第31話 シキセマ

 黒のショートヘアの女性。鋭い瞳が施設を見回す。

 伏せている子供が三人。得体のしれない黒い影が複数体。

 連れてきていた武装隊の手には銃器が握られている。

 黒い影——『死期』を殲滅する為に合図を送る。銃声が響く。


「止め!!」


 言えばピタリと銃声が止む。

 知性のある『死期』だけが、命を必死に繋ぎ止めている。


「作戦を続行」


 武装隊が衛たちに近づいた。

 女性も少し遅れて衛たちに近づく。

 起き上がった淳平が女性を睨みつける。


「お前らは、何者だ」

「この場において我々の素性を語る事は出来ない。ただちに同行願う」

「……味方、なのか?」


 衛が莉を庇いながら尋ねるが女性は何も答えなかった。


(莉に危険がないなら……)


 衛は淳平に視線を向ける。淳平はその視線に気が付き小さく頷いた。

 莉を第一に考える。筅の事も、もちろん心配だが今は欲を言える立場にない。

 もしも敵ならば、消滅していった『死期』と同じように穴を開けられて惨く死ぬ。


(この人たちは、俺たちがいると知っていながら銃を使った。気を許すな)


 衛は莉の手を離さないように歩くことが不慣れな莉と共に、外に出るために武装隊についていこうと足を前に出した時だった。


「逃ガスカ!!」


『死期』が原型を失いながら海に飛び込むように床に潜り込み。衛と莉に一目散に向かってくる。


「ちっ……」


 女性は舌打ちをして、懐から拳銃を取り出し間髪入れずに『死期』が潜む床を撃っていく。武装隊が持つ銃では被弾する可能性があると考えた末だ。

『死期』に銃が通用しないのか、ただの床を撃っているだけなのか。怯むことなく突き進んでいく。


「くそっ」


 女性の前に現れると拳銃を持っている腕に襲い掛かる。銃に気を取られている間に女性はナイフを抜いて振るった。

 けれど、その『死期』自体は、女性の『死期』ではない為、一切の攻撃が通用しない。


「指令! 憑依されてしまいます!」

「構わず! シキセマどもを連れていけ!! 狙いはそいつらだ!」


 武装隊の一人に言われるが構わず衛たちの警護に努めるように命じる。

『死期』は武装隊の叫びに便乗したのか、女性に憑依する。波に飲み込まれるように女性の中に入り込む。


「っ……ぐぁっ!」

「指令っ!!」


『死期』に憑依された女性はその手にある拳銃を見つめた後、衛たちを見る。

 武装隊は、上司を撃つことができずに放心状態になる。


「彼女を護れ」

「ああ」


 淳平が女性から二人を護る為に立つ。

 銃口が淳平に向けられる。


「指令! 民間人に銃を向けることは!」

「わかっ……ている!」


 身体の半分、主導権を奪われてしまっていたが、ナイフを持つ手が痙攣しながらも動く。ナイフは躊躇なく視線の先にあるものを突き刺した。


「ぐっ……!」


 ぽたぽたと血が滴る。

 女性が自ら銃を持つ手をにナイフを突き刺した。

 拳銃は床に転がり再び拾わないよう蹴飛ばした。

 銃がなくなったことで利用価値がなくなったのか『死期』が飛び出してくる。

 次は誰に憑依するのか警戒して、動きを見ていると『死期』は予想もしないところに向かっていく。


「衛!」


 淳平が叫んだ。『死期』は衛に飛び込んだ。


「ぐぁああっ……!!」

「お兄ちゃん」


 淳平は莉を引き寄せて距離を取る。

 女性は、手を負傷して動くことができなかった。


「お兄ちゃん」

「莉……近づくな、今……危ないから……」


 その瞳が、黄色いに代わる光景を莉は見てしまい息を呑む。

 綺麗だった空色の瞳がどこにもない。


「……やつの『死期』じゃなかったのか」


 少しでも取り込んでしまえば、苦しさで死期を早める。

 淳平は、衛の『死期』ではないと気が付き、では誰なのかと考えるまでもなかった。淳平のすぐ近くで怯えている少女の『死期』だ。


 衛の足元に女性が放棄した拳銃が落ちている。

 淳平は急いで取りに行こうとするが、間に合わずに衛が拾い上げる。


「経験がアルダロ? 谷嵜。何度も喧嘩シテタもんな」


 淳平の『死期』が他の生徒に憑依して襲ってくるのは何度も経験した。

 衛と出会った日でも変わらずに、喧嘩を吹っかけて来る生徒は多い。その対処は気絶させることだ。どれだけ重傷にしても、動きを止めなければならない。

 狙いなど分かり切っている。莉と衛の死。


「お前らガ少しデモ妙な真似をしたら、俺はこの頭をブチ抜ク」


 衛は、愉快に笑いながら、銃口をこめかみに突きつける。


「……っ。妙な真似とやらをしなかったとしても、結果としてお前は目的を果たすために、その憑代を殺害するのだろう」


 手を負傷した女性が忌々し気に言う。


「殺……害……お兄ちゃんが……殺される?」

「ああ、安心シテクレ。莉……先にお前を殺す」


 銃口が莉に向けられる。「えっ」と戸惑う声。


「兄ちゃんの為に、死ンデクレヨナ?」


 完全に『死期』に憑依され、意思を封じ込められてしまった衛。

 淳平は莉を殺させない為に、先に動いた。

 床を蹴り銃を奪うように手を伸ばした。『死期』は驚愕して咄嗟に発砲する。

 弾丸は淳平の肩を貫通する。そのまま勢いを殺すことなく淳平は、銃を掴んで上に向ける。


「っ……邪魔ヲするな!」

「俺は、あの娘を護ることを約束した。例外はない」


 こうしているうちも、周囲にほかの『死期』が湧いて出て来る。


「総員! 邪魔者を排除せよ」


 女性の命令に武装隊は、衛から『死期』を引き剥がすことができなくなる。

 銃声だけが響く。


 莉は恐怖でその場に立ち尽くしていた。

 銃声だけが耳に響くと言うのに、やけに静かに感じた。

 目の前で兄と淳平が揉め合いをしている。


 なにもわからない莉は、ただ見ていることしかできなかった。

 今まで見えていなかった『死期』が見える。怯え震え上がる莉と違い。

 衛は見慣れたとばかりに『死期』を退けていた。


「……お兄ちゃん」


 苦しそうに見えた。どうやったら解放されるのだろうか。

 莉に隠し事をする衛だったが、いつだって笑って「大丈夫だ」と言う。


「ちっ……始末書でもなんでも構わない。生きていれば」


 女性が近くにいた武装隊から拳銃を受け取り、衛と淳平に向けた。


「だめっ!」


 莉は二人が殺されていると思い女性を押した。

 突然のことで銃を落としてしまう。


「殺すわけではない!」

「それでも、怪我する!」


 もしも当たり所が悪ければ死んでしまう。兄が死んでしまう、淳平が死んでしまう。そんなの莉は望んでいない。そんな物騒なものを簡単に握り人に向けるなんて信じられない。

 女性が銃を拾い上げようとすると莉は横から銃を拾い抱きしめるように隠す。


「返しなさい。子供が持つようなものではない」

「大人の人だって持ってたら、だめっ」


 暴発の危険を考えて女性は強引に奪うようなことはできなかった。


「指令! 一体逃しました!!」


 武装隊の一人がそう銃声の中、報告する。

 女性はナイフを握り『死期』を追い払おうとするが無意味に終える。


『死期』は莉に憑依してしまったのだ。


「しまったっ!!」


 莉の手の中には、拳銃。

 女性は直ちに銃を回収するために手を伸ばすが、莉の身体が先に動いた。

 女性の足を撃ち動きを封じたのだ。

 先ほどまで銃を見て怯えていた少女の姿はない。



 莉は徐に銃を見つめて銃口を向けた。

 向けられた先には、衛と淳平。

 衛は淳平を押し退けて莉に銃口を向けた。


 衛の『死期』が莉に憑依し、莉の『死期』が衛に憑依してしまった。


「その目に刻め。お前の意志の弱さを」

「その心に刻め。お前が救った者の末路を」


 銃声轟くその場所で、二人が引き金を引いたとしても聞こえない。


 確実に二人は銃を発砲した。硝煙が上がった。




『死期』は、互いに互いを利用する。

 感情が強ければ強いほど『死期』も強くなる。

 単純明快。分かりやすい摂理だった。


 ただ誰もその事に気が付きたくなかっただけで……。

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