2.目ざとい男

 水産会社の息子だから、漁師に混じって漁に。それが『真の姿』だからと、見栄えの良いありきたりな見合い写真ではなく、スナップ写真を堂々と出してきたことにも、お祖母様は好感を持ったようだった。

 千歳も、実家の家業会社で仕事をしているので、生産者目線を持っている副社長でもあるようで安堵もしている。


 ふたりだけしか入れないようなこぢんまりとした和室、窓の外にはこれまた小さな枯山水の庭が見える。

 真っ白な玉石の上に、ひらりひらりと蝦夷山桜の花びらが降ってくる。まさに春昼しゅんちゅう、うららかな中、食事が進んでいく。


 品の良い盛り付けに、繊細な味付けばかり。何度か家族で来たことがあるので、今日も食事だけでも儲けものの気分できてしまったが正解だったと、千歳は舌鼓をうつ。

 実家の家業は『製菓会社』。食べるものを扱う仕事のため、食に関しても好奇心は旺盛になる。

 ホタテとボタンエビのお寿司、おいしい……。思わずにっこりしたところで、向かいにいる彼と目が合う。


「ここの海産物、うちのものも多いんですよ」

「そうなのですね。水産会社ですもんね。とてもおいしいです」

「逆に、千歳さんご実家の『荻野』の製菓素材も使われているのですよね。たとえば小豆餡とか」

「はい。ご贔屓いただいております」

「お互いご贔屓のお店ということですね。少しは緊張せずにすみました」

「あ、私は、すでに食べただけで、もうそれだけでしあわせだったりします」


 琥珀の瞳を持つ彼が目元を緩めた。


「俺もです。ですから、おいしいものを一緒に楽しめる方でほっとしています。おなじ食品会社だからでしょうか」

「そうですね。食べるものへの好奇心はやまないですね。これは育ちだからでしょうか」

「それもわかります。特に生産者と料理人の腕があってこそですから、なおさらに丁寧に味わっていきたいですね」


 あ、大地や海などの自然からいただいているものだとわかっている人だ。

 自ら漁船に乗っているのならば、漁業現場の様子など把握することができる人とも言えた。


「朋重さんは漁船に乗られるのですね。お写真を見てびっくりしました」


 彼が照れくさそうに頭を掻いて一笑する。


「生意気にあんな写真をお届けして申し訳なかったです。船に乗るのが好きなものでして。今日はよそ行きの格好をしていますが、仕事柄、船に乗ることもありまして。その時の姿のほうが、自分に近いと思っています」

「いいえ。かえって、祖母が潔いと好感を抱いていたようです」

「え、荻野のお祖母様が。それは光栄です。いまは会長をされていますよね。荻野のお家は女性が継がれることが多いと聞いています」

「長子相続と決められていて、何故か長子に女児が生まれることが多い家系のようです」

「千歳さんも女児長子だったということなのですね。でも、千歳さんの一代先、現社長はお父様で、男児長子だったということですよね」

「たまに男児も長子として生まれるみたいです。父が久しぶりの男児長子だったらしいです」

「女児でも男児でも跡継ぎとされているのですね。男女平等が根付いているんですね」


『お凌ぎ』の寿司から、『椀もの』、『向付』の刺身と和食コース料理が続いていく。

 ひとまずの会話ができてホッとする。しかも千歳から考える間もなく、彼から軽快に話題を繰り出し会話を進めていく。

 正面にいる彼は絶えず微笑み会話を続けているが、食べ方は綺麗で行儀作法も完璧だった。

 これがお祖母様がいうところのお育ちなのかと、千歳は感じ入る。


「そのお父様がいまは、『荻野製菓』の代表を務めていらして、千歳さんも弟さんもご実家経営の会社にお勤めと聞いています」

「はい。弟とともに企画部門に配属されています」

「企画。お店に並んでいる荻野のお菓子の新商品を考えられているということですか」

「そうですが。企画部も細かく別れています。荻野を支えてきた主力商品の品質維持、商品改良を担うチームは『荻野の味を変えない、落とさない』を使命としています。荻野を長く支えてくれたベテラン社員が牽引していき、味の継承を担ってくれています。私と弟はその逆で『進化する新商品を生み出す』というチームにいます。そこで弟と……」


 あれ。いつのまにか仕事の話になっている――と我に返ったが、自分がなんの仕事をしているかという話題に、栗毛の彼がわくわくした様子で頷いている。一瞬言葉を止めてしまったのだが、彼が『それで、弟さんとどのようなことを』促してきた。


「もちろん。荻野の商品として保ちつつ、いままでにない商品を企画するということになっています」

「最近ですと。どのような商品を生み出されたのですか」

「トマトジャムですね。スマート農業で栽培したトマトを使用したものです」

「え、あれ。千歳さんと弟さんの企画でしたか。果物のように甘いトマトのジャムですよね。あれ、用途高いですよね。俺、オススメの食べ方にあった『トーストしたバケットに、オリーブオイルとブラックペッパーとトマトジャムのトッピング。ブルスケッタでどうぞ』というものを試したのですが、新感覚かつ美味でした!」


 わ、きちんとお見合い相手会社の商品を把握してきていると、千歳は驚く。すごく細やかでマメな人かもしれないとも思えてきた。


「召し上がってくださって、嬉しいです。ありがとうございます」

「で、ですね。それを試して自分も閃いたんですよ。これ、カルパッチョのドレッシングソースにもできるよなあっと。試したらバッチリでした。甘みも強いですがトマト特有の酸味もあり、なんと言っても『旨み成分』もかんじられるものですよね」


 味覚も凄いかもと千歳は目を丸くする。でも、そうして活用して食べてくれることの嬉しさもわき上がる。


「そうなんです。甘みを重視して、酸味よりも旨みを気にして栽培したトマトです」

「それは徹底管理した『スマート農業』だからこそできたということですか」

「一定の成果があった、という言い方に留まります。なので、商品説明に『スマート農業で栽培』と記していますが、まだ大々的にはキャッチコピーとしては使えないと判断しています」

「ですが、商品を前に押し出すのは『商品名』ですよね。パッケージと商品名の愛らしさで、まず親しみを持ってもらうことで呼び水とし、今後の販売に繋げるということもできますし」


 この人。ビジネスマンだわ。千歳は痛感する。一緒に仕事したいと思える人だと感じられた。

 彼も突然、はっと我に返った顔になる。


「す、すみません。調子に乗って、そちらの会社で決めて売り出されていることなのに」

「いえ、弟と四苦八苦してやっと商品化できたものだったので、そこまで商品のことを気にかけてくださって嬉しいです」

「スマート農業ですか。やっぱり一定の成果という段階なのでしょうか。自分もスマート漁業に興味があったものですから。AIやICTなどのデジタルで徹底的に管理をすることと、人間が培って継承してきた技能や職人的勘とでは、細やかな変化に対応できるのはベテランの人間ではないかという思いが捨てきれません」

「ですがAIを活用して行くには、それまで人間が培ってきた情報も必要です。スマートとパーソナルの双方を合わせていくことが、スマート農業だと思っています」

「なるほど! 興味が湧いてきました。農業と漁業の違いがあるかもしれませんが、その時にはアドバイスをいただきたいです」


 彼が嬉しそうに満面の笑顔を見せてくれる。その屈託のなさそうなきらきらっとした笑顔。ああ、この人、仕事人間だ。しかも漁業大好きなんだ――と千歳は悟る。


「弟が農業専門なんです。そちらの管理については弟が詳しいので、彼に伝えておきます」

「弟さんが専門なんですね」

「おそらく、朋重さんとおなじように、生産者としての現場が好きなんだと思います。それに、弟は妙に自然に対して勘が鋭いといいますか……」


 神様の夢も見られなかった弟だが、ご先祖様からなにかしらのご加護をいただいているとすれば、自然と融合しているような勘だった。それがスマート農業にチャレンジしつつも、弟の技能と知識と自然を肌で感じる能力で成果が出たと、一緒に企画を推進してきた姉はそう感じている。


「そうですか。弟さんにも是非お目にかかりたいですね!」


 そんな仕事の話ばかりなのも、家業重視の家同士が決めた見合いらしさかもしれなかった。

 なのに。良く喋っていた彼が急に黙り込んだ。手元の料理がひとつ終わり、仲居が下げていき、次の料理が来るまでの間。

 向かいの彼がそれまでとは違う眼差しを見せる。今度は千歳をじっと見つめて、意味深な微笑みを口元に浮かべている。

 爽やか快活という安心できる雰囲気から、そう、男の匂いを急に放ったような目つき。琥珀の目、その目元から色香もほのかに漂い始めたような……。


「千歳さん。口元にほくろがあるんですね」

「え、はい」

「首元にも。俺の記憶だと、お父様もほくろが多い、お祖母様もかな。千歳さんを見て初めて気がついたんですけれど。これもお家柄なのかな」


 目ざといな。口元には小さいが真っ黒な黒子が、首元にもぽつんとひとつ黒子ほくろがある。千歳はそこを指先で触れる。安心感を抱いていた男に急な不安を覚えた。

 父は頬と手の甲に。祖母は額の真ん中と、耳朶に、目立つ黒子がある。黒子が多い体質は遺伝なのかどうかわからないが、確かに荻野の特徴のようになっている。


「口元のほくろは、一生食べ物に困らないとか。なるほど。荻野の後継者として選ばれて生まれたということなのでしょうか。興味深いです」


 狙いを定められた。身体全体で、女の感覚でそう感じた。彼の視線に囚われる。

 『いいじゃないか。お決めなさいよ』

 祖母じゃない。そんな声が脳内に響いた。時々聞こえる福神さまの声?


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