16.ちぃちーちゃんのお墨付き
なにかあると『ダメ』と知らせてくれるちぃちーちゃん。
弟が持ち込んでくれたサンドでランチ会の中、千歳は木乃美の父親、長谷川社長とカフェ二次会をした時に起きたことも伝えた。
「え~……。常太郎パパ、荻野のご加護のこと信じてくれていなかったんだ~」
「千歳さん、妊婦さんなのに、父が食事会のあとに連れ出していたなんて。それも、理解したふりをしていたお家のこと、お姉さんに問い詰めていただなんて申し訳ありません」
愛娘の婚約者として望まれていた伊万里ではあったが、実家の不思議な家訓やしきたりのことは義父が疑っていたことに、しょんぼりしていた。
「でも。ちぃちーちゃんが導いてくれたカフェに巡り会った不思議なご縁に感銘してくれて、ひとまず信じると言ってくれたの。それって。ちぃちーちゃんのおかげってことになるでしょう」
ごぼうサラダサンドを頬張りながら、千歳はお腹を撫でる。
伊万里も木乃美も、若者向けカフェへ入店することに『ダメダメ』とお告げがあり、説得力があるカフェに足が向くようにしてくれたことで、長谷川社長の疑いが軟化したことを知り安堵している。
さらに千歳は、母の凛香が妊娠中に胎児だった千歳が話しかけたことも伝えた。
「うっわ。うちの母ちゃん、なんか不思議発言ばっかするじゃん。それなりになんかの力を持ってるってことなん!?」
さすがに伊万里も信じがたいといわんばかりの驚きを見せた。
弟の気持ちがわかるので、千歳もため息を吐いて返す。
「そうなんだよね。お母さん、天然っていうか、変なことばっかり言いだすでしょう。私もその類いかと思ったんだけれど、自分が妊婦になって母親と同じ体験しちゃうと、お母さん自身が聖女さんのご加護を受けてるんじゃないかって最近は思ってるんだよね」
「長子が男児だったら、加護のある女性を引き寄せるってことかな」
「朋重さんもそう言っていたの。だから、どちらが生まれても、きっと荻野らしい子が生まれるって、不安になっている時にそんな考えで慰めてくれてね。自分でいうのもなんだけれど、ほんとうに神様が付くのかしら、とか、神様付の長子を育てられるのかとか思っちゃってね」
また千歳がため息をほうとついて肩を落とすと、伊万里と木乃美も心配そうに顔を見合わせた。
「姉ちゃんは、長子のプレッシャーを子供のころから受けてきたもんな。神さんがついていて、それを人に隠して、でも夫には理解してもらおうと戸惑いながらの見合いと結婚だったんだもんな……。俺も、神さんはついていないけれど、理解しがたい荻野の家訓にしきたりのこと、木乃美がどう受け止めるかすごく緊張していた。きっと姉ちゃんは常にこんな状態だったのかなと初めてわかったんだ」
長子でなくとも、家の事情を結婚したい女性に伝えるのは、伊万里もかなり思い悩んだ様子。それだけ、木乃美に対して真剣だったということが窺える。
姉の千歳から見たら、弟はいつまでも小学生ころから変わらない無邪気な弟だったのに……。しんみりと語る弟は、今日は頼もしい大人の男。いや、最近、婚約したからなのか、木乃美のために落ち着いた男になろうと努力している様子が伝わってくる。そのおかげなのか、木乃美からも絶大な信頼を得ているようで――。
「私は、朋重さん同様に、信じていますよ。父もその片鱗を目の前で体験して信じ始めていると聞かせてもらい、安心しました。長子ちゃんが生まれてくること、私も楽しみです」
木乃美らしい素直で優しい微笑みに、荻野姉弟はほっと胸をなで下ろす仕草をそろえてしまうほど。千歳はいつも木乃美さんって癒やされる~とほっこりさせてもらっているのだ。
「ねえ、姉ちゃん。その古民家カフェ、俺にも教えてよ。木乃美ちゃんと行きたい」
「いいですね! 私も父が気に入ったお店なら行ってみたいです。お聞きした限り、雰囲気も質も良さそうですもん」
詳しく伝える前に、千歳から聞きかじっただけの内容で、伊万里は先にめぼしい場所をスマートフォンで検索しはじめる。
祖母お気に入りのフレンチレストランから徒歩でいける範囲なので、伊万里もそこまではささっと調べられるようだった。
だが千歳が詳しく伝えようと口を開く前に、伊万里がスマートフォンの画面を眺めながら、なにかに気がついた表情を見せた。
「あれ? 姉ちゃんが言っていた常太郎パパが先に目星付けていたシアトル系コーヒーカフェって、レストランからすぐそこの店?」
「うん、そうだよ。長谷川社長がレビュー点数もよくて、いまふうのお洒落カフェだから、若い私たちに合うだろうと調べてくれていたの」
「……閉店してるみたいだけど」
千歳だけじゃない、木乃美も眼鏡の奥の目を見開き、今度は女性ふたりそろって驚きの顔をそろえていた。
「うそ! だって、お食事会で集まったのは、ほんの二ヶ月ぐらい前だったでしょう。その時も若い人ばかりだったけど、お店の様子は盛況という感じだったわよ」
「う~ん。高レビューが目立っていたみたいだけど、数少ない低レビューをみると『見せかけレビュー』とか『掃除が行き届いていない部分がある』とか『客層が若いせいとはいいたくないが、マナーがなっていない客が目立つ』、『店内がうるさい』とかあるね。『コーヒーの質もいまいち』だってさ。意外と数少ないこっちが真実かもな。若い人ってネット慣れしているから、こっちは客層が若い分ぽんぽんレビューが入っていただけかもしれない。若い子がわざわざ地味な古民家カフェとかいかねーじゃん」
千歳はまた呆然とする。何故かこんなときになって、お腹の中の子が元気いっぱいに千歳のお腹を蹴ってくる。
まるで叔父ちゃんが見つけたことに同意して反応しているような、喜んでいるような?
「伊万里の報告に反応するみたいに、ちぃちーちゃんが動き回ってるんだけど……」
「あー、なるほど! もしかしてちぃちーちゃん、ダメな食べものはダメってわかるんじゃねえの!」
「あ、そうかも、ですね! きっとコーヒーが美味しくないからやめておけと知らせてくれて、それで熟練のバリスタさんがいる目立たないけど名店のお店へと誘導してくれたのかも。しかも荻野とご縁があるの。しかも私の父が信じられるお店……。すごい!! 荻野のご加護さんが引き寄せるものってこいうことなんですね!!」
父が体験したことって、こういうことだったのかしら――と、また木乃美は眼鏡の奥の瞳をきらきらと輝かせて感激している。
そんな彼女の横で、伊万里は神妙な面持ちでさらに分析を続けた。
「さっき姉ちゃん言っていたじゃん。店の窓にべたべたと熱弁をするようなチラシを貼っていたんだろう。あれって、低レビューに対する言い訳だったんじゃねえの。特にコーヒーの質がわるいって。2丁先に、知る人ぞ知る高齢バリスタが経営する上質カフェがあることだって知っていただろうしさ。若い客層しかいなかったのも、結局は中年層を向こうに取られちゃっていたってことだろう」
伊万里の分析にも千歳は唸る。
確かに。お洒落な壮年男性が『客層ってあるね。自分はマスターのお店が落ち着く』と言っていたことも思い出す。
「常太郎パパが気に入るのなら、よっぽどの店だろう。よし、木乃美ちゃん、明日行ってみよう」
「ほんとうに? 楽しみ!! 父が気に入ったなら間違いないもの!」
そこで婚約者同士でいちゃいちゃとひとつのスマートフォンを覗いてはしゃいでいるので、千歳はそっと目線を外して、ひとりで野菜ハムサンドを頬張る。
だが伊万里が最後に呟いた。
「ちぃちーちゃんのお墨付きなら、間違いないな」
すっかり、私の子が信頼されちゃったみたいなんですけれど?
でもお腹の子がまた、叔父ちゃんの声が聞こえているのかぐるんぐるんと動くのがわかった。嬉しいのかな?
きっともう。あなたには神様がついているよね。神様が教えてくれたんだよね? 出産間近、子供が夢を見たと教えてくれるまでがとても待ち遠しく思える千歳だった。
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