21.縁切り仕事
芽梨衣の身柄を引き受けた千歳は、その後すぐに教育係として補佐についてくれている細野に指示を出した。
荻野と縁続きになっている中から、衣料関係の事業所をピックアップしてくれと。
教育係の細野は、常に冷淡な表情をしていて感情を露わにしない。伝達も無感情なもので、ひとことで言うなら『事務的』な男だった。
だが千歳に不利益になることを決して見逃さない。千歳が若い分、間違った方向に行こうとしていたら、叱責してでも阻止してくれる。そんな男だ。
その男が千歳が示した方針に反対をせず従ってくれたので安堵する。
さて――。細野がどのような衣料品店やアパレル業者をピックアップしてくれるか、千歳は待つことにした。
その直後だった。千歳が眠っている間に、いままでにない光景の夢を見た。
ここ最近、福神様は石狩の海でうろうろされているようで、千歳が夢で見かけると、海上でのんびり
この夜も海上散策をしていたようだが、見慣れてきた石狩の海ではない、見知らぬ海辺の集落周辺を見下ろしていた。
海辺の集落が月明かりで照らされている光景を、千歳も夢の中で、福神様のそばで見下ろしている。
今日、見ているこの夢は、またどんなお告げの夢? どんな意味があって、神様は私にこの夢を見させているの? 訝しく思っていたその時。穏やかな月明かりに静かに照らされていた海辺の集落から閃光が放たれた。
なにかの爆撃を受けたかのように海辺の集落には閃光の輪が広がり、爆風に晒され、光の柱が天へと貫いていたのだ。
その夢を見ている千歳も、実際に爆風を感じ、長い黒髪が激しく風に流された。
そのそばから声が聞こえた。
『うわー。縁さんの爆撃、ひっさびさに見たわー。諸悪の根源周辺のみで最小限に努めるとか言っていたのに。あれで最小限? いやいや、けっこう悪い気がはびこっていたのねー。あらー、でもこれで安泰だわね~。ちょっと損した部分もありそうだけれど、これで婿殿の母上は安心だわね~』
光の爆撃を眺めていた福神様がそばにいたが、千歳は話しかけられなかった。いつもそうだ。でも福神様は千歳を見て、普段通り余裕のにっこり顔を見せてくれる。
『きっと千草さんもおなじ夢を見てるはずだわ』
持っていた扇子を広げて、福神様は口元を隠しながらも『おほほ。あのあたりの親族、滅びないといいわね~』とくすくすと笑っている。だが目が意地悪く光っていたのだ。自分の欲だけを先行し縁をつぶしてきた人々への制裁とでもいいたそうだった。
『ほら。縁さんがお帰りだわよ』
光の柱が昇った海辺の集落は、特に破壊された様子もなく元のまま。月明かりが優しく降り注ぐ穏やかな海町のままだった。
だが海辺の上空には、和風装束をまとった男性が浮かんでいたのだ。
後ろ姿で顔は見えなかった。高貴そうな紫の着物で、遠目にも気品に溢れている。でも……。千歳には冷気も感じたのだ。
『ま、お力が強いからね。でも、そんな怖がらなくても大丈夫よ』
近づくことも畏れ多く感じるほど。でも、どことなく、祖母とおなじ気高さを感じ、親しみも湧いた。そんな不思議な感情が入り交じるお方だった。
彼はこちらに気がついていたのかいないのか。一瞥することもなく、海のかなたに消えてしまった。
『あとはあの子をきちんとしたところに置かないとね。あれ、縁さんから私がひきとったお情けだったんだからね。こちらの件は私と千歳でなんとかするよ』
そこで千歳ははっと目が覚めた。
珍しく寝汗でびっしょりになっていた。
今夜は朋重が来ていない夜で、ベッドには千歳ひとりきり。
息を整えながら、額の汗を手の甲で拭った。
「浦和のお母様。ご実家と縁がきれちゃったのかな……」
ご自分の故郷と結婚前のすべてを失ったのかもしれない。
でも結婚後に繋がったご縁で家族を築き上げてきたお方だから、これからも、お優しいお母様として穏やかに過ごしてほしい。千歳はそう願う。
そして自分も朋重と一緒に労っていこうと思えた。
その夢を見た朝だった。出勤準備をしていると祖母から電話がかかってきた。
もう鍵を持って家を出ようとしていた千歳だが、スマートフォンを手に取り電話に出る。
『おはよう、千歳。出勤前にすまないね』
「おはよう、お祖母ちゃま。まだ大丈夫よ」
祖母と孫娘の間で、一瞬だけ沈黙が漂った。
でも互いにわかっている。きっと同じ夢を見たからなのだろう。
『昨夜、見たのだろう』
「うん。初めて、お祖母ちゃまの神様を見られた」
『私もだよ。千歳の福神様にお目にかかれたね。でも、遠くて近づけなかった』
「私も……。でも、聞いていたとおり。お祖母ちゃまの縁の神様、すごかったね。あの集落のあたりが、朋重さんのお母様のご実家周辺ということよね。調査書にあったご実家あたりの地域に見えたんだけど」
『ああ。縁神様が、浦和のお母様からも縁切りの意志を確認したようで、手を下されたようだよ』
千歳も、朋重から聞かされていた。
『母はもう、実家と縁を切ってくれるなら是非そうしてほしいと言っている。私の家族は浦和だけ。俺もあまり記憶にない祖父と今後も会えなくなってもなんとも思わない。父と兄からは、母を一度も助けなかったし、紹子伯母と継母の言いなりになって彼女たちを優先に守って、断罪せずに放置した張本人だとも言っていたから』――と。浦和の義母が子供だった頃は父親が裏切ったのだろうが、いまは義母から父を捨てるという決断をされていたようだった。
だから。昨夜ついに、縁神様が縁切りを行ったとのこと。
祖母がさらに縁切りの範囲について教えてくれる。
『あのあたりの網元の家系だったらしいよ。でもこれでもう、断絶かもしれないね。紹子さんは血縁ではないのだし、後妻さんは朋重君の祖母でもないからね。後妻さんのいいなりになった旦那さんが実の娘をないがしろにした、成れの果てだよ。ご当主だったお祖父様とその親族はもう、この先、発展はない。浦和には血縁の孫、朋重君と兄の秀重君がいるからとて、もう頼ることもできないよ。ただ……。あの集落に残っていた朋重君のお母様の幼馴染みや同級生とも縁が切れてしまったかもしれない。だが、年賀状で挨拶する程度だったと思うよ。お母様はこれからは家族で繋がる縁、子孫が運んでくるご縁で穏やかな老後を過ごしていけるだろうね』
これで朋重の母を苦しめていた悪縁は絶ちきられ、なおかつ、浦和の会長夫人と縁ある親族だからと、不当に受けていた恩恵ももう受けられないだろうとのことだった。
『それにしても。お祖母ちゃまも初めて知ったけれど。千歳の福神様は大胆なお仕事をなさるのね』
「え、大胆なお仕事? まあ、アグレッシブだなと感じることは多いよ?」
『縁神様がおっしゃっていたわよ。自分は縁を切ったり結んだりをするけれど、あの福さんは、鋭い勘をもっていらっしゃって結んだら最高の縁と、切らねばならない悪縁も見つけてきて呼び込んでしまうから油断がならないって。でも結んだら最高、切っておけば安泰というものを、なんとなく運んでくるらしいわよ』
「そうなの? 気がつかなかった。ただ、おいしいものが大好きで、食いしん坊なだけなのかなって」
『千歳の大食いは、その神様とシンクロしているのかしらね』
「伊万里ごと、大食い姉弟にしちゃったってこと?」
『おいしいものを探し当てそうな姉弟にしたのかもね』
なにそれ。おいしいもの捜索先鋒隊みたいに使われているのか、私たち姉弟は――と思ってしまった。祖母も『ふたりもおいしいものレーダーがあったら確率高そうだものねえ』と楽しそうに笑っていた。
また近いうちに実家で食事をしましょうねと祖母と約束をして、会話を終了した。
それからしばらく経ったころ。
出勤をすると細野がピックアップを済ませて資料をまとめてくれていた。
また千歳は会議室に籠もって、細野が集めてきてくれた『荻野と縁がある衣料品店』を確認する。
祖母の神様は縁切りで収めた。千歳は残った芽梨衣をどこかに収める。それが『縁結び最後の仕事』だと挑む。
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