第38話 シキセマ

 淳平、美夜、啓介が離脱した。『死期』はもう誰も逃がさないと数を増やした。

 使徒と対面する聡は、「さてと……」と改めて使徒を見る。


「訊きたいことが幾つかあるんだけど良い?」

「なんや?」

「ミライって女性のこと知ってる?」

「ミライ?」

「三年前に、消息不明になった。魔術師だ」


 周東あきら、周東さとるは、魔術師と言う存在に命を救われていた。

 三年前のある日、二人は死んだ。そして、偶然居合わせていた魔術師にその命を分け与えられた。二人の命は、長くて三十歳。短くて二十五歳ほどしか生きられない。

 それをきっかけに『死期』が見えるようになってしまった。

 残りの人生を余すことなく幸福に満ちた生活をする。二人が、互いに納得する行動をする。


 その中には、二人を救った魔術師にお礼を言うことも含まれていた。

 今では、もう名前しか思い出せない。どんな人で、どう言う経緯で知り合ったのかも覚えていない。知り合いだったのかもわからない。

 ミライと言う女性。そして、この世にいるはずのない魔術師であること、それらの曖昧な情報だけで二人はこの三年、探し続けた。

 目の前にその手掛かりになり得る存在がいるのならと一縷の望みをかけた。


 けれど、使徒は知らないと一言、言った。


「そっか。ならいいや……この話はこれでおしまい。本職に戻りますかね」


 聡は、構える。警棒と銃を握り使徒を見る。


「後輩ちゃんら逃がして、格好つけてくれるやないか。そう言うん、嫌いやないで」

「それは嬉しいね」


(相手は、魔術師。出し抜くことはできない。逃走推奨……けど、そんなのはダサすぎ)


 聡は床を蹴り使徒と距離を詰める。視力がない。だが、周囲を掌握している。

 どこを攻めたって防がれる。防がれて倍返しに合うのならばと聡は、使徒の反射神経にかけた。

 警棒を振り上げた直後、銃口を突き付ける。

 後方に避けられると予想して、銃を撃つために指に力を入れる直後、使徒は正面から消える。


「後ろ、見えとらんよ?」

「どうかな」

「? ……ッ!?」


 パンっと乾いた音が響く。聡は、銃を後ろに向けて発砲していた。

 正面に撃つ直後に背後に腕を動かして撃った。背後に瞬時に転移すると読んだ。

 腹部を掠める。だが、あくまでも『死期』を倒すための銃弾であるため、使徒には一切のダメージにはならない。


「瞬発力あるやないか」

「若いからね」

「若さひけらかすな、小僧」


 シャツが誰かの血で汚れてしまったと裾を引っ張り「あーあー」と口にする。


「結構、頭使うんやな」

「弟に負けるよ。あいつなら、きっと今以上の作戦を考えてくれる」


 ないものねだりなど決してしない。


「だけどさ、あんまダサいこと言うと彼女に振られるから絶対に俺ってやつは諦めないんだよね」

「そら、かっこよく散らな」


 刹那、聡の身体が麻痺した。


「兄ちゃんが後方に飛ぶ俺に気がついていたんなら、俺も同じように仕掛けるって気が付かへんかな?」


 啓介が麻痺して動けなくなったときと同じ。瞬間移動した際に何かが起こったのだ。

 片膝ついて使徒を睨みつける。


「おー、こわっ……ビビッてまう」

「冗談でしょ?」

「……まあ、怖くはないな」


 金色の髪を掻きむしり飽きてきたのか、視線を逸らした。


「拍子抜けや。うちの上司ちゃんは、臆病者やかなら研究所の使者をどうにかしろ言うんやけど、まさかほんまどうしようもない雑魚とか思わへんやん?」

「言ってくれるじゃないの……雑魚は、雑魚なりに切磋琢磨してるもんよ?」


(時間稼ぎ。勝てると思うな)


「研究所の秘密兵器ってやつ……見せてみろや」

「秘密兵器?」


 なんのことだかわからない。


「うちの上司を殺す手段、持っとるんやろ?」

「あー、なるほど。それが知りたいわけだ。だから一人を重傷にして吐き出させようって? 考えたね。人間の五感神経を極限まで刺激して、尋ねたことを告げさせる。ほんと、いい洗脳だ」

「洗脳……ほんま、その言葉は気に入らんけど、まあそうや」

「ねえ、少し疑問なんだけどさ。どーして俺を眠らせて情報を吐かせないのかな?」


 学園の生徒を眠らせるほどの力が偽神にあると言うのに、学園に立ち入った瞬間に眠らせて記憶改ざんをしてしまえばいい。

 それをしないで刺客を送り込んでくるのはどうしてなのか。


「それとも、神様ってやつは、不本意なことが起こったら対応できないとか?」

「あほか、敵対する相手に言うわけないやろ」

「否定してない。つまり、本当だ」

「あんなぁ……そないな理論が通用するんわ、小学生までやで?」


 使徒が近づいてくる。

 攻撃してくる気配はない。警戒は緩めずに見つめる。


「研究所の職員なんやろ? なら、どこにおるかわかるよな? 城野莉って娘」

「っ!?」


(莉ちゃんを探してる? なんで? こいつらが拉致ったんじゃないの)


「知ってる事を教えてくれたら、逃げた子たちを追いかけんよ?」

「信じろって?」

「信じひんもええけど……もし信じてくれるんやったら、俺、金輪際手ぇ出さへんよ?」


(本当、何考えてるんだ)


「……その娘を見つけてどうしようって?」

「やっぱり、死んでないんか」

「っ!?」


 聡は、血の気が引いた。

 相手は、莉が生きているか死んでいるかわからなかった。


 使徒の目的はただ一つ。莉の生死の確認。


「あ~、あかんな。殺し損ねたんは……神様の機嫌が損ねられるなぁ」


 あちゃーと頭に手を当て天を仰いだ。


(いや、まだ平気だ。相手は殺した気になってたから、その確認をするために俺に言っただけ……最終確認だ)


 生きていると予想している聡たちと違い、使徒は死体の回収が出来ていない。

 聡が言う言葉が真実とは限らないのだ。


「良いこと聞いた。今も何処かで生きてるってことだ。先に見つければ、俺たちの勝ちってことだろ? 俺たちは『死期』に憑依された莉ちゃんの肉体に限界が来て朽ち果てたのは見たけど、あれが誰かの仕業って言うなら、どこかで生きてるってことじゃん? 後輩たちに伝えてすぐにでも見つけようか」

「しょうもない嘘をつく必要あらへんよ」

「嘘じゃないかもしれないよぉ?」

「俺に、兄ちゃんの言う魔術を使うてほしいんか?」

「俺の頭の中を覗いてみる? 悪いけど、きっと女の子の連絡先しか出てこないと思うよ」

「かまへんよ? 兄ちゃんの代わりに俺がデートしたるわ」

「うーわっ。それ、止めといた方がいいよ」

「せんわ、ボケ。本気にすんな。あーあー、時間の無駄や。もういい。逃げたお子様を追いかける」


 使徒は聡の相手をするのが面倒になったのか、「選ばせたる」と人差し指を立てた。


「一つ、俺に殺されるか」


 中指を立てる。


「二つ、身体が麻痺してる状態で『死期』こいつらに食われるか」


 薬指を立てる。


「三つ、重傷になって、他の連中を見殺すか」

「四つ、俺があんたを倒してみんなのところに戻る、かな?」

「おっと……それは叶わないとちゃう?」

「叶わない? 叶えるんだよ。だって俺、最強の矛だもん」


 最強の矛盾。

 終わりのない矛盾の中で聡と言う最強の矛は、目の前の男を見る。


(なんや。目つきが変わった?)


 使徒を見る聡の瞳が僅かに揺らいだ。殺意ではない。焦燥でもない。


(……戦意か)


 戦う意思が聡から感じられた。使徒は、その場を後退する。


「ちっ……狸やないか!」


 使徒の前には、麻痺すら感じていないのか、膝をついていた姿など幻だったのかと思わせるほど平然としている聡がいた。

 首を押さえて凝りを解す素振りをして「さて」と使徒を見る。


「初めのうちは、敵の情報を得る為に様子見てたけど……さすがに本格的にしてきそうだから、俺も役目を果たしますかね」

「言うやないか。若造」

「なんでも言っちゃうよ。俺に不可能とかないから」


 床に転がる警棒を拾い上げて、聡は銃の残弾を確認する。

 残り五発。何発入ってての五発なのかは知らないが、十分すぎると聡は思う。


「最強の矛。なら、その矛の実力、見てみようやないか」


 使徒もお遊びは終わりと言いたげに不敵に笑った。

 その掌には、黄色い球体を生み出した。放電している為、それが電気の塊であることは容易に想像できた。

 それに触れてしまえば、身体は電気の波に飲み込まれて消滅するだろう。


 球体が聡に飛ぶ。その脅威すら好機と聡は終始笑っていた。

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