第22話 シキセマ

 不完全な神。それが完成すると戦争が起こる。


「ちょっと待ってください。俺たちは、『死期』を消し去りたいだけですよ? そんな大事になるなんて思うわけ……」


 衛は混乱していた。莉を救うために『死期』に抗ってきたが、その『死期』を生み出している存在が人に作られた神と言われ、それが完成すると戦争が起こる。飛躍しすぎていると頭痛を起こしそうになっていた。


「世界を救うことは、必然的に妹さんを救うことに直結します」

「その神が、この島の地下にいるってことですよね? 先輩たちは、未完成の神をどうしようって」

「殺します。そうすることで、『死期』は完全に沈黙する。そう僕たちの仲間は言っています。僕も同じ意見です」

「お前たちを動かしている連中は、俺たちにその事を言っても平気なのか?」

「正直、平気ではないですよ。ただ僕たちを信じてほしいんです。地下にいるであろう不完全体を処分したら、『死期』は消える。その地下への入り口を見つける為には卯月と言う学生を見つける必要があります」

「卯月を探すのを俺たちにしろってことですか?」

「はい。ほかのことは僕たちがすべて担当します。……遠回りしてしまいましたが、僕たちが貴方がたにしてほしいのはただ一つ。卯月を見つけて、捕らえてください」

「捕まえてどうする?」

「それは、答えられません。少なくとも卯月は危険な人物であると報告が上がっていますから……だからこそ、心苦しい。民間人である貴方がたを巻き込むような形になってしまっている」


 卯月は、美夜に不老不死になることができると告げた。それは、『死期』を殺し続けることで……美夜を死に近づける。『死期』の贄にするための発言。

 生に執着している美夜ならば、どれだけ恐ろしくとも『死期』を殺すために全力を尽くす。


「……わかった」

「承諾してくれます?」

「俺はそれでいいです。谷嵜、それでいいか?」

「お前が決めたことだろ。俺はあの娘の面倒を見るだけだ」

「ありがとう。決まりだ。……あとで俺から、延永と烏川に伝えておきます」

「よろしくぅ~! 良い報告が出来てラッキー」

「聡、あとでちゃんと延永さんに謝ってよね。協力関係が少しでも破綻したら、僕たち、なにも出来なくなるんだから」

「はいはいはい」


 人工島の地下。この学園に成人した人がいないのは、等しく『死期』に殺されているから。優秀な子供を招待して、成長を見届けて、殺す。親には多額の金を渡して黙らせる。


(卯月を直接見たことがあるのは、谷嵜と烏川だけか)


「そう言えば、窓ガラスの件は? 冗談ですよね?」

「冗談? んなわけないでしょう。俺がやりたいくらいなのに」


 聡が嘘偽りない顔をして言うため、衛は疑わしい表情をして確認する。


「え……それもやるんですか」

「出来ればお願いしたいです。この島にどれだけの大人が潜んでいるかはわからないので、異常を検知した際に何が起こるのか知りたい」

「つまり、俺たちは囮」

「ちゃんと護ります! 僕たちの協力をしてくれる貴重な方々を死なせるわけがない!」



 その後、四人は話をまとめて解散となった。

 聡とさとるは、寮に戻る為に図書館を出ていく。


「谷嵜、二人の話……どう思う?」

「真実だろうな」


 ちょうど読み終えた本を片付ける為に席を立つ淳平を衛は追いかける。


「信じるのか? 神だとか……」

「遺伝子操作で何かが生まれるのは珍しいことじゃない。光るウサギが生まれるように、人間から別の何かが生まれても不思議じゃない」

「俺たちの記憶が改変されている件については?」

「お前以外の連中は何年も前の話だ。記憶を作り替えられていると言われても違和感を覚えることはないだろう。だが、お前は最近、あの娘の死を認識した。その頃のことを思い出せ。そして、お前自身に違和感を探せ」


 素人に何を言うのか、衛は苦笑したあと莉の余命宣告されたことを思い出す。

 あともって一か月。三十日。そう言われて絶望した。


「……今日で、何日目だ?」


 違和感と言うのはすぐに見つけることができた。莉をエリュシオンに連れてきて何日が経過した。


 本棚に本を戻そうとした淳平は伸ばしていた手を止める。

 体感的に言えば、半月ほど経過している。あと半分で莉が死んでしまうかもしれない。『死期』を回避していると時間の流れが曖昧になって来る。


「学科発表。……それって何月だ?」

「……まだ、ひと月経過してないよな?」

「……なるほど」

「なるほどって?」


 淳平は何かわかったようで本を戻した後、衛を見る。


「『死期』が見える人だけじゃない。あの娘とお前に関わる全ての人の記憶が改変されている。最悪、俺の原因でさえ変えられている」

「どう言うことだ?」


 いまいち理解出来てないと衛は首を傾げる。


「去る者は日日に疎し」

「は?」

「時間が経つに連れて、思い出なんて消える。もうどんな猫だったかも覚えていない」


『死期』が見えるようになった原因は理解出来ているが、野良猫がどんな猫だったのか覚えていない。

 確かに大切にしていた。唯一の友だちであり、かけがえない存在で、子供にいじめられて死んでしまった後悔や恨みをいまだに感じている。だと言うのに、淳平のき記憶にはその猫が、白猫だったのか、黒猫だったのか、三毛猫だったのかもわからない。


「結局のところ、なにかを犠牲にしたものだけが『死期』を見る権利を得るんだろうな。その強い気持ちだけが重要で、なにかの部分には触れない。『死期』は選り好みするようだ」

「どうしたらいい?」

「あいつらの言う通りにするしかない。あの娘を危険に晒すことがないように、足場を固める必要がある。それに……『死期』がいなくなることであの娘が少しでも楽にすることができるなら、そっちに行くしかない」

「そうだな。……そうだ」


 強く頷いた。莉を救うためならどんなことでもする。


「いつも悪いな。谷嵜」

「いや。俺も『死期』について興味が湧いた。神とやらに興味がある」

「そうなのか?」

「ああ、神なんて幻想生物に興味がある。もしいるなら、責め立てることができる」

「……もしかして、怒ってるのか?」

「そうだ。身勝手な神に殴り込みでもするか? ……なんてな」

「じょ、冗談が言えるだな」

「俺は冗談も言う。真に受ける奴らが多いだけだ」


 意外だと衛は何とも言えない反応をしてしまう。

 淳平からしたら笑い飛ばしてほしいと本音を言う。


「本当に谷嵜に会えてよかった」

「俺もだ。意味わからない怪物に襲われ続けるにも飽きてきてたからな」


 新しい本を見つけたのか、手に取り衛に差し出した。


「俺のお勧めだ」


 表紙には『零と一の境に』と書かれている。

 色のない文字だけの表紙。物語系なのか、参考書の類なのか一見しただけではわからない。


「何の本なんだ?」

「何一つ持たない者が、何かを得る話だ。ストーリーのある創作物だ」

「好きなのか?」

「ああ、気に入ってる。あの娘には、あまり良い評価は得られなかったがな」

「莉にも見せたのか」

「見事に、読めない漢字が多いと突き返された。中盤まで読んで諦めた。だから、残りの部分を兄貴であるお前が読んで、あの娘に伝えてやれ」

「! ……そうするよ」

「ついでにお前の感想は、俺に言え」

「え……感想を言うのは……得意じゃないんだ」

「わかってる。だが、勧めた手前、感想も聞かずに放置はできない。面白くなければ、お前が好きそうな話を持ってくる」

「どうしてそこまで……本を読む時間なんて」

「全部終われば、お前たちは自由になる。『死期』の脅威も無くなり、自身の目的を見失う。強く感じて、感じすぎて燃え尽きることになれば、廃人になる。目的がないままに生きるのは退屈だ」


 燃え尽き症候群になる事を危惧してくれている淳平に「じゃあ」と衛が提案する。


「文芸部を立ち上げないか? 俺か谷嵜のどちらかが部長で、部長じゃな方は副部長だ。それで、乗り気にならないだろうけど、延永と烏川も入れよう。図書館に入り浸ってるんだ。時間はいくらでもあるはずだろ?」

「文芸部か、確かに学園には文芸部はなかったな。紙媒体よりも電子媒体を好む奴らが多い。気に入った。なら、俺は副部長をやらせてもらう。ほかの連中の説得はお前がやれ」

「ああ、了解した。全部解決したら、文芸部としてまた集まろう」


 天理学園の地下に何かがいる。そんな陰謀めいたことを言われて信じられるわけがないと普通ならば思うだろう。『死期』に遭遇しなければ、絶対に信じずに学科発表の準備をしていた。


「そうだ。谷嵜は学科発表の準備はできてるのか?」

「聞訊くな」

「はははっ! 悪い。手伝うよ」

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