第39話 シキセマ
廊下が崩れた。
使徒が投げた球体が聡を通り抜けて背後の廊下を破壊した。
激しい電力が、亀裂を生みだし崩落する。『死期』が巻き込まれて、消滅する。
球体を生身で受けたらひとたまりもないだろう。若干の焦りだが、すぐに調子を取り戻す。
「こーわっ……容赦ないねえ」
「少しは心配しーや。もし崩落した通路の下に後輩ちゃんらがおったらどないすんねん」
「きっといないでしょう? 仮にいたとしたら、鈍足すぎて死んでも仕方ないと思うけど?」
(まあ、遅くてもさすがに一階まで降りて玄関まで言ってるでしょう。死んでたら……まあ、俺はいろいろと怒られるわけだけど)
「優しいねぇ、俺は全然気にならないけど……ああ、でも万が一美夜ちゃんが生きてたら助けるかな」
「そら、男やな」
使徒は、再び球体を出現させる。何度も出現させることができると言うことは、それほど魔力を消費するような技でもないのだろう。
(相手は視力がない。五感で言えば俺の方が有利だけど、相手が魔術師って考えるなら俺は不利なのかな)
「魔術師って……どう言うことするか知らないんだ。だからちょーっと情報的に俺の方が不利なんだけどさ。手加減とかして倒れてくれたりしない?」
「あかん。そないなことして、誰が成長すんねん」
「成長すると思うよ? 甘やかされて生きていきたいじゃん? 慢心って言う成長がさ」
「それが……あかんって言うとんねん」
球体が聡に飛んでくる。軌道をよく見て回避すると廊下が崩れる。
校舎破壊は余り褒められたことではない。それに、逃げ延びていると確信を得られたとしても淳平たちが何か思い戻ってきてしまう可能性だってあるのだ。
(退路がない……まあ、逃げる気なんてもとからないけどさ)
校舎を壊して、退路を断ち。確実に仕留めようとしている。
魔術師ならば、空中を飛ぶことも可能だろうかと聡は相手を観察する。
一切の隙はない。濁った青い瞳は見えていない。
(好機、来いっ!)
そう思考した刹那、窓ガラスが割れる。崩壊活動で窓が劣化したのだろう。
突風に耐えられずに割れた窓ガラスで体を傷つけないように聡は身を屈めて、床を蹴る。
「正面突破か、嫌いやない」
使徒は、その手に雷を纏わせる。そして、聡に向かって手を伸ばした。
そのまま雷を受けるわけにはいかないと聡は、懐に飛び込み。
使徒は、聡が掴もうとするのを感じ、簡単に聡を掴んだ。
「誰が正面突破しかできないって?」
「……ッ!?」
背後から激しい一撃が見舞う。
聡が持つ警棒が使徒の背を攻撃した。
「なんでや……」
よろめいて距離を取る。
若干の痛みに使徒は顔を顰める。どうして聡は、使徒を出し抜くことができたのか。
「自分の手をよく見なよ」
呆れたように聡が言う。
使徒は、怪訝な顔をして掴んでいたソレに気配を向ける。
「っ!?」
見えていない。だが、意識を研ぎ澄ませれば、その正体など容易に想像がついた。
制服。聡の上着だ。
「あんたの欠点は視力。俺を確実に認識できないことに賭けた。俺は神に愛されてるのかも! チャンスが欲しいって思ったらすぐに来てくれる」
「……」
「さとるに言えば、怒られるような作戦。俺にだけ出来る」
制服をしっかりと着る事のない聡が出来る。小細工。
誰かが着ていた。聡の衣服と言う気配。何かが迫って来ると察して手を伸ばした使徒は、その瞬間勝利を確信した。
その手に宿る雷は、行き場を失い消滅する。同じ手は通用しない。だが、確実に勝機を得た。
「背後取った俺に勝るものなし!」
使徒の背後を取った聡は警棒を振り上げる。
腕で警棒の一撃を受ける使徒。僅かに骨が嫌な音を立てる。
「殺す気か」
「ちょーっと痛いかもしれないけどさ。俺の仲間を殺そうとしたじゃん? 貸し借りなしじゃねえの?」
先ほどとは打って変わって聡の動きは俊敏になっていた。
素早い身のこなしで使徒を翻弄する。警棒が使徒を殴る。
「っ……」
間髪入れずに雷が聡を襲う。チリチリと前髪が焦げて、警棒を持つ手が痺れて来ると壁に叩きつけて、痺れを晴らす。荒療治であっても目の前の相手から互いに目を離さない。
互いに情報を手にする事を諦めた。
(ここからは俺様の独壇場よ!)
速さならば自信がある。
頭脳よりも身体勝負。弟とは違うからこそ、連携が取れる。
「息の根止めたる」
だが、それを上回るように雷が彼を襲う。
痺れる身体を何度も打ち付けながら警棒が風を切る。
攻防戦が繰り広げられる。
一方その頃、淳平たちは、校舎から脱していた。
昇降口を飛び出すと同時に聡がいるであろう階層が激しい音を立てて崩れた。
麻痺が解けて動けるようになった啓介は、「あの場にいなくてよかったぁ」と安堵する。
「淳平先輩、これからどうしたら?」
啓介も美夜も今、何をするべきなのか分かっていない。
今から啓介を救出しに行っても「邪魔なんだけどー」と言われてしまうのは確定だ。
ならば、いまするべきことは、二つ。
「衛と合流を図るか。二人を見つけるかだ」
「おっ! はーい! 俺、莉ちゃん探すぅー!」
「私は、先輩と合流した方がいいと……」
見事なまでに意見が分かれた。当然、淳平は分かっていて提案をしたが、もしかしたら淡い期待した自分が愚かだったとため息を吐いた。
「衛と合流しろ。俺はこいつと行く」
美夜に向けて言う。
寮まではそれほど距離はない。徒歩五分ほどで到着するだろう。
『死期』が多いと予想される校舎を歩き回る啓介が心配だ。
魔術師が相手とは言え、敵に出し抜かれている上、何かと突っ走る傾向にある事を淳平は知っている。
一方で美夜は周囲の状況把握に長けている。使徒を前に突っ込んでいかなかったのは、他の『死期』とは違うと直感で理解できたからであり、もしも『死期』と同等と感じれば、啓介と連携を取っていたと考える。
「無理に連中を殺ろうとするな。逃げられるなら寮まで逃げ延びろ」
「わかりました」
頷いて美夜は寮を目指した。その背を見届けて、『死期』を倒した後に啓介を見る。
「良いんですか~? 女の子、一人にしてもぉ」
「お前、一人になりたいだけだろ」
「そりゃあ、莉ちゃんをいち早く見つけて、王子様のように颯爽と! そうすれば、先輩への好感度も上がり! 願わくば!」
「……はあ」
「冗談ですって……さて、莉ちゃんと生徒会長を探してとっととこのよくわからない人工島から出て、普通に暮らしましょうよ」
そう言って校舎に引き返すつもりだったが、聡と使徒が戦ってる場所は避けて、探すとなれば、限られてくる。『死期』がいると言っても人を隠せる場所なんて限られている。
啓介は両手を仰いで「これから、まじでどーするんですぅ?」と淳平を見て続ける。
「校舎は半壊してますし、カワイ子ちゃんの居場所、全然見当が付きませんよ? つーか、ほんとにいるのかよ」
「じゃあ、どこが見当つく?」
「え? いや、だから……」
「もしお前が人を隠すならどこに隠す」
「俺? いや、人とか隠す気ないけど……んー、金なら手元に残しておく。銀行とか心配すぎっ。キャッシュレスなんてもっての外。だから俺、この学園のポイント形式って嫌いなんだよねぇ~。目に見えないものほど、よく裏切る」
目の届くところに置いておく。誰しも当然の感覚だ。
「こっちだ」
「えっ……そっちって学園の外じゃん!」
門に走っていく。啓介は慌てて追いかける。向かった先は、エリュシオン駅。
啓介は、首を傾げる。
その場所はもう聡たちが所属している研究所の人たちが調査して、隠し部屋がないことが確認されている。
明かりの灯らない駅。駅員がいないのは、既に退勤しているからだろう。元より淳平たちが地下に移動して何時間経過したのか淳平は分からないが、淳平自身は莉を見つける為に衛と隠れていた為、まともに施設内を見ていなかった。
「研究者どもが、何もないって言ってたじゃんか」
「……俺はまだ見ていない」
「なにを」
「全てだ」
立ち入り禁止とテープが張られているが、淳平は問答無用で駅内に入り、地下への入り口に一目散に向かう。
階段を降りて、施設に通じている通路を歩く。
「なんで、こんな手の込んだ造りにしたんすかね~」
「簡単に見つけられないようにだ」
「見つかられないようにね。先輩は、此処に居るって信じてるんですか~?」
「俺は、考え得る可能性に虱潰ししているだけだ」
仄暗い通路。啓介は、頭の後ろで手を組んで歩く。
『死期』は出てきていない。不思議なことに不気味なほどにだ。
「にしても、寒いですね~」
「地下だからな」
「暖房とかないですか~」
「ないだろうな」
「ないんですね~」
以前来たときから思っていたが、肌寒い。淳平は、暑さや寒さに敏感というわけではない。けれど、地下は肌寒さを感じる温度をしてる。海底に作られた地下施設なだけあり寒いのは当然と言える。
「連中が調査したのは、あくまでも学園が稼働していたとき……今は、学園が正常に機能していない」
「……つまり?」
「全ての電力を施設に費やすことができる。灯台下暗しだ」
「ゲームのギミックってことですか~? 何かのフラグを回収して、再びその場所に行くことで扉が開いてるって感じ? なんちゅー面倒なシステムだよ。ぶっ壊れろ」
堅牢な扉を前に二人は一旦呼吸する。扉に手をついて先を目指す。
一方で、衛は、二楷堂先生を自身の部屋へと運んだ。
さすがに大の大人を寮まで運ぶのは骨が折れるとため息をつく。
「それで……貴方、何者なんですか」
勉強机の傍に置かれた椅子に腰かけて衛は俯き握り合わせた拳を見つめる。
ベッドで眠っていると思われていた二楷堂先生は、徐に起き上がり頭を掻いた。
「んぅ……いつから、気が付いていたんですか?」
「学園を出て、すぐです」
背中にいる二楷堂先生が、眠っている時と起きている時で身体の動きが変わった。
衛は、妹を何度も背負ってきた。起きているときと眠っているときの違いは些細ながらもわかっているつもりだ。どれだけ、寝たふりをしたとしても密着している相手に気が付かれてしまうことがほとんどだ。
その事を簡潔に説明すると「なるほど」と二楷堂先生は納得したように頷いた。
「だったらすぐに声をかけてくだされば、僕だって演技をしなくて済んだのに……人が悪いですね」
「すぐに起こさなかったのは、確信がなかったからです」
校舎内で二楷堂先生を起こしても『死期』に襲われてしまえば雲隠れされてしまう。ならば、出入り口が一つの寮に移動して話を訊けばいい。
「どこから話をしたら良いのでしょう。僕がただの数学教師ではないというのは、当然察していると思いますが……」
「……敵、ですか」
「敵と言えば、君はどうするんですか?」
「周東先輩たちに託します」
「それは困ります。彼らと僕では意見の食い違いが起こって話になりません。こちらが譲歩しても、相手はもっと譲歩しろと言って僕の話なんて、小鳥の囀り程度にしか思っていないでしょう。僕自身も彼らの言葉は、一割程度しか聞いていませんから相子ではあるのでしょうけど……」
肩をすくめて手を振る。気が弱いと思っていたが、口が達者だ。
すべてが演技だったかのように二楷堂先生はへらりと笑った。
「だけど、言い換えることはできます。僕は、貴方の味方であると」
「……俺の?」
言っている意味が分からない。
二楷堂先生は、衛が周東兄弟の側についていると気が付いている。その名前を出している以上、敵対組織に関わっている衛の味方とは言えない。
ベッドに腰かけている二楷堂先生は衛を見る。
「妹さんは、僕が保護しています」
「っ!?」
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