食べる魔女の婿取り物語

市來 茉莉

食べる魔女の婿取り物語 ◆ 本編

1.家が決めたお見合い

 家が決めた男性とお見合いをすることになった。

 千歳ちとせは跡取り娘のため、婿入りしてくれる男性との結婚を『家』が望んでいる。

 その婿殿候補と見合いをするのだ。


 千歳ちとせの実家家系は『長子相続』と決まっていて、その長子に生まれついた。

 何故か長子は女児が生まれることが多く、女子が相続してきた女系家系とも言われている。


 余所様にはおかしいと思われるかもしれないが、千歳ちとせの実家の家督を継ぐ者は『不思議な夢』を見たりする。

 その摩訶不思議な言い伝えは、曾々祖母から始まっており、長子に産まれた女子がその夢を見ることがほとんどで、大事なものとして継承されてきた。


 千歳がその夢を見たのは小学生の時だ。祖母に告げたことで、千歳は五代目の跡継ぎとして育てられてきた。

 故に婿取りをしなくてはならないのだ。

 

 二十一世紀にもなって『そんな不確かな』と世間様は言うだろうと、千歳も思う。

 だが『荻野おぎの家』の一族の中では、無碍にできない家訓のようなものになっている。



 今日はそのお見合いの日。一家長老である『祖母』のお眼鏡に適った男性と対面する。

 抵抗する気などまったくないし、恋をして結婚したかったなんて願望も元よりない。そんな家で育ってきたからだ。

 だからとて、見知らぬ男に対面するのはやや緊張する。


 おそらくだが、決まるだろうな。結婚……。千歳はそう感じている。

 両家ともに本人たち以外の家族間では『合意』が成されているようだった。

 既にビジネスでの提携の見通しまで話合っているとかいないとか。両家ともに双方の家または会社に欲するなにかがある様子だった。


 桜が咲き始めた時節で、小さな料亭の玄関には、蝦夷えぞ山桜の濃い桃色の花びらが落ちていて美しかった。

 それだけで千歳の気分が清々しくなる。


「なんとなく、いいかんじ……」


 お相手は道内有数の水産会社の次男。父親が会長となり、彼の兄になる長男が会社を引き継ぎ社長に就任。同時に、弟の彼が副社長として右腕となりサポートしているらしい。


 あちらもお相手には慎重になるお家柄。千歳とおない歳の三十歳。


 祖母の眼鏡に適った経緯も印象的だった。

 見合い写真を祖母と父と母が眺めて『はい、駄目』、『これも駄目』と右から左へとぽいぽい流して返却していくこと数年。

 ついに白羽の矢が立った男が現れる。しかも地元有数の水産会社の次男。実家の釣り合いもよし、家業の業績およびイメージもよし、家同士が繋がるメリットよし、婿養子としての条件『長男に非ず』よし!


 また見合い写真がめちゃくちゃ変わっていた。

 よくあるスーツを着て写真館できちんと撮った写真ではなく、『真の自分の姿です』と届けられた写真はスナップ写真で、漁船に乗っている姿だったのだ。長く伸ばしている栗色の髪、無精髭の顔。目深に被っているスポーツキャップ、長靴に黒いウィンドブレーカーという男臭い漁師スタイルだったのだ。

 千歳ではない、長老となる祖母が『あ、いいね。この子がいい』と一目見て気に入ったようで『千歳ちゃん、この男性にしなさいな』と告げられる。

 お家のために決められ押し付けられる結婚相手。億劫だな……となるところ、実は千歳も『あ、ほんとうだ。いいかも』と思ったことは、お祖母様にも知られまいと胸に秘めておくほどの好感度はあった。


 ワイルドな男性の容姿には、もうひとつ特徴が。

 栗色の髪に透き通った琥珀の目。日本人離れした美麗な顔つき。

 彼のお祖母様が元々カナダ人で、彼はクォーターになるのだとか。

 千歳よりも、長老の祖母がすっかり乗り気だったので、誰も逆らえない。

 その男性と神宮近くの料亭で会うことになった。



 緑溢れる北海道神宮がある街『円山まるやま』。そこにある小さな料亭で彼と会う。

 よくある世話人同席ではなく、本当に二人だけで店で待ち合わせる形になった。

 曾祖母の代からある着物を着る……となりそうだったが、『千歳ちゃんが好きなお洒落なお洋服でいいじゃないの』と祖母が言ってくれた。元々そのつもりだった千歳はほっとして、いつもよりハイブランドのシックな紺色ワンピースで出向いた。


 着物姿のスタッフに奥の部屋へと案内をされる。

 あのワイルドな見合い写真を『真の姿』として堂々と渡してきた男性が、この部屋に……。さすがの千歳もドキドキ緊張してきた。

 部屋のふすまが開くと、彼はもう畳の部屋に置かれているテーブルに着いていた。


「お待ちしておりました。千歳さん」


 そこに。ワイルドな漁師のような男はいなかった。

 紺のスリーピーススーツに、清潔感ある白シャツ、大人っぽい銀鼠色のネクタイ。上品で利発そうな顔立ちで、栗毛は長髪ではなくビジネスマン風に綺麗に整えている男がそこにいた。

 彼から正座のまま、膝を入り口に向けお辞儀をしてくれる。


「初めまして。浦和うらわ朋重ともしげです」


 漁師姿の写真をみた時よりも、ずっとクォーターらしい顔立ち。なのに、仕草とお行儀は日本人、名前もばっちり日本男児だった。


 千歳の脳裏にお祖母様がはしゃぐ声が蘇る。

『千歳ちゃん。お祖母ちゃまがピンときた男がイケメンってラッキーでしょう。これ千歳ちゃんの福神様がつれてきた男だと祖母ちゃんは思うのよ』

 それぐらい美麗な男性が目の前にいる。あのワイルドさはいったいどこに?


 荻野家長子が跡継ぎとして見る『不思議な夢』は、『神様』が出てくること。

 千歳の神様は、海辺に浮かぶ福神のような神様だった。

 その神様は彼のことをなんと思う?

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