21.末広がりBBQ
神社近くの石狩別荘から、子供たちを連れて川端家まで。
漁港近い川端家の庭がBBQパーティー会場だ。
海と浜辺、そして船が揺れる港が見えるそこで、空や海の青さと潮風を感じての親族食事会は、いつも賑やかになる。
うきうきの子供たちは、姉妹と甥っ子とそれぞれ朋重と手を繋いで、なにから食べたいかのお喋りに夢中。千歳は木乃美と女同士のお喋りで盛り上がりながら、和気藹々と楽しんでいるうちに川端家に到着した。
庭に着くなり、大好きな朋重伯父ちゃんとお喋りをいっぱいしていた万季人が走り出した。その先にはポロシャツにデニムパンツにエプロンをしているちょび髭社長がいる。
「じいちゃん! ちぃちゃんとりぃちゃん、連れてきたよ」
元気よく飛びついてきた孫に、ちょび髭社長の目元が緩む。
「お、万季人。もうすぐ肉を焼き始めるから、お皿をもって、あっちのテーブルに、ちぃちゃん、りぃちゃんと座って待ってな」
黒髪の小さな頭を、トング片手ににこやかに撫でる長谷川社長。そんな彼の目線が娘をみつけ、さらに、そのそばに控えている千歳と朋重へと止まると、また満面の笑みを見せてくれる。
「千歳ちゃん、朋重君! ひさしぶりだな」
「ご無沙汰しております。長谷川社長」
「おお、朋重君。あいかわらずの男ぶりだね~」
「ジョーさんが気に入ってくださった俺のスモークサーモンサラダ、タコのカルパッチョも持ってきましたからね」
「それそれ、楽しみにしていたよ。川端家のタコ天も最高だもんな。今日は俺も食うぞーーーと気合を入れてきたんだ」
夫との挨拶の次は千歳とばかりに目が合うと、今度の社長は興奮気味に歩み寄ってきた。
「千歳ちゃん! 持ってきたからな、今回も俺の最高傑作を三ポンド!」
「ジョーさん。ありがとうございます。もうわくわくが昨夜から止まらなくて。長谷川の金賞和牛をそんな惜しげもなく戴いちゃっていいのかなって毎回思っているんですけれど、欲望には勝てなくて……」
「なに言ってるんだ。うちの大事な婿殿伊万里君と、福を呼ぶ食べる魔女である姉君のためならいくらだって。それに『福神様』もそわそわしているんだろう?」
大当たりなので千歳は『そうなんです。ずーーっと騒いでいます』と素直に返答した。それにも長谷川社長は『俺の肉、神様のお気に入り』と高笑いをして、底抜けに明るく陽気に出迎えてくれた。
そんなちょび髭ジョーさんのそばには、せっせと食材を並べて手伝いをしているエプロン姿の伊万里もいた。その伊万里がまた、姉の目の前足下にビールをワンケース、どんと置いた。
「そんな福神様にはこれも必要だろ。福神様のラベルが目印、黒ビール! これを納めるのもいまや俺の役目。そしてこのビールを奉納してから、俺にしあわせご縁を持ってきてくれたんだもんな」
伊万里がかわらずに持ち込んで来てくれた黒ビールのケース。福神様がビールの中でも特に黒ビールを好んでいることで、いまは伊万里が必ず準備してくれるようになっていた。
「うちの金賞和牛ステーキと、黒ビール。長谷川家と荻野家長男一家からはこれを奉納ってことだな。今日も荻野の神様に喜んでもらうぞ~!」
ちょび髭社長の張り切る声が庭に響く。そんな父を見て、千歳のとなりに控えていた木乃美も笑っている。
「もう、お父さんったら。すっかり荻野の神様を当てにして……。最初はあんなに疑り深かったのにね」
確かに。懐かしいなと千歳は朋重と微笑む。
初めて出会った品評会会場では『偏屈おじさん』と言いたくなるほどのお方だった。そんな長谷川社長を思い出しては、千歳は笑いたくなる。そして、いまはあの強靱なスピリットで突き進む信念は頼りがいもあるし、強い後ろ盾にもなっている。
長谷川社長も木乃美と伊万里が結婚して、とくに千咲が産まれてからは、不思議な体験を何度も重ねたようで、いまはもう『荻野の神は長谷川の神』とまで言ってくれるようになった。
千咲が産まれてから不思議――というか、『ちぃちーちゃんは、千歳ママのお腹にいるときから不思議だったんだよ。ジョーじいちゃんが見つけていたカフェがな……、その後に見つけた古民家カフェがな……』と、あの時の話が親族で集まると鉄板の話題になってきている。
さらに長女には不思議な目利きが備わっていることを顕著に感じるように……。
そんな千咲を見て、長谷川じいちゃんがにんまりと意味深な雰囲気を醸し出す。
「千咲ちゃーん。今日もジョーじいちゃんの新しいお肉を食べてくれるかなあ」
千咲の瞳がちょび髭じいちゃんへと向かう。
「いっぱいは食べられないけど、ジョーおじいちゃんのお肉はおいしいからいいよ」
「よっしゃ。自信あるぞ。千咲ちゃんが食べて『おいしい』とお墨付きになったことで、金賞を獲得したといっても過言ではない! 荻野のご加護様、お願いします」
千咲を拝みはじめたから、また集まっているそこが笑い声で賑わった。
「いらっしゃい、千歳ちゃん。もうすぐタコ天も揚がるよ。キッチンに来てくれたら揚げたてあるし、ビールも冷やしてあるよ~」
開け放してあるリビングから、富子おばあちゃんが千歳を呼んでくれる。『タコ天揚げたて』のワードに、千歳はすぐに反応。
「タコ天! 行きます、いますぐ行きます!!」
こちらのお宅に初めて訪問したときに出会ったご馳走だ。いまも千歳の中では上位に君臨するメニュー。もう目を星形にして千歳はうきうきと川端家のキッチンへと向かおうとする。
「うっわ、姉ちゃんだけずるい。俺も俺も。いまあれこれここで焼いていて離れられないから、姉ちゃん持ってきてよ」
「おっけ~。五枚からいけるよね」
「いけるいける。足りないけど、あとで追加する」
川端家の大きなタコ天をのっけから『五枚ずつ食べる』と、先付け的に言いのける姉弟を目の当たりにして、これまたそばにいる常太郎お義父さんがギョッとしている。
「あのでっかいタコ天を、いまからこれだけのご馳走が控えているというのに、いきなり五枚! 姉弟でそれぞれ五枚、計十枚!? もうな、見慣れたと思っていたけれど、まだまだだな。うん。君たちは凄い、いつも景気が良い。いいね!」
食べるたびに『素晴らしい!』と絶賛してくれるちょび髭社長。伊万里の大食いを気に入ってくれ、姉の千歳にもいつも沢山食べさせてくれる。
おいしく沢山食べて欲しいお義父さんだから、姉弟の食べっぷりは嬉しくて仕方がないらしい。
「ジョーさんもいりますよね。お持ちしますよ」
「おう、千歳ちゃん頼むわ。ここ川端さんを伊万里君から紹介してもらってから、俺もタコ天大ファンだからさ。お嫁さんたちの魚の煮付けも唐揚げも美味いんだよなー。漁師メシはこちらのおうちが一番!」
伊万里が婿になってから川端家を紹介された長谷川社長も、いまは親族同然のつきあいをしてくれている。
浦和水産ファンの社長だから、浦和のルーツを残している川端家の食事もとても気に入ってくれていた。
そのうちに、ゆっくり会場入りのお祖父ちゃんお祖母ちゃんたちも到着。
浦和、義実家の一行が到着する。
「毛蟹と刺身盛り、持ってきたよ」
「こんにちは。ひとくち筋子もいっぱい持ってきたわよ」
義兄夫妻、秀重と桜子義姉もやってきた。
さらに浦和の義両親も、両手一杯の荷物を持って掲げている。
正貴義父も、孫たちを見つけると嬉しそうな表情に崩れた。
「子供たちに塩バニラアイスも持ってきたんだ。当社名物のソフトじゃなくてカップのほうだけどな。ソフトクリームの機械を持ってこられたらよかったんだけどな~」
「お父さんったら、子供たち専用で機械ごと準備しそうな勢いだったのよ」
正貴義父も小さい孫たちのためならなんでもしそうな好々爺で、会食の度にあれこれ準備を楽しんでいるようだった。
そして。千歳と朋重が出会ったころは、うっすらとした影を湛えて無口だった菜々子義母は、いまは笑顔を絶やさない姿を見せてくれるようになっている。
「浦和のおじいちゃんとナナばあちゃまだ」
大好きなお祖父ちゃんお祖母ちゃんが来て、千里が目を輝かせる。
まだ小さな千里が駆けてきて菜々子義母にだきついた。もう義母も嬉しそうに千里を抱きしめてくれる。
「みて、ばあちゃま。このまえいっしょにかったリボンの!」
りぃが足をちょこんと出して見せると、菜々子義母は『あら、やっぱり素敵。かわいいわね』と、しあわせそうに微笑んで千里の小さな頭を撫でている。そのそばで、正貴義父もにこにこして、一緒に千里の頭を撫でてくれる。
秀重義兄夫妻の子供たちは大きくなり、高校生と大学生に。長男家の子供と次男家の子供は歳が離れているせいか、再度ちいさな孫たちに慕われて、浦和の義両親は『また賑やかで愛らしくて、楽しい日々』と余生を謳歌しているようだった。
特に千歳は、菜々子義母が穏やかに日々を過ごしてくれている様子を見ると嬉しくなる。義母にはもう二度と、親族で苦心することはないようにしていきたい。
浦和の甥姪もそれぞれの学生生活で忙しくしていて、たまにしか会食には来ないが、叔父朋重と叔母千歳とも親しくしてる。『おいしいものを食べたくなったら、千歳ちゃんに会いに行けば間違いない』と言われて、甥、姪単独で会いに来てくれることも多い。
最後に荻野家当主が到着。
千歳の父・遥万、母・凛香。そして今日は珍しく着物ではなくカジュアルなパンツスタイルの装いにしている祖母・千草も到着した。
こちらも両手一杯の箱を持ち込んで来た。
「こんにちは。みなさんもお揃いですね。もういい匂いが車を停めたそこから漂ってきていましたよ」
「孫ちゃんたちー。荻野のおやつをいっぱい持ってきたわよ。プリンにおはぎに、ケーキも」
荻野のお祖父ちゃんお祖母ちゃんの登場にも、小さな子供たちが湧いた。
「こんにちは。今日はひぃばあちゃまもおじゃまいたしますね」
千草祖母が現れると、先に到着していた男達の背筋が伸びる。孫の伊万里以外。同じ会長様でも、浦和の義父ですら姿勢を正すのはいまもかわらなかった。あの長谷川社長も同じ、千草祖母には畏れを抱いて敬う様子をみせる。
「おばあさま、お疲れ様です。こちら、お席を準備しておりますよ。ゆっくりしてください」
俊敏な長谷川社長が、すぐに椅子を準備して伊万里のそばへと促した。
「ばあちゃん、エビ好きだよな。秀重義兄さんが持ち込んで来てくれたから、俺、焼いてあげるな」
「あら、伊万里。ありがとう」
孫のそばにおいておけば安泰とばかりに、なぜか長谷川社長がほっとした顔をみせたのも面白くて、千歳は密かに笑いを抑えている。
だがそこにも、曾孫たちがわいわいと集まってくる。
「ひぃばあちゃま、りぃのくつした見て」
「あら、かわいいわね。千咲とおそろいで見つけたものよね」
「ひぃばあちゃん、僕もパパとエビ焼くよ。僕がお皿に入れてあげるね」
「万季人、ありがとう。火傷しないようにね。ばあちゃまといっしょにエビ食べましょう」
「ひぃばあちゃま。のみものはなにがいい? 千咲、川端のおうちからもらってくるよ」
「まあ、千咲も。ありがとうね。じゃあ、冷たいお茶がいいかな」
曾孫たちはいつも不思議と千草曾祖母のところに集結する。これもいつもの光景だった。
ほんとうに不思議なのだが、おそらく曾孫の三人は千草祖母のそばにいるととても安心できることを直感でわかっているのではと千歳は思っている。そこにいる縁神様が覆う安心感だ。
特に子供たちを強く、縁神様が守ってくれていることがよくわかる。
それは祖母の願いでもあって、縁神様に通じているのだろう。そんな祖母も曾孫に慕われていつも嬉しそうだった。千歳と伊万里も孫として存分に可愛がってもらってきたが、それ以上の笑顔をみせている。
息子である父と孫の千歳に事業のほとんどを譲って離れはじめたので、祖母なりのプレッシャーが軽くなり、自分のことだけを考えられる日々を送り始めたからなのかもしれない。
次々と到着する親たちが、それぞれの面々と『おひさしぶりですね』、『お元気そうですね』と挨拶をかわしはじめる。
「千歳。タコ天を取りに行くんじゃなかったのか」
「わっ。そうだった。揚げたて! 冷えたビール!!」
朋重に言われて、千歳は慌てて川端家のキッチンへと急いだ。
「きたきた、千歳ちゃん。これよ。こちらはお客様用で、こっちが千歳ちゃん伊万里君用のお皿ね」
川端氏妻の亜希子がキッチンでいろいろな盛り付けをしながら出迎えてくれる。
大盛り皿がふたつ。どちらもおなじように盛られているのに、ひとつは千歳&伊万里用として準備してくれるところは、さすが川端家、『心得てくれている!』――と千歳は飛び上がる。
しかもさらにミチルがにんまりしながら、そばにビールを入れたグラスを出してくれる。
「お先にどうぞ」
「えー、なんか私だけ先にいただいちゃうなんて。ちょっと行儀悪くないかな~」
「なんて言って。絶対にもう我慢できないでしょう。福神様も!」
ミチルが取り分け皿にタコ天を一枚のせてくれ、川端家特製のタレをさっとかけてくれる。
さくさくに揚がったばかりの大きなタコ天と、黄金色のビール。もう千歳は頬が緩んで仕方がない。
『いきなされ、いきなされ! さあさあ、千歳。これはわたしのための一枚ですぞ!』
そうだね、そうだよね! これは伊万里と五枚ずつのうちには入らないよね??
「えっと、では。お先に一枚、いただいちゃいます」
どうぞどうぞと、川端家のお嫁さんたちが勧めてくれる中、千歳は手をあわせて、感謝の念を込める。
「海の幸、お酒の恵をいただきます」
必ず祈るように合掌をする千歳のことを、川端家のお嫁さんたちは微笑ましそうに見守ってくれている。
箸を手に取って、大好きな川端家タコ天を千歳は頬張る。
ほくほく顔で噛みしめて、そこにビールを一口含んで飲み込む。
「んーーーー! やっぱりタコ天はここのおうちのが最高!」
『おっほほーー! ここのタコ天は天下一ですな!!』
千歳も福神様も同時に叫んでいた。
『千歳、麦酒をもう一口! 黄金の麦酒もいいですなあ。タコ天ももう一枚!』
「福神様も喜んでるーー」
『おっほっほー! よきかな、よきかな。美味日和かな!』
福神さまのほっぺがぷっくり膨らんでいる『ほっくほく顔』が脳内にひろがる。
『さらにお喜びです』と呟きながら千歳がふたくちめを頬張ると、お嫁さんたちがほっと安堵した笑みをそろえていた。今日も福神様が喜んでくれたと感じられたからなのだろう。
いまでは荻野家の『不思議』は、川端家も受け入れ信じてくれている。
何故なら、この漁村はいつも好漁。タコがいちばん安定していて、鮭が不漁と言われていても、なぜかここの漁協だけは水揚げ量は例年通り。漁師たちも無事故で過ごしている。
富子おばあちゃんはあれから元気いっぱいで足の痛みもなくなり、ミチルも安産で健康奥様、姑の亜希子お母さんも無病息災。お嫁さん三世代仲睦まじく過ごしている。それもこれも『朋君が千歳ちゃんを連れてきてから』とのことらしい。
しかも『和牛を持ってくる知り合いとご縁があった!』と、魚介専門の一家だから、それがまた嬉しかったらしい。
たまにお庭を開放して親族を集めると、とんでもないご馳走パーティーが開催されるので、それも楽しいとのことだった。
いまはこうして、千歳と福神様のために、揚げたてのタコ天を作って待っていてくれる。
でも。千歳はタコ天を食べるたびに思い出すのだ。
朋重と初めてのデートがこの漁村で、彼にうっかり『食べる魔女』の姿を披露してしまったことを……。そのままの自分を彼がうけれいてくれたことを。
そして千歳はこの家に訪ねてきたら、必ずしていることがある。
タコ天をいただいて、出来上がったご馳走をキッチンから庭に運んで配膳を手伝う。父と母と祖母たちが、長谷川家と川端家と挨拶をそれぞれ交わしていることを傍目に、千歳は再度、川端家の自宅内におじゃまする。
「富子おばあちゃん。大広間の神棚までおじゃましますね」
「ああ。いいよ。いつもありがとね。うちの神棚にも気遣ってくれて」
キッチンにいるおばあちゃんにひと声かけてから、千歳は向かう。
婚約中、千歳の手に真珠が握らされていた不思議な空間でもある。
今日も神棚へと、千歳は菓子を供える。
「
神棚は高いところにあるので、そばにある棚へと置いた。
もう一度手を合わせて祈ると、背後から人の気配がした。
「まただ」
大広間の入り口、障子戸のそばに小学生の男の子が立っていた。
恭太とミチル、川端家若夫妻の長男。
「束冴君……」
千歳が初めて川端家に訪れた時、ミチルのお腹にいた子だ。帝王切開を回避して産まれてきた子。もう彼もしっかり者のお兄ちゃんになっていた。
小学二年生の男の子だが、漁師のお祖父ちゃんの影響なのか、男らしく落ち着いた男児だった。
その彼が千歳がひとりで祈っていた大広間に入ってきて、千歳の背後で身をかがめた。
「千歳おばちゃんが来ると、いつもここになにかが落ちてる」
彼が指先でつまみあげたのは『花びら』だった。
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