第35話 シキセマ

 莉が生きているかもしれない。さとるの言葉に衛は戸惑いを隠せなかった。


「ど、どういうことですか」

「あくまでも仮説のことなので、断言はできません」

「だから、俺は言わなかった」


 淳平が腕を組んで言う。


「生きているとして、今どこに?」

「それは、わかりません。そもそも僕が生きていると仮定しているので、本当に亡くなっている可能性が高いです」

「……俺が撃ったのはなんだったんですか?」

「『死期』です」


 さとるは、自分の仮説を口にする。

 衛が莉を射殺した後、武装隊は衛と淳平を施設に連行した。

 その後、『死期』に憑依された莉の遺体を回収しようと近づいたとき、莉の姿は忽然と消失していた。

 人間にそんな芸当は出来ない。ならば、考えられるのは、衛に化けた『死期』がいたように、莉に化けた『死期』がいたのではないか。そして、莉の代わりに『死期』を憑依させて、消滅した。


「ちょっと待ってください。それじゃあ、『死期』は莉を助ける為に仲間に殺されたって言うんですか? 『死期』にそこまでの知性があるなんて……それに、憑依した『死期』だって気が付くはず」

「個体差があるのかもしれないです。個体差があり、知性を持った『死期』が現れた。それはつまり偽神の成長を意味しています」


 莉が生きていると仮定して、『死期』が莉を救った。

 居場所は分からないが、善意で莉を救出した『死期』がいるとするならば、その逆もあり得る。


 悪意で人の安全を脅かす『死期』も現れるかもしれない。


「周東先輩。俺たちは何をしたらいいですか?」

「聡が、小鳥遊さんと卯月を探してくれています。お二人には、莉さんをお願いします。彼女が生きているとしたら、偽神に近づける」

「莉は……何があるんだ?」

「莉さんは、唯一生きている人間で『死期』を見る事無く干渉する事が出来る人です」

「……どう言うことだ」


 莉は、『死期』を見ることはできない。だが、長い間『死期』を取り込むことで『死期』と同調する事が出来るのではないかとさとるは考察する。

 その結論に至ったのも、莉に化けていた『死期』が地下施設にあった物体の意思を読み取ることができたことにある。

 どれだけ、人間の擬態していたとしても、人間が『死期』の意思を理解する事は出来ないと知っているはずだが、あえてその言動をしたのは、莉にはそれができると告げている。


「莉がどこかにいる。それって学園の中なんですか?」

「多分。人工島を出るには、僕たちが乗ってきた船か、駅に行くしかないんです。駅の利用者は、ほぼない。一人でも改札を通れば、駅員が気が付くはずですからね」


 莉が生きているのならば、偽神がなぜ『死期』を使い人々を襲っているのか知ることができる。そして、偽神の弱点を見つけることも出来る。


「お二人には、莉さんを見つけて……。偽神を殺してほしいんです」


 責任は、全てさとるが取る。さとるが取り出してきたのは、二丁の銃。


「……この銃は、『死期』を殺すことができる弾が入っています。谷嵜さんの『死期』を城野さんが殺すことも出来ます」

「俺はこれで……妹を撃っているんです。……持てない」


 誰かに誤射してしまうことを恐れている衛に「大丈夫ですよ」とさとるは安心させるように笑みを浮かべる。


「一応、弾自体は、プラスチック。確かに痛いですし、何発も当ててしまえば気絶するかもしれませんが、連射性能はないので安心してください」

「……プラスチックで『死期』を倒せるんですか?」


 ほぼおもちゃ同然の銃を渡されて、『死期』を倒せるなど言われて信頼できないと困っていると「重要なのは、中身です」とさとるは告げた。


「プラスチックカプセルの中には、感情が入っています」

「感情?」

「はい。他者の感情。誰かの想い。血液です。『死期』は想いの化身。ならば、こちらも想い、感情で対抗する。ブラッドブレットで対抗です」

「ゲームに出てきそうな名前だな」


 淳平は銃を見つめて言う。


「考えたのが、浜波研究所の所長なので……なんとも言えないです」

「学園での問題行為は?」

「もう学園として機能していないと思います。地下の一件で、学生たちはみんな寮で深い眠りについています。きっと学科発表の夢を見ている。今が絶好のチャンスです」


 今までもそうだったのだとさとるは言う。

 学園の中で寮生活をする生徒たちは、イベントごとは何もしたことがない。していたという記憶を植え付けられている。


「どんどん現実味が無くなって来る」

「奴らが見えた時から現実味がなかっただろ」

「いや……そうだけど」


 こんがらがってしまう思考回路を何とか整理して衛は、莉と筅を見つけるという目的を見つけた。


「衛、いけるな?」

「ああ、次は間違ったりしない」


 学園と言う封鎖された空間。莉がいる。

 衛は、銃を握る。もう惑わされないように、『死期』に憑依されても振り払えるように……。



 船でエリュシオンに向かう。

 そこは『死期』の巣窟と化していた。道路、通路、路上、人が歩く道がないと言うほどに黒と黄色で満ちていた。


「出来れば弾数は気にしてほしいですが、そうも言っていられませんね。聡がどこかにいるので、よろしく伝えてください」

「わかりました。……あの、めぼしは?」

「学園のどこか。すいません。僕たちも本来ならもっと情報を集めていたら渡すことができるんですが……」


 協力してくれるだけで衛たちからしたらありがたい。何よりも、他人の『死期』を殺す手段があるだけで衛にとっては喜ばしいことだった。


「学園内って事がわかれば大丈夫ですよ。な、淳平」

「ああ。誰もいないなら校舎破壊も許される」

「それは……許されないんじゃないか?」


 苦笑いをする衛を余所に珍しくもやる気を見せる淳平。


「命大事にですよ。よろしくお願いします。僕は、研究所の人たちに事情を説明して、応援を申請します。もし探しているお二人を一人でも見つけることができたら、無理せず戻ってきてください」

「はい」


 さとるはそう言って船を出港させる。

 船を見届ける間もなく『死期』が衛たちを襲撃する。


「自分の『死期』は自分でやれば、弾の温存が出来る」

「ああ」


 衛は深呼吸をする。


「行くぞ、衛」


 淳平の合図と共に天理学園を目指した。




 一方その頃、啓介と美夜は聡と共に学園にいた。

 無数に増える『死期』に手を焼かされていた。


「せんぱーい。もっと火炎放射器的なのないんですかぁ?」


 啓介は、聡から渡された銃で襲われそうになっていた美夜の『死期』を撃退する。


「火事になるけど、それでいいなら?」

「ダメに決まってます! 校舎を焼き尽くするつもりですか!」


 美夜しか止める者がいなかった。

 二人揃って似た者同士であり、探しているのが女子でなければ、やる気もないだろう。


 聡のスマホが音を響かせる。『死期』の相手をしていると言うのに、余裕な表情でスマホを取り耳にあてる。


「はいよー。聡様だぞ~」

『聡、いま城野さんと谷嵜さんがエリュシオンに到着したよ。そっちの進捗は?』

「あ~……モテ期?」


『死期』に囲まれている為、感情が多く向けられている。つまりモテ期だと揶揄する。

 生徒はみんな、寮で眠っていることは啓介と美夜が確認している。偽神があえて見えている者たちを眠らせなかったことがわかる。

 本来ならば、エリュシオンにいる者たちは一様に眠っているはずだが、三人は起きて『死期』と対峙している。

 邪魔者である見える者たちを『死期』で片づけてしまおうという魂胆なのかもしれない。


『お二人と合流するまで頑張って持ちこたえて』

「はいはい。まあ、あの二人と合流したって……行方不明者が見つかるって確証はないけどな」


 ばこんっと警棒が『死期』を殴る。

 通話を終わらせて、聡は、背後で『死期』と戦っている二人に向けて言う。


「今から、学園に衛と啓介が来るから、よろしく~」

「よろしくってどうしたらいいんですか!?」


 突然の告げられた事に美夜は戸惑う。

 合流できるかもわからない。迫りくる『死期』を相手にしながら、意図して二人と合流なんてできるわけがない。


「とりあえず、道を開きますよぉ」


 二丁の銃を器用に使い啓介は三人の『死期』を撃退していく。


「野郎に会うのは、嫌ですけどぉ。先輩には会いたいですからねぇ、僕」

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