第36話 シキセマ

 銃声と何かを殴る音が響く。液状化した『死期』が床を汚して消滅する。

 衛と淳平は、学園の正門に到着すると蠢く『死期』どもが、もみくちゃになりながらも標的を探している。


「ここからは、他の連中もいる。気を抜くな」

「わかった」


 聡を探して、二人は廊下を駆けると不意に明かりが見えた。教員室から漏れる光。

 淳平は、警戒しながら教員室に近づく。『死期』は多くはないが、『死期』の所為で視界が悪い。さとるから譲られた警棒で『死期』を倒して、教員室に入る。

 教員の役割を担うアンドロイドがスリープモードになっている他にも、生身の人間がひとり机に突っ伏して眠っていた。


 その人に近づくと淳平は、首を傾げた。


「……誰だ?」

「ああ、二楷堂先生だ」

「二楷堂?」

「数学の教師で俺の担任」


 さとるの窓ガラスを壊して大人をエリュシオンに呼び寄せる計画を白紙にした張本人だ。

 他クラスであり、日常的に学校に登校していない淳平が知るわけもない。


「示し合わせたかのような登場だな」

「先輩たちが調べてるって聞いたけど……この人も寝てるみたいだ」


 背を上下させて眠っている。


「『死期』に襲われるかもしれない。外に出して、先輩たちに保護してもらうとか?」

「保護で済めばいいが……万が一、この男が、連中と敵対組織だったら俺たちは、連中に加担したことになり、逆恨みに合うな」


 一般人であるなら、このまま放置するのは『死期』に襲撃されてしまう恐れがあるが、淳平の言う通り、さとるたちの意に反した組織ならば、偽神を匿っている可能性がある。


「逆恨み。もしも莉が連れていかれているんだとしたら、恨みたいのは俺の方だ。……淳平、俺は先生を連れて行くから、聡先輩を探してくれ」

「大丈夫か?」

「このまま放置しても『死期』に襲われる可能性の方が高いだろ? 寮にある俺の部屋なら入ることができるから、そこに連れて行く。終わったらすぐに戻って来る。淳平は、このまま先輩たちを探してくれ」


 目を覚ますことのない二楷堂先生を背負って衛は、教員室を出る為に歩く。


「一人で、平気か?」

「何とかなる。危なくなったら、窓ガラスでも割って先生を置いて逃げる」


 淳平は安心したように「先に行く」と教員室を後にして奥に進んでいった。

 その背を見届けて、衛は二楷堂先生を自身の寮へと運ぶ為に反対方向に進む。


(先生。……軽いな)


 莉に比べたら成人男性の重さは確かにあるが、平均的に言えば、軽い。

 成人男性を背負う覚悟をしていた為、少しばかり拍子抜けしてしまった。


 廊下を歩いて、昇降口を目指す。


 二楷堂先生を落とさないように、その場で跳ねて押し上げる。

 その拍子に、カランっと何かが落ちた。

 それは、いまでは使われることが減ったロケットペンダントだった。


「え……」


 二楷堂先生を支えながらロケットペンダントを拾い上げる。


「大切な、もの……だよな」


 衛は、ロケットペンダントをポケットに押し込んで、寮を目指した。




 一方その頃、淳平は、聡を探して校舎を歩いていた。

 ほとんど校舎など歩くことがない淳平は、『死期』を叩き潰す。

 軽く迷子になっていると「あー、いたいた」と軽い声が聞こえる。

 淳平が顔を上げると聡、啓介、美夜が『死期』の相手をしていた。

 聡は危機間を感じていないのか、『死期』を撃退した拍子に淳平を見つけて「やほー」と片手をあげていた。


「先輩!」

「無事だったんですねぇ~。……ほんとしぶといんだから」


 美夜が安堵の表情をすると横に立っていた啓介は相変わらずの口を利く。


「あの娘は見つかったのか?」

「見つかってたら此処にはいないでしょー」


 淳平が尋ねると聡が答えた。

 莉はまだ見つかっていない。そして、筅も見つかっていない。


「あんたに、さとる先輩から」


 淳平は銃の弾を差し出した。


「おっ! 弾補充だ! さすが、さとる。わかってるぅ」

「先輩だけ補給品とかずるくないっすか?」

「贅沢言わない。淳平先輩、あの……衛先輩は?」

「……誰かを、寮に連れて行った」

「誰かって?」

「…………忘れた」


 淳平は、そっぽ向いて頭を掻いた。余りにも興味がないことだったのか、聞き流してしまっていたのか。うっかりその人物の事を忘れた。


「もう少しヒントないんですかぁ? 特徴とか」

「……あ、教師。衛の担任とか言っていたな」

「担任……? ああ、二楷堂透」

「二楷堂? だれ?」

「衛先輩のクラスの担任。唯一の人間教師だよ。さとる先輩が言ってたじゃん」

「そうだっけ?」


 全く人の話を聞いていなかった事が分かる啓介を余所に聡は「んー」と考える素振りをする。


「その人ってどこにいた?」

「教員室」

「……え、教員室って誰もいませんでしたよ?」

「……」


 聡たちが教員室前を通った際は、明かりもついていなかった。


「なんだ。よくある話、こんなコテコテなことある?」


 啓介が笑いをこらえるように言う。


「まあ、容疑者は少ない方だし、あの先生だって怪しいのはわかってたわけじゃん?」

「判断材料が少ないんだよね。さとるに、連絡をして、情報を整理でもしようかな」

「そんなことをしてたら、衛先輩が危ないんじゃ」


 スマホを取り、さとるに連絡を入れようとしている美夜が不安そうな表情をして言う。


(二楷堂透。確かに、普通の人間にしては、この学園にいるってことが不穏分子なわけだけど……そんなの俺がわかるわけないじゃん。だけど、ここは先輩らしくするしかないのかな)


 頭脳であるさとるがいない今、聡の自己判断が試される。

 現場任務が多いにしても、事前にさとるからの指示がある。

 聡自身は頭で考えるなんてことは決してしない。


「淳平、衛はどこに行くって?」

「寮だ。自分の部屋に教師を連れて行くと言っていた」


(生徒が多い上に偽物の神様が管理している。『死期』で無理やり襲うこともないって考えたのかな?)


「合流地点は?」

「決めてない」


 校舎にいるのなら、いずれ追いつくと考えていた。


「……さて、どうしようかな」


(神様は、執拗に衛を狙ってる。感情的になりやすいからだろうけど……一人にするのは得策じゃないんじゃないか?)


 聡は、衛がどうして吹っ切れて動くことができているか、知らないわけではない。

 感情を餌とする『死期』を前にして正常な判断ができるのだろうかと一抹の不安を覚えている。

 それに学園への侵入が容易にできるわけではない。どこに行っても『死期』が蠢いている。何かが隠されているのは、一目瞭然だった。


 調査を続けたい聡とは違い、啓介や美夜は衛の安否を確認したいだろう。一方で莉を見つけ出したい淳平。


「困ってるみたいやないか」

「……っ!?」


 不意に聞こえた男の声。声のする方を見ると見慣れない男が立っていた。

 金髪に、サングラスをして、奇抜なシャツが印象的なその人。

 高校生ではないだろう。大人がそこにはいた。

 仄暗い廊下の中で、異質に存在感を放っていた。


「あんた、誰?」


 啓介が怪訝な顔をして尋ねると男は笑いながら「誰だってええやろ?」と答えた。

 サングラス越しでもわかる。鋭い目。


「ま、呼び名がないっちゅうのもの不便やから……そうやなぁ」


 男は考える素振りをして「ああ、そうや」と改めてこちらを見る。


「使徒。そう呼んでや」

「使徒?」


 美夜が不安そうな表情をする。


「おん。お兄ちゃんらが捜しとる神様の使徒」

「……つまり敵ってことですかぁ。なら、やっちゃっても文句ないですよねぇ」


 啓介が動き出す。警棒を握り、床を蹴り、男の懐に入り込もうと駆ける。

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