第33話

 家の中は異様なほどに、しん……、と静まり返っていた。そろそろ陽も沈んじまう。

 それほど広くもない家だってのに、隅々まで探しても人の影すら見つからない。虫の一匹すら姿が無い。

 キッチンを使った痕跡はあった。夏樹が「魔法薬を作ったってのはわかる」と言っていた。だけんど、誰も見つからない。

「ねえ夏樹、この家、誰もいないんじゃないかい?」

「……おはるさん。少し黙っててくれ」

「あい」

 いつになく真剣な顔をして、低い声で言われちゃあたいも黙るしかない。静かにしてくれならわかるんだけど、黙っててくれときたら、何か真剣に早急に考えることがあるんだと思う。あたいも何か考えている時に近くでベラベラ喋られたら殴りたくなるから、気持ちはよくわかる。

 ぐん、と体にかかる圧力を感じた。

 重力が急に増した感覚。これは、何か魔術を使われている気がする。あたいでこれだと耐性の無い人間の夏樹は一気に潰されるんじゃ……と思ったけんど、彼は唇を少し吊り上げていた。

「これだけ才能があるんなら、将来有望だろうな」

 心の底から喜んでいるような声だった。

 こっちが何かしらの不利益にあっているのは間違いないってのに、何で喜んでられるんだかさっぱりわかんないよ。優しさの度が過ぎた優しさサイコパスって言われてもおかしくないさ!

 体にかかる圧力が増していく。このままぺちゃんこにでもしようってもんかい!

「ここにはいないようだから、出るか」

「閉じ込められてるってことはないかい?」

「あるだろうな。だけど、術式は簡単に解ける」

 玄関のドアは微動だにしない。こうしている間にも体にかかる圧力は増していく。呼吸さえも満足にできないような重みを感じる。

 夏樹は腰から魔法薬の試験管を一つ外す。

「おはるさん。今肩にいるよな? これ、飲んでドアを蹴破ってくれ」

「任せな!」

 四つ葉を取ってるからあたいの姿を夏樹は認識できないんだ。

 あたいは薬を飲む。三分の一ほどで十分なはずさ。力がみなぎってきた。

 夏樹の肩から飛び上がり、ドアに向かって蹴りを入れる。

 バギャンッ! という音をたてて、ドアが吹っ飛んでいった。

 ……そんなに強く蹴ってないはずなんだけどねえ。

「おはるさんすげぇな」

「意外とドアが脆かったんだよ! あたいが強いんじゃないのさ!」

「あはは、わかってるよ。おはるさんはか弱いピクシーだもんな」

 その言い方はちょっとムカつくね。夏樹の頬を軽く叩いておいた。いつもより大きな音が鳴ったし、夏樹も涙目になっていた。

「おれが悪かったから、ごめんってぇ……」

「こ、こっちこそなんかごめんね」

 この魔法薬、効果がありすぎて怖いね……。

 外はすっかり暗くなっていた。

 ここまで手の込んだイタズラをするガキは何処にいるんだか。どんなものを見せてくれるのか楽しみだよ。あたいは激しいバトルが見られりゃそれで良いんだからさ!

「ボクの家のドアを壊しただと?」

「おっ、思ったよりも若い呪術師さんだな。人に迷惑かけるようなことをしちゃ駄目だぞ」

 目の前にいる子どもが呪術師で間違いないようだ。ぶわっ……とあふれる呪力の流れに驚いちまう。こりゃけっこう魔力が強い子のようだ。これだけ力が有り余ってるなら、ゾンビだって作っちまうだろうに。

「オマエがボクのゾンビを倒したエクソシストだな! それなら、ボクの作った最強のキメラを倒してみろ!」

「あはは、最強のキメラってか。合成獣を作るのはきちんと免許が無いと地方自治体によっては罰せられるぞ。この地域はどうだっけなぁ」

 なんというか、余裕だねぇ、うちの人……。

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