第9話

 ピクニックバスケットのベッドで一晩明かして、次の日の早朝。アラームがすさまじい音量が鳴り響いているってのに、夏樹はぐーすか寝ている。これだけ寝ていられるのもある意味才能かもしれないよ。

 アラームは隣の部屋から鳴っているようだ。頭が割れそうなくらいだからさっさと止めてほしい。あたいはドアノブにぶら下がって、ドアを開き、隣の部屋に向かう。ドアが少し開いていたからドアノブにぶら下がる必要もない。そのまま部屋の中に入って、アラームに蹴りを入れて止めた。これだけの爆音だってのに寝ていられるって、どういう神父だって思ってベッドを見たらもぬけの殻だった。

「いますよね?」

「あんた、アラーム止めてから支度してくれないかい。頭が割れるかと思ったよ」

「それはすみません。……夏樹は起きてなさそうですね」

「あの人はぐーすか寝てるさね」

「叩き起こしてやってください。朝の祈りに参加させないといけません」

「あいよ」

 会話はできているけれど、あたいの姿は見えていないから話している方向は違う。まあ、今はベッドを整えていたからあたいを見ようとしてなかったけどね。

 それにしても、見えていないのにあたいがいるってことは感じ取れるって……、いったいどうなってんだあの兄さん。

 部屋に戻る。やっぱり夏樹は寝ていた。よだれを垂らして幸せそうに寝てっけど、起こせと言われたから起こさないとね。頬を叩いても殴っても反応がない。蹴っても特に動かない。こうなりゃ最終手段だね。鼻を掴んで、一気に引っ張り上げてやった。

「いだだだだだっ!」

「やっと起きたかい。小焼神父がお呼びだよ。さっさと支度しな!」

「ふぇえ、おはるさん? 何処にいんだ?」

「あたいのことは良いから、さっさと支度!」

「あーい!」

 夏樹はのそのそ起きて、部屋を出てった。あたいも身支度しないとね。まずは顔を洗いたいから、風呂場に向かう。洗面器に水が溜まってりゃ良いんだ。

 顔を洗って、その辺の布で顔を拭いて、うがいをして、部屋に戻る。孤児院ってのが何処にあるかわかんないけど、あたいの着替えも歯磨きも持って来たいね。もしくは、新たに買いたいところだ。どんぐりでも落ちてたらそれで物々交換してもらえるんだが、教会の庭に何かないかねぇ。マンドラゴラはさすがに勝手に持って行けないし、妖精種同士の取引には不向きだ。

 部屋に戻って四つ葉を頭に乗っける。鏡の前には髪を編んでいる夏樹がいた。

「あんたって、どうして髪を編んでんだい?」

「小焼のように束ねておきてぇけど、おれの髪、うねるんだ。だから、三つ編みにしておいたほうが見栄えが良いからさ」

「へえ、そうかい」

 髪に魔力が宿るから伸ばしてるんだと思うが、癖のある毛だとそういう対応になっちまうんだね。癖のある魔力持ちなのかもしれないけんど。小焼兄さんの髪はサラサラのストレートって感じだった。ありゃ限りなく純血種に近い混血児さ。魔力の保持力が夏樹と桁違いさ。

 さて、支度ができたところで、一階に降りる。祭壇の前に神父がいた。

「おはようございます」

「おはよ! いやぁ、朝から熱心だな」

「熱心だな、ではなくてお前もするものですからね。まあ、私は何も言いませんが……。たまには時間通りに祈りに参加してください」

「あはは、今度から気をつけるよ」

 神父に祭壇前で説教されるエクソシストってのもレアな気がするねぇ。見ていて面白いよ。

 その後、夏樹はきちんと聖務日課に参加していた。何をやってんだかあたいは興味がないから、天井近くまで飛んでいた。バレーボールが挟まってるのが気になるんだけど、あたいの力じゃ引っこ抜けないし、何でここにボールがあるかもわかんないから触らないことにした。

 朝の祈り、朝のミサが終わって、朝食も食べて、孤児院へ向かうようだ。始業の祈りを済ませた後、夏樹は神父から車のカギを渡されていた。

「うちの車を壊さないでくださいね」

「大丈夫だって! よし、そんじゃ行くぜ!」

 後部座席に色々積んで、車は発進する。どんなところか楽しみだよ。

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