第49話 シキセマ
銃声は、聞き慣れてしまった。衛の手の中にある塊が簡単に人を殺すことが出来てしまう。
その事を忘れていた。『死期』という怪物に向かって撃つ。誰かに抱かれた感情を殺すことしか衛は考えていなかった。
まさか人に向かって撃つなんて誰が想像出来ただろうか。
それが好きになってしまった人に向ける事になるなんて……。
(本当によくある話だな)
こんな現実から乖離した現象を受け入れつつあった衛でも、幼馴染が諸悪の根源なんて言うコテコテのシナリオなんて思わない。大人が悪いやつで、子供が切磋琢磨するとばかり思っていたのだ。それなのに、すぐにそれは違うのだと突き付けられた。
筅に実弾が命中した。震えていたが、至近距離で外すなんてことなかった。
期待も、希望も、すべてが打ち砕かれた。胸からジワリと血を滲ませた筅。
その血に誘き寄せられて『死期』が集まって来る。
筅の愛憎を求めて『死期』が集まり、筅を喰らい殺そうとしていた。
「筅に、触るな!!」
動かなかった足がやっと動いた。言われるがまま筅を撃ったと言うのに、今更筅を傷つけたくないと、傷つけさせないと矛盾した行動をする。
「『死期』を殲滅しろ!」
可憐の命令で部隊が動く。
衛は筅を抱き寄せる。
「……衛くん」
「筅っ」
「……ははっ! いま、衛の気持ちわかるよ……わたしのこと、考えてくれてる」
「当たり前だろ!」
「やっと……ちゃんと、見てくれたね」
筅は自分の血で濡れた手で衛の頬に触れた。
その瞳、空色の瞳が好きだった。
「ほんとうに……綺麗な、目してるよね、衛君は……兄妹揃って、ずるいなぁ」
ぽたりと筅の頬に涙が落ちる。
空色の瞳から透明な涙が落ちる。
「狐の嫁入り……だね。綺麗だよ、衛君」
死ぬ恐怖は、不思議となかった。ただ衛の腕の中で息絶える事が出来るのなら、それで筅は幸せだった。神になんてなりたくはなかった。逃げて、見つけた、自分の居場所。
痛みが筅を支配しているのに、筅は衛を見つめて、ただ笑顔を浮かべていた。
「城野さん、二楷堂卯月を連れていきます」
部隊の一人がそう言って、人が一人、入れるほどの箱を持ってきた。
まるで棺桶のようだった。白い棺桶。
衛は言われるがままにエリュシオンを脱出した。
城野衛、二楷堂透。
エリュシオン離脱完了。
人工島エリュシオンの外は、報道陣でいっぱいだ。
突如として閉校が決まった天理学園。その全貌は明らかにされていない。
不祥事が起こったというだけのニュース。死傷者の報道はされなかった。
その裏では、非人道的実験を行っていたとして、天理学園の教員、二楷堂透が逮捕された。
二楷堂透の供述で、天理学園を巨大な研究施設として悪用していたエリュシオン研究機関の捜査も並行して行われた。
事件は、駅員が友人に伝えたところから始まる。その友人が、知り合いの研究所に調べをさせて、浜波研究所に派遣されていた周東兄弟に調査依頼。
転入生として天理学園に侵入を成功。調査を終えて報告により、事件が露見した。
昏睡状態となっている生徒たちは総合病院に搬送された。保護者が我が子の安否を心配して押し寄せてきた。
天理学園の理事長は、この事件はエリュシオン研究所が独断専行したと発言したが、三年前に入学した生徒たちは、本来卒業して就職しているとされているが、エリュシオンから避難した生徒たち以外に避難してきた者たちは居らず現在行方不明となっている。天理学園の地下には白骨死体があり、入学していた生徒の親族には一様に金銭が配られていた事実が発覚したことで人身売買を行った容疑で理事長らが関与しているとして逮捕された。
在学生で死亡した生徒は、一人。
浜波研究所から派遣された構成員から死傷者が続出。正体不明の心臓麻痺や集団幻覚にとる共倒れ。
意識を取り戻した生徒は、軽い記憶障害を残し、身体に異常はない。親元に帰され福祉施設で高校課程を終えたのち、各々の道へと進路を定めた。
「まあ死人が出ちゃって正直なところ、てんやわんやなわけだけど……重要なのは、情報が必要以上に漏れていなかった事だ」
紫のメッシュが入った黒髪に、下半身を義足で補っている男。浜波研究所の所長、
デスクの上には、『人工島エリュシオンの崩壊』という見出しの新聞が広げられている。デジタル社会の今、一日遅れで流れ込む新聞紙なんて誰が読むんだと思いながら、研究所ではその一日遅れの情報媒体を受け入れていた。
丹下が座る椅子、テーブルを挟んで向かいには、副所長の可憐が報告の為に立っていた。
「俺が出張中の間に、随分と楽しそうなことをしていたみたいだね」
「不徳の致すところです」
「不徳? いやいや、寧ろこのくらいの被害で抑えられた。俺も君たちのドンパチに参加したかったくらいだ。俺に『死期』が見えない所為で、今回の作戦に参加できなかったことが悔やまれるよ」
「……シキセマどもをどうするお考えですか?」
「そうだね。素直に帰してあげることが出来ないのが今の現状だ。だけど、可能であれば彼らの希望を叶えてあげたいね。特に今回の功労者にはね」
丹下は、『城野衛』『谷嵜淳平』『延永啓介』『烏川美夜』『城野莉』の個人情報が記された書類を手に取る。
彼らはれっきとした民間人だが、ただの民間人と言い切る事は出来ない。
『死期』が見えてしまう存在。エリュシオンが事実上消滅したとしても『死期』と言うのは本来この世界に存在しているもの。人間の隣人である。
それらが見えてしまっている状態では、普通の生活は望めない。
「城野莉に関しては、研究所の勢力を以て治療にあたっています」
「『死期』を取り込み過ぎた挙句、本来なら死んでいても可笑しくはない。偽神と接続していた可能性を踏まえても、第二の偽神にならないように俺たちがちゃんと見守ってあげないとね」
丹下はそう言って立ち上がり、新聞をくしゃくしゃに丸めて、ごみ箱に放り込んだ。
「良いよ。全部俺に責任を押し付けちゃって……あとは、周東君たちには、お礼を言って後日、彼らが所属している組織に資金を贈ろう。きっと喜んでくれる。彼らも功労者であることに変わりない。今回は、ギリギリ神製造を阻止できた。本当に三年前からバカをする奴らが多くて、悲しいくらい嬉しいよ」
「二楷堂卯月の遺体は?」
「送っちゃっていいよ。生きてない個体は俺たちの研究所には必要ないよ」
「わかりました」
可憐は所長室を出ていく。丹下は、書類を手に取る。
「正体不明の魔術師。まだまだ調べることが多そうだね。仕事が多いのは良いことだ。うん」
シキセマと呼ばれた彼らは、病院ではなく浜波研究所に搬送された。
『死期』が見えている状態で、病院にいるのは何かと居心地も悪いだろうと丹下の配慮だ。
けれど、啓介と美夜は逆に居心地が悪いようで落ち着かないと報告を受けている。もとから子供向けの研究所ではない為、確かに少し前まで普通の学生だった者たちには、息が詰まるところかもしれない。我慢を強いている分、自由にしている為、許してほしいと内心思う。
一番の被害者である莉は、意識を取り戻して元気にしている。
衛が毎日、莉の見舞いに来る。丹下も下に弟が二人いる為、心配する気持ちは痛いほど理解出来る。
愛する兄弟が病気で、余命宣告を受けてしまうなんて生きた心地がしない。
もしも当事者ならば、たとえ幼馴染と言えど家族に手を出すようなら殺していた。
淳平に関しては、研究所の中を可能な限り歩き回っていた。一度来たことがあるだけに、彼は落ち着いた様子だ。好奇心旺盛なのは結構だが、いつ機密情報が保管されている部屋を見つけてしまうか気が気じゃない。
「……死んだと思っていた子が生きていて、生きていると思った子が死んでいる。よくある話だね~」
丹下は一人考えて、その日の仕事をほどほどに退屈しのぎを探しに所長室を出ていってしまう。
人類の隣人、『死期』という怪物たち。目に見えない存在をどう対処しろというのか。特に都心などは感情が入り交ざる遊園地状態だ。『死期』が蔓延っているに違いない。
『死期』を一切取り込まなければ、疑似的不死となる事が出来るだろう。
シキセマたちにその気があるのならば、仮初の不死を提供してやる事も造作もない。
本当に大切なものが、命ではないと言うことを理解していれば、不死など誰も望まない。
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