第49話

 長い草を掻き分けて足音が近付いてくる。大ネズミのはずだ。そこいら中から聞こえてきて、距離も曖昧になってくる。

 これじゃあたいの狙いであるリーダー格をぶっ潰す大作戦も難しい。どれがリーダーかなんてわかりゃしないんだ。

 横目で夏樹を見る。しばらく辺りを見回していたかと思うと、腰から試験管を一本取る。きゅぽんっと小気味の良い音を鳴らしてコルク栓が抜かれた。魔法薬を使うようだけど、あたいにゃ何の効果があるのかわからない。

「大ネズミのヒゲってのは、とある魔法薬を作るのに大事な呪物フェティッシュの一つなんだ。だから、ちょっと眠らせるよ。おはるさんは、大ネズミが寝てる間にリーダーを見つけてくれな」

「こんなにたくさんいるってのにかい!?」

「だから、おれはそんなに簡単に終わる話じゃないって言ったろ」

「ぐぅ」

 正論で返されちゃ、ぐぅとしか言えないさね。

 夏樹は試験管を逆さまにする。口から出た瞬間にそれは白い蒸気となって、あたい達の周りに広がった。足音が止まる。辺りの時間が一気に止まったかのように、静寂が訪れた。

 夏樹は足元に転がった大ネズミを持ち上げて、ヒゲを引っこ抜いていた。眠っているから、ヒゲを抜かれても痛くないと思う。麻酔効果のある魔法薬だったってことなんだね。

「人間には効かないのかい?」

「この量だと人間相手にはならない。だけど、ピクシーのサイズだとおはるさんも眠っちまうと思ったからさ」

「へぇ。あんたが魔法薬飲んだ理由は?」

「きちんと理由がある」

 夏樹が指を鳴らすと風がぶわぁっと吹き、背の高い草を切っちまった。風の魔法の応用だってのはわかっけど、簡単に詠唱無しでやられちゃ怖いところがあるよ。下手したら首まで落としちまいそうなもんさ。

「おはるさんが受けた依頼は畑を荒らす魔物退治なわけだが、実は別件があったんだ。ここに来るまでの間にふゆからメッセージがとんできた」

「どんな依頼だい?」

「この畑のじいさんは既に亡くなってるはずだってさ」

「へっ!? じゃあ、さっきあたいらが話したのは?」

「さぁな。おれのことを知ってる様子だったから、じいさんの記憶を奪ってるかもしれねぇし……。魂を喰っちまって、成り代わってるやつかもしれねぇな」

「そんな悪党がいるもんかい!?」

「どうだかな。大ネズミの後に調査すりゃわかる話だ。どうせ後で畑のことで話にいくしさ。おはるさんはリーダーを探してくれ。おれはヒゲ抜いてるから」

「わ、わかったよ」

 と言っても眠っちまってるからどれがリーダーだかわからない。起きていたら指示しているやつや先導してるやつがリーダーだってわかるもんだけんど、これじゃどれも同じ大ネズミにしか見えないさ。

 さらにいうと、夏樹はヒゲを抜いたネズミを別の場所にまとめておくから、あたいが見たものか見ていないものかさえもわからない。夏樹がヒゲを抜いてから、あたいがリーダーか調べるってやったほうが良いのかねぇ……。だとしても、リーダーだって情報がわかりゃしないのさ。

「ねえ夏樹。どれがリーダーか調べる方法ってあるかい?」

「さぁな。調べようと思えば方法は幾通りにもなるぞ。おれだってパッと思いつくのでも十個はある」

「それなら一つくらい教えてくんなよ。あたいが悪かったからさ」

「ははっ。何を悪く感じてるかわかんねぇけど、ピクシーのおはるさんに向いた方法があるよ。人捜しのおまじないとかな」

「ああ! その手があったね! よし、やってみるよ!」

 すっかり頭から抜け落ちてたよ。そうさ、あたいならそれができるんだ。

 夏樹の魔法薬の効果で魔力は十分にある。これならできるさ。

「花よ、草よ、蝶よ、教えておくれ。さがしものはどこにある? さがすものはどこにある?」

 風がびゅうっと吹いて、小さな渦を巻く。あたいが捜しているリーダーはあそこにいるようだ。すぐにそこへ向かう。

「わっ、ひときわでっかいねずみだよ!」

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