないとは一体どういうことなのか。

 地下駐車場に通じているのではないのだろうか。

 海底トンネルで万一が起こった場合の緊急避難口と思っていると駅員は告げた。


「俺の車がある場所に繋がってない」

「えっ……」


 駅員は言う。

 この場所での勤務が決まった際に、引継ぎであろう人物に言われたこと。


「『この扉は、古いから開かなくなってる。決して触れないように』ってね。非常口が開かないって問題でしょう? だから、俺、開くように錆び取りとか用意して確かめようとしたわけ……」


 駅員は非常口に近づいてドアノブに触れる。簡単に捻り、開いた。

 普通に考えてみれば、エリュシオンが出来て、それほど年月が経っているわけではない為、古くなって開かないなんて言い分は矛盾していた。


「俺も仕事があるから深くまでは行かなかったよ。だけど、定期的に誰かがこの扉を開いている跡は残されてた」

「よく見てますね」

「職場の事は、ちゃんと知っておかないと。万が一のことがあったら対処できないだろ?」


 扉の先は、真っ暗だった。だが確かに非常口と言うには、あまりにも狭く不安を煽る。


「君が探している場所じゃないかもしれないけど、俺が知ってるのはこの場所くらいかな」

「一度も入ったことがないんですか」

「うん、初めの一度だけ……誰が入って、誰が出て行ったのか俺は見たことがない」


 衛は一歩前に足を突き出すと「待って」と引き留められる。


「この先に何があるのか、俺にも分からないのに行くの?」

「……家族と友だちが危ないので」

「それは、大人として警察とか呼んだ方がいい?」

「いえ、きっと来られないと思います」


 組織から派遣されてきた二人の双子は、言っていた。エリュシオンに侵入するのに苦労したと、一般人ならば、気にならない試験。その裏で、身分を徹底的に調べ上げられた形跡があった。

 転入するだけでそれなのか。一か月経過しても音沙汰がない親戚。向こうではいったい何が起こっているのか衛では分からない。けれど、きっと、駅員が警察に連絡を入れて事件を伝えてもすぐにはやって来られない。


「駅員さんには、ひとつお願いがあるんです。俺ばかり貴方を頼ってしまって申し訳ないんですが……。谷嵜淳平にこの場所のことを伝えてください」


 仮に駅の下ではないと、地下の入り口を勘違いしてもその情報を伝えることができる。


「エリュシオン図書館にいるはずですから」


 そう言って衛は非常口の奥に足を踏み入れた。

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