第23話

 気が済むまで夏樹をボコったところで、施設案内が始まる。あたいも孤児院がどういうところかわかってないから、きちんと説明しておいてもらいたいところさ。

 夏樹の後ろをサキュバスはぽてぽてついてきていた。素直についてくるのが妙だ。あの神父に脅されて来てるなら今のうちに逃げれば良い。こう言っちゃなんだけど、あの神父より、夏樹のほうが逃げやすいはずさ。エクソシストだけど飛び道具を持ってないようだから、ある程度距離を取れば逃げ切れると思うんだ。あたいならそうするね!

 サキュバスの幻術は子ども達には完璧に効いているようだ。「シスター!」と言って駆け寄ってくる子もいた。

「シスターは、神父様のお嫁さん?」

 男女が共にいたらすぐにカップル扱いするのは子どもらしいというか性的本能なのかキメツケなのかわかんないけど、今の時代は好かれない行為さ。今でなくても初対面の人を配偶者にすると嫌がられるって決まってんだ。本当にそうである場合は除いての話だけんど。

 サキュバスなんだから、普通に「そう」って言うのかと思いきや、返答は「違うやの」だった。そこはお嫁さんを装ったほうが良かったんじゃないかい? そのほうが子どもを味方につけられそうなもんじゃないか。だけんど、相手があの神父とあっちゃ、変なことも言えないか……。駆け引きが難しいところさね。

「おいおい、おまえら。小焼はお嫁さん貰えないぞ。なんと言っても真面目な司祭様だからな!」

 と言う夏樹は何故か少し自慢げだ。何でうちの人がドヤってんのかわかんないけど、友達を褒めるのが好きなんだと思っておくよ。そこで子どもがすかさず「夏樹せんせーが威張って言うことじゃないと思いまーす」と言ったので、追いかけっこが始まった。

 肩の上に乗ってたらついていかなきゃいけなくなるし、サキュバスを一人っきりにするのは駄目だ。あたいは頭の四つ葉を外し、サキュバスの肩の上に乗る。彼女は何か考え事をしているようで、あたいが肩に乗っていることに気付いていない様子だった。見えないからってのもあるかもしれないけんど、魔力反応にさえ気付かないもんかねぇ。

「あんた、悪だくみしてそうだけど、無駄だと思うよ。あの兄さん、ちょっとやそっとじゃ表情が変わらないからねぇ」

「ふぇっ!? 急に出てこんといてやの!」

「サキュバスなのに驚かないでくんなよ。あたいでも傷つくんだよ」

 頭に四つ葉を乗せて話しかけたら見るからに驚いた表情をしていた。この子、魔力の保持量が少ないのは、分けてもらえてないからか……。もしくは、あの神父が弱体化のまじないでもしているか。

 どっちでもいいけど、サキュバスがうろついているのは問題だね。

「悪いこと言わないから、街からとっとと出て行くか、うちの人に退治されな」

「退治されたくないやの」

「それなら出て行きな」

「そうしたいのはやまやまなんやけど……無理やの。ウチは今まで飲んだ牛乳分、神父様を手伝わんとあかんから」

「ひー! なんだいそりゃあ!」

 こんなに面白いサキュバスっているもんなのかい! こりゃあ、面白い子に出会っちまったよ。はらわたがよじれそうなくらいに笑ったから、腹が痛くなったさ。翅だって、はばたき過ぎたくらいだよ。いやだねぇ、面白すぎて、筋肉痛にでもなっちまいそうだ! 

「今のうちに逃げ出すとか思わないのかい? 真面目なんだねえ」

「あの神父様なら地獄の果てでも追ってきそうやもん……」

 それはそうさね。確かに、あの神父なら地獄の果てでも追いかけてきそうだ。何しても死なないんじゃないかって思うくらいには屈強な男だもの。

「まっ、あの人から精力を抜き取れたら良いね。ちょっとあんたを応援したくなってきたよ」

 あんまりにも面白いから気に入った。密かに手伝ってやりたくなったよ。だけんど、夏樹ならまだしも、あの神父はあたいの姿は見えなくても気配をすぐに察知するんだ。恐ろしい人だよほんと。赤い目がぬらっと光るのは恐ろしいし、純血のダークエルフよりも魔力を保持してるから、下手に近寄ったらこっちが消耗しちまうもんだ。

 さて、夏樹が戻ってきたから案内を再開するようだね。

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