第5話


「できましたよ」

 あたいの前にりんごのグラッセが置かれる。まだあったかいから白い湯気が立ち上ってて、甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。

 あたいでも食べやすいように小さく角切りにしてくれていたから、この神父は夏樹が言っていたように優しいようだ。出会い頭に発砲してくるくらいだが、あれもよく考えたら、夏樹のことを思っての行動だった。悪いものが憑いてるから祓おうとしてくれただけなんだ。あたいは悪いやつじゃないから、先に確認だけして欲しかったけどね!

 さて、りんごのグラッセをふーふーしてから口に入れる。じゅわっとりんごの甘味が口中に広がって、溶けていく。蜜がたっぷりのりんごだったのか、嫌な甘さがなくて、後味はさっぱりしていて、酸味ですぅーっと抜ける感じだ。

「どうですか?」

「美味しいよ! あたい、このグラッセ好きだ」

「いっぱい作ったのでこれも持ち帰ってください。ジャムも作ってあるのでこれも。寝るまでに時間もあるので、パイも焼きましょうか」

「おいおい。そんなに持ち帰れねぇよ。りんごも運ばなきゃなんねぇんだし」

「車を貸すので」

「おっ、それなら安心だな。おはるさん、良かったな!」

 夏樹は満面の笑みを浮かべているので、あたいは頷く。

 りんごをいっぱい貰えて嬉しいけど、これはこれで妙に恥ずかしくなっちまう。

 神父はまたキッチンに向かっていったので、ダイニングにはあたいと夏樹が残る。

「小焼が嬉しそうにしてたよ」

「嬉しそうって、あの兄さん表情変わってないさね」

「おっ、そっか。慣れなきゃ小焼の微かな表情の違いに気付かねぇよな。口角が上がってたから、機嫌が良いんだ。おはるさんが料理を美味しそうに食べてくれるからだな」

 グラッセをもう一欠片口に含む。しゅわっと溢れ出す果汁が甘酸っぱくて、顔がにやけてしまう。甘ったるいグラッセは嫌いだけど、素材の味を活かしたグラッセは大好きさ。その塩梅をきっちりわかってる料理上手の作ったグラッセってしっかりわかる。

 美味しくて次から次に手が出ちまう。やがて、あたいのサイズに合わせて切ってくれていたものが無くなった。

「おっ。無くなっちまったな! ちょっと待ってくれよ。切るからさ」

 そう言って夏樹はポーチからハサミを取り出して、透明の魔法薬を塗ってからグラッセを切っていた。

「その魔法薬は何だい?」

「ああこれはアルコールだから、魔法薬じゃねぇよ。器具の消毒用だ」

「ほーん。そうかい」

「よし、切れた。ほら、いっぱい食べてくれな。小焼のことだから、お持ち帰り分も増やされてるぞ」

 夏樹の皿からグラッセを取る。不恰好かと思いきや、とても綺麗に角切りにされていた。

「ハサミの扱いは上手いんだね」

「おー、まあ、包帯を切るのにも使うし、外科治療でも使うからさ。こういうのは得意なんだ」

「夏樹ってエクソシストと医者なのかい?」

「そうそう。専門は心療内科になるけど、簡単な外科治療ならできるよ。まあ、薬を作るほうが得意だけどな」

「全く戦闘向きじゃないのにエクソシストしてんのかい? あの神父のほうがよっぽど戦闘向きに見えるよ」

「それはおれも思うよ。あいつ、グレネードランチャーで魔物撃ち落とすのが上手いんだ」

 神父なんだからもっと魔法でどうにかすると思いきや、銃火器が出てくるから妙なんだ。あの兄さんならロケットランチャーの反動も、ものともせずにぶっ放せそうだから怖いよ。

 話しているうちに神父が戻ってきた。

「そういえば、おれを教会に呼んだ用は何だったんだ?」

「ああ……。最近、街中で牛乳泥棒が出るらしく、サキュバスかと思って、調べてほしくて呼びました」

「サキュバスと牛乳がどう関係するのさ?」

「枕元に牛乳を置いておけば、サキュバスが牛乳を精液と勘違いして持っていくんだ。昔からあるサキュバス避けのおまじないだな」

「へえ。そんなのに引っ掛かるサキュバスがいるんだねぇ」

 話をしながらグラッセを食べる。美味しくってずっと食べていられるよ。土産にまで持たせてもらえるなんて、最高さね。

「この街に入るとは、どれほど身の程知らずかとわからせてやりましょう」

「あはは……。小焼にわからせられるかおれに退治されるか二択って可哀想だな」

 そう言って、夏樹は頬を掻きながら苦笑いをしていた。

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