23.福は内、お食事会
一気に雪が積もり始めた北の都市、札幌。
この頃になると、朋重は元々住んでいたマンションを解約して、千歳と一緒に住むようになっていた。
ダイニングテーブルに置いているスマートフォンから、ずっと着信音が鳴っている。
首元を冷やさないようにマフラーを巻きながら、千歳は顔をしかめる。
「ああ、うるさいな。伊万里ったら」
「いいよ。俺が先に駐車場に行くよ」
「ごめんなさい。すぐに行くから」
彼が千歳の頬にキスをして、いつもの朗らかな笑顔で玄関へと出て行った。
千歳も急いでバッグに必要なものを詰め込み、戸締まりをして後を追う。
地下の駐車場へ到着すると、朋重の黒いSUV車の前で、伊万里がぶーぶー言いながら待っている。
「姉ちゃん、おっそーい、遅い! 早く行こう、早く」
小学生の時と変わらないのではないかと言いたくなるほどに、子供っぽい地団駄を踏んで待っていた弟に、姉は苦笑い。
一緒に仕事をしている時は凜々しい大人の顔で頼もしいのに。こと『一緒に食べること』になると、伊万里はとたんに我が儘な弟に変貌する。
「伊万里君、そんなに慌てなくてもまだ時間あるよ」
「えー、俺、もう腹減った」
「いつも腹減っているだろ。それとも、まさか、お腹を空かせてきたとか言わないよな」
「空かせてきたよ、朝飯ぬき!」
「抜かなくても、本気を出したら千歳並の戦闘能力発揮するんだろ」
「えー! なんか、最近、朋兄ちゃん意地悪!」
「いやいや、そうじゃなくて。慌てなくても食べられるから、そう興奮するなと」
とにかく車に乗る――と、義兄になる朋重に、伊万里は後部座席へと押し込まれた。
千歳も助手席に乗り込む。朋重も乗り込んでいざ出発。
本日も目指すは石狩。すっかり雪深くなった季節だったが、この日は晴天で、雪に白く輝く街にくっきりと青い空。雪道でも朋重の車は軽快に走行していく。
「はあ~。レストラン浦和で『五杯以上、上限なし』って夢みたいだよぅー」
今日はラフな服装をしている伊万里が、後部座席でひたすらうっとりしている。
それを運転席にいる朋重と、助手席にいる千歳も、顔を見合わせて笑っていた。
「今日は浦和のお義母さんも来られるのでしょう」
「うん。ふたりの大食いを初めて見られるってわくわくしていたよ。父と兄と兄嫁さんもだけどさ」
「なんかショーに出る珍獣みたいな気分になってるんだけど、私……。こんな私を見て、浦和のお義父様とお義母様、がっかりしないかな……」
いつになく、しおらしい悩ましさを見せた千歳に、朋重がハンドルを操作しながら大笑い。
「まさか! 神様付きの跡取り娘をいまさら手放すわけないだろ。うちの悪縁をわざわざ懐に呼び込んで、ばっさり切ってくれたんだから。これからの繁栄を考えても、うちの父ちゃんのほうが必死だって。それに千歳と伊万里君の食べっぷりって、如何にも福を呼びそうじゃないか。今日はその『福は内な食事会』だと、父ちゃんも言っていたから」
「それならいいんだけど……」
「なに姉ちゃん、いまさら気にしてるのさ。もう、レストラン浦和の従業員には、あの大食い男女は『荻野姉弟』ってバレちゃってんだからいまさらじゃん。今日だって、俺たち専用の調理人を押さえてくれるほどの準備をしてくれたのだから、どうせ大食いで色気ないんだからさ。女捨てちゃっていいじゃん」
「なんで食べることで女らしさ捨てなくちゃいけないのよッ!」
いつもの姉弟喧嘩を繰り広げても、朋重は楽しそうに笑い声を立てている。
朋重と千歳と伊万里でよく行動をするようになった。婚約者同士の婚前同棲中でラブラブな生活をしていても、弟は平気で訪ねてくるし、朋重も歓迎するし、千歳も迎え入れている。
大食い姉弟を携えて、一緒に外食にいくこともある。外食先で大食いリミッターが外れて、姉弟が注目の的になっていても、朋重はまったく意に介さず、微笑ましい様子で見守ってくれるほど。
そんな姉弟、義兄弟の交流を深めているうちに、仕事でも提携をするようになった。
企画室2で、あたらしい『ランチプレートメニュー』を提案。浦和水産の人気商品である『スモークサーモン』を使用したクリームパスタの開発を共同で企画。
荻野製菓本社ビル内にある『テストキッチン』でともに試食をするのだが、その時の姉弟の際限ない試食の数と回数を見て、朋重が改めて絶句。『いや、やっぱり君たち、食の申し子だよ。なるほど、なるほど』と感心されてしまった。
栗毛の婚約者が本社ビルに出入りをするため、『千歳お嬢様の婚約者』という朋重の立ち位置も確立されてきた。
荻野の社員にはならないが、一族の顔でなんなく荻野本社に出入りしている様は、もう既に『お婿さん』の風格を見せていた。
クリスマス近いシーズンになって、『浦和水産コラボ 季節限定こもれびランチプレート スモークサーモンのクリームパスタ』を売り出すと、飛ぶようにオーダーが入り大成功。
千歳と伊万里の父親で社長である『
なによりも、婿になる朋重と一緒に仕事ができたことが千歳には嬉しい。弟の伊万里ともビジネスではウマが合うようで、以前から気にしていたスマート漁業の話を、男同士、川端氏まで挟んで盛り上がることも多々あるようだった。
そんな荻野と浦和の連携に、義父の正貴も近頃はほくほく顔でずっと満足そうに笑っているのだとか。
そんなこんなで、三人でわいわいとゆく石狩道。雪が舞う中、浦和水産工場直営のショップとレストランが併設されている『浦和水産 ショップ・いしかり館』に到着。その中にある『レストラン浦和』へ――。ではなく、朋重に店舗の裏側へと案内される。
大きな直営店の裏には事務所があり、そこから二階にあるレストラン浦和の裏方へと案内される。
「ここだよ。ここがうちのショップの特別客室になっているから」
奥には大きな面のガラス窓、その向こうには雪景色の石狩川が見える。
シックな絨毯敷きのフロアに、フレンチレストラン並のエレガントなテーブルと椅子がセッティングされていた。北海道らしく煉瓦造りの暖炉もある。
「おおお。オサレ! ここで今日は上限なし、マジでやっていいのかよ」
「いいよ。あそこにカウンターあるだろ。そこで今日の食事会専属の調理人がすぐに刺身にさばいて丼を作ってくれるから。ほかのメニューもオーダーしていいよ。そばの厨房から運んできてくれるから」
「ほんとに、ほんとにいいの。迷惑にならない?」
「あはは。もう君たちの戦闘能力は把握した。俺、本社で今日の食事会の見積もりきっちり出して、社長の兄貴からも承諾のハンコもらったし、会長の父ちゃん持ちだから大丈夫、大丈夫」
思わず。欲望が既に抑えられない伊万里のようにはなるまいと思っていた姉だが、千歳もにんまりしてしまった。
「どこがベストポジションか」
「調理カウンターに近い端の席でしょ。そこで私と伊万里が並ぶの。次々とやってくるのよ。邪魔にならないようにしなくちゃ」
「だったら。あそこだな~。俺、マジの角の端っこ」
「じゃあ、伊万里の隣が私で、その隣が朋君」
姉弟でキャッキャとはしゃいで、長テーブルの端っこを陣取った。
朋重も、ベストポジションだねと笑ってくれている。
一番乗りで席を取ってしまったが、そのうちに、荻野の祖母と父と母が到着し、そのあとすぐに、浦和の義両親と、義兄夫妻が到着した。
すでにベストポジションの席を陣取っている孫姉弟を見た祖母が『あら、あんたたちにぴったりの位置じゃない』と笑い、父と母も『ほどほどにしなさいよ』と、ちょっとハラハラしているようだった。
朋重が『ちゃんと見積もっているので大丈夫ですよ』と両親をなだめてくれたり。なんだか今日の千歳と伊万里はまるで子供のように扱われていた。
それだけ荻野大食い姉弟が目を星形にしてわくわく待ち構えているのだから、かえって、集まってきた他の家族が『微笑ましい』とばかりに和気藹々と談話している。
副社長の朋重がキビキビとスタッフを動かしてくれ、義兄の秀重と兄嫁の『桜子さん』が千歳と伊万里の向かいに座って話し相手になってくれる。
祖母の千草と、父・遥万、夢に出た聖女そっくりと言われている美魔女な母『
やがて準備が整い、調理カウンターには浦和水産の料理人二名と、配膳スタッフが二名。テーブルにつく家族のそれぞれにアルコールに好みのソフトドリンクが配られる。
今日の食事会の主催は『浦和水産会長』の正貴義父ということになっている。
スーツ姿の義父がグラスを持って音頭をとった。
「今日は私が主催をさせていただきます『荻野家、浦和家、慰労会』となります。もうすぐ年の瀬、新年。少し早い忘年会を兼ねまして、もうじき親族となる二家族で、心ゆくまで浦和水産の料理を堪能していただきたいと思います」
浦和の義父が、テーブルに集まった二家族を、感慨深そうに見渡す。
「このご縁に感謝をして――。また末永く続きますように。来年の初秋に執り行われる朋重と千歳さんの結婚式も楽しみにしたいと思っています。来年も私たち親族と事業に幸がありますように」
『乾杯』。
それぞれのグラスを宙に掲げて、一斉に乾杯を揃えた。
ほっとした義父が、すぐさま目線を向けたのは、千歳と伊万里の荻野姉弟。ちゃっかり調理カウンター付近に席を取った姉弟に優しい笑顔を向けてくれる。
「うちのレストランに来ているという噂のフードファイター並のご姉弟が、まさかの千歳さんと伊万里君だったとは。うちの丼物を気に入ってくれてありがとう。今日は本当に遠慮はいらないよ。いつも五杯止めでセーブしていたんだってね。朋重が言っていたとおりに上限なしだから、思う存分食べていっていいからね」
浦和水産会長直々からのお言葉に、姉弟はもう顔を見合わせ、頬を紅潮させボルテージが上がってくる。
「はい! 俺、マグロづくし丼からの、海鮮ちらし丼、サーモン親子丼からいきまっす」
「私は、私は、サーモン親子丼三連発でお願いします! 浦和さんにきたらサーモン親子丼でしょっ」
いきなり三杯同時オーダーをぶちかます姉弟に、調理カウンターにいる料理人さん二名が仰天していた。
朋重や、社長の秀重に会長の義父から、きちんと説明を受けて特別指名でそこに呼ばれているだろうに『あの荻野製菓のご姉弟が本当に大食いモード』になった姿を目の当たりにして、困惑しているのが伝わってくる。
それでも姉弟の前にどんどんと丼が並び始める。
「うおーー! いっただきまっす」
「きゃー。おいしそう。いただきます!!!」
二人がさささと食べ始める姿を見た浦和の義母・菜々子が、そんな二人を見てやっぱり目を丸くしていたが――。
やがて『くすっ』と笑顔をみせてくれた。大人しくて言葉少なめで、ただにっこりしているだけのお母様だなと思っていたけれど、楽しそうに眺めている。
「ふふふ。ほんとうに、福が舞い込んできそうですわね。かわいらしい」
もうアラサーである姉弟へと、母性ある優しい笑みを向けてくれたのだ。それはもう菩薩のよう。千歳だけではない、伊万里ですら、その菩薩オーラに気圧され、食べていた箸を止めたほどだ。
そこにはもう、哀しく覆う影はどこにもなかった。
これからは、ここにいる親族一同でお義母様を包んで守っていきたい。
これまで菜々子義母は、その我慢強さひとつと慈悲で、ご自身も必死に防波堤になって闘っていたのだろう。それが義母の徳のように千歳は感じたのだ。
そんな菜々子義母は『私たちもお好みの丼をいただきましょう』と、千歳の両親と祖母に微笑みかけてくれ、楽しんでいる様子を知ってホッとする。
目の前の義兄夫妻も、荻野姉弟の大食いに呆気にとられている。
おふたりもリミッターを外した姉弟を、この日初めて目の当たりにしているのだ。
「え、え。もう二杯目? え、朋重。ほんとうに千歳さん、こんなにいつも食べているのか」
「普段は俺たち同様の普通の量だよ。リミッター外したら幾らでも行くんだよ。見ていてると胸がスッとしてくる」
「た、確かに。うちの丼物、こんなに美味しそうに食べてくれるだなんて、確かに嬉しいもんだな。え、ちょっとまって。伊万里君、もう三杯目?」
「ふぁい。四杯目、五杯目オーダーしていいっすか」
伊万里は食べるスピードは早いのだが、量的には姉の千歳が勝るため、義兄と義姉の桜子が始終唖然としていた。
朋重も隣に座って、マグロづくし丼を食べ始める。
「ちーちゃん、どう。おいしい?」
「んーー。おいしい!! しあわせ~。朋君と食べられてしあわせ~。お祖母ちゃまとお父さん、お母さん、浦和のお義父様、お義母様。それに、嬉しいな。長女の私に、お義兄様とお義姉様ができたの。みんなと一緒の食事もしあわせ~。伊万里には負けない! 福神様、ありがとーーー!!」
皆がしあわせそうな笑顔を揃えている席。
よき縁を結び、当家の世間への責任を果たす長子の使命をもって、千歳は朋重と夫婦になる。
これからも、神様と夫と一緒に、みなに幸が届くよう生きていきたい。
おーほほほ。本日は私も満腹、満腹。
さすが
婿殿と浦和の衆、褒めてつかわす!
これにて、千歳の婿取りは完了、ご成婚である!
両家に幸あれ!(どどん!)
福神様、ご機嫌のお声と太鼓の音が千歳の脳裏にこだました。
※まだ続きます。カクヨム版では新エピソード追加+新ラストエピソードで完結予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます