第29話

 工房で魔法薬を作っている時の夏樹は普段のへにゃっとした笑顔じゃなくてキリッとした顔をしているので、なかなか男前だ。可愛い顔してると思うんだけど、常に笑ってるからで、真面目な顔をしている時はけっこう男前なんじゃないかい? まめしばがハスキー犬なみのかっこよさに変わるって感じさ。目がぱっちりしててきゅるんきゅるんだから騙されそうだけど、けっこうやってることは大胆で男っぽいんだよね……。

「おはるさーん。そこの引き出しから薬草取ってくれ」

「あいよ」

 天井近くまである薬棚は引き箪笥のようになっている。踏み台があるくらいだから上のほうまでぎっしり使ってるんだと思うよ。

 で、夏樹が欲しがっているのは上のほうにある薬草のようだ。踏み台を準備するよりもあたいが飛んだほうが早いから使い方をよくわかってるよ。あたいが引き出しを開けられるくらい力があるってのも理解してるし、そういう観察眼はすごいもんだね。

 そこの引き出しと言われても、どれだかわからない。番号が振られてるんだから番号で指示してほしいもんだ。

「夏樹。どれがほしいかわかんないよ。番号言ってくんな」

「ああごめん。五番のやつだ。一束頼むよ」

「あいあい。五番ね」

 五番の引き出しから薬草を抱えて、夏樹に渡してやる。やけに鼻が通る香りのする薬草だ。

 夏樹はあたいが渡した薬草を刻んでフラスコに入れていた。他にも何か色々とあたいはわからないものを調合して、アルコールランプでじっくり温めている様子だった。フラスコの中身が鮮やかな色に変わっていく。最初は黒っぽくてくすんだような色をしていたってのに、今は蛍光色の派手派手な色だ。

 完成した魔法薬を小さめの試験管に移し替えて、コルク栓をつけていた。どういう効果があるものかあたいにはわからない。

「夏樹。これ、何の薬だい?」

「これは皮膚を強固にする――防御力アップと言えば良いかな。そういう効果のある薬だ。グリーンアップル風味にしてある!」

「味付けもできるのかい?」

「近い味にできるってもんだから、風味なんだ。味は科学的に証明できるからな、分子レベルで計算して、甘味のバランス調整や酸味の入り方、塩味の引き算をしていけば、似たような味はいくらでも再現できる。それはおれじゃなくてもできるから、特別な技能でもなんでもねぇぞ。おはるさんだってできるはずだ」

「計算するのが大変なんじゃないかい?」

「組み合わせさえ覚えておけば作れるよ。おれが見つけたものはノートにまとめてあるし、魔女に聞けば色々教えてもらえると思う」

「ほーん」

 だからって、なんちゃら風のものよりもホンモノの味をほしくなるもんだ。わざわざ代替えにする必要も無い――というか、今は薬の味付けの話をしてるんだっけ。

 夏樹はフラスコにできた薬を次々に分注している。思っていたよりも多く作っているようだ。それとも、あの試験管が思うよりも少ない量しか入らないってことなのかもしれないね。

 分注の終わった試験管は近くに置かれた格子状の枠のはまった箱に入れられていく。それから、夏樹は新たな薬を作り始めた。

「おはるさん。あっちの薬草取ってくれ」

「だから、番号で言ってくれないとわかんないよ」

「ごめんごめん。十三番だ。二束出してくれ」

「あいよ」

 あたいは十三番の引き出しから薬草を二束出して運ぶ。夏樹は「ありがとな」と笑いながら言って作業を始める。

 真面目に仕事してるのを見るのもなかなか楽しいね。魔法薬を作る現場も滅多にお目にかかれないもんだ。激しいバトルも良いが、こういう平和な生産現場もなかなか良いもんさ。けど、せっかくなら、この魔法薬で強化したカラダでガチンコバトルってのを見たいもんだよ。

「夏樹。何か緊急討伐の連絡ないのかい?」

「そうくるもんじゃねぇし、しょっちゅう来ても怖いだろ」

 真面目に返された。それもそうだね!

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