24.ハマナスの祝福


 賑やかな一日を終え、千歳は朋重と娘達と共に、神社ちかくの別荘へと帰宅する。

 夕の色合いが薄れ、海に夜の帳が下りてくる。白い風車もゆっくりと回って、その上には薄い夜空に星が輝き始めている。


 石狩別荘のリビングから見える海を眺めて夜を迎えるのも、もう何度目か。


 いま、朋重と娘たちが揃って入浴中。千歳はひといきついて、リビングのソファーで夜を迎える海の移ろいを静かに眺めている。安らぐ光景に、いつの間にかうとうとと微睡みはじめていた。



 夜を迎える浜辺に、福神様と保食神様が並んで微笑みかけている。

 ひさしぶりにお二人が一緒にいるところを見られて、千歳も嬉しくなって手を振っていた。


『彼女に任せましたからな』

『よろしくね』


 浜辺の波打ち際、さざ波の潮騒の中、福神様が千歳へと告げる。


『私たち餡子あんこ同盟を組んでるのよ。荻野の餡子が美味しいと聞きつけて集まってきたんよ』


 餡子同盟?

 千歳きょとんとしたままでいると、いつかと変わらずに黒髪の女神様はくすくすと静かに笑っているだけだった。

 さらに福神様は急に真顔になり、千歳へと険しい眼差しを向けてきた。


『集まってきた私たちはね、紡いできた美味、それを守る気概がある者に〈さらに守れるように協力〉するだけなんよ。真摯に守ってくだされ。私たちがいなくなった時は、荻野が万民に背を向けた時――。覚えとき』


『わかりました』と千歳は心で呟き、おふたりにむけて神妙に頷き返した。


『今日も私たちの好物をありがとな。皆で堪能いたしましたからな。千歳に福あれ』


 時に見せてくれる頼もしいおじ様のお顔になった福神様を見て、千歳も子供のころからの変わらぬ気持ちで微笑みを見せる。


 その時だった。おふたりが『そおれ!』と両手をいっぱいに広げて、なにかをまき散らしてきた。


 なにを投げつけてきたのかと一瞬は目を瞑ってしまった千歳だったが……。そっと目を開けると紅の花びらがいっぱい、自分の頭上から降りそそいでいる。

 群青色の夜の浜辺、そこに紅色の花が千歳に降りそそぐ。


 ハマナスの薫りに包まれる――。

 やっぱり。今日、川端家に遊びにきていたんですね。忘れ物は、あなたのものだったのですね! 花びらに包まれて、千歳は保食神様へと心から問いかける。

 白い衣をまとった黒髪の女神様が優しく千歳に囁いた。


『縁深き者たちに幸あれ。千咲のことは任せてくださいな』


 よろしくお願いいたします。娘のこと。

 言葉を発することができない千歳は、ただただ深く一礼するのみだった。


ママ――。

お母さん――。


 愛らしい声にはっと目覚める。

 リビングのソファーで座ったままだった。目を開けると海はもう漁り火だけが見える暗闇に包まれている。


「ママ、どうしたの。これ」

「お母さん、どこかにお散歩に行ってたの?」


 娘たちが千歳の頭や足下、そして座っているソファーのそこらに紅の花びらが散らばっているのを見つけて、小さな指でつまんでいる。

 千歳はまたもや驚いて、ソファーに座ったまま飛び上がる。


「え、うそ。なにこれ。夢……で……。え!?」


 ラフな格好で風呂から上がってきた朋重もやってきて、花びらを頭から被ったようにソファーに座り込んでいる千歳を知りギョッとした表情を見せた。


「うわ。どうしたんだよ。なんで花びらがこんなに散らかっているんだ。千歳、散歩でもしてきたのか」


 娘と同じ事をいいながら、彼も花びらをつまみあげた。

 だが千歳が茫然としている様子を知って、彼が訝しそうにしながらも、ふと考え込むようにして、つまんだ花びらを見つめる。


「ハマナス……。今日は神様のお花見。御礼の花かな」

「そ、そうみたい。御礼だって。幸あれって言ってくれていた」


 朋重がふっと口元を緩める。動揺はもう見せようとしない。彼はもう『妻に不思議なことが起きたら、それは神の仕業』と気がつくことができる人になっているのだ。


「パパ、かみさまのおれいってなに」

「今日、ひぃばあちゃまも言っていたね。神様もパーティーをしているって。そのこと?」


 娘たちの無邪気な問いに、麗しい琥珀の目を輝かせるパパが優しく教えてくれる。


「そうだよ。荻野のお菓子、浦和のお魚、長谷川のお肉、川端漁師さんのお料理。それを集めると神様が集まって、ここで宴会をしてくれるんだよ。だから時々集まって、皆で神様とご馳走を食べるんだ。これはその御礼がママに届いたんだな。きっとそこの神社の神様だ」


『そうなの!』――と、娘たちはそろって目を大きく見開いて、またまじまじと紅の花びらを見つめている。


「このお花を集めよう。お皿にのせて眠る時にそばにおこうか。いい匂いで眠れるかもな」

「おはなのかおりで、ねるの!」

「素敵!」


 パパと娘たちが、千歳のまわりに散らばっている花びらを集め始める。

 次女の千里がちいさな身体をまるめて一生懸命に集めている姿をみて、千歳は驚きの衝撃からふっと心がほぐれてくる。

 栗毛のパパとお姉ちゃんの千咲は、お洒落なガラスの器を一緒に選んでいる。夫も娘たちも、千歳の身になにが起きても、日常の一コマのようにして自然に一緒に過ごしてくれている。この幸福な一瞬を、福神様が見せてくれた気にもなってきた。


 ガラスの器にハマナスの花びらが集まる。その器を持っている千咲が、朋重を見上げて呟いた。


「お父さん。今日はご馳走の日だから、千咲のところにも、神様が来てくれたの?」

「うん。そうだな。神様に会えたら、御礼を伝えてくれ。千咲」

「わかった。今度は、千咲もサクサクパイ持っていく」

「これからは千咲のお役目にしようかな」


 こうして朋重も父親として『自然に』、娘と神様を日常のものとして包み込んでくれることだろう。


 千咲は今日、跡取り長子のお役目を授かった。

 喜ばしいこと半分、小さなこの子に大きな責任が与えられたこと半分。


 千歳も手のひらに残っていた花びらを握りしめる。

 その花びらの薫りを鼻先で吸い込んで、穏やかな心で思い描く。


 この子も私とおなじ。

 神様をそばに、きっと楽しく、そして自分に胸を張れる道を生きていける。

 素敵なご縁に恵まれて、囲まれて、相棒の神様としあわせに生きていける姿がうっすらと見えてくる。


 ね、福神様。私と貴方がそうでしたもんね。


『そのとおりですな。安心したまえ!』


 一瞬だけ、彼の声が聞こえた。




続編:食べる魔女の跡取り事情(終)




ここまでありがとうございました!

続きができましたら、またいつか!😇💀👰‍♀️👸  


次回連載作は、同シリーズの第4話『マザコン婚にも福がある』のファイナル編です。第1話『微笑まないあなたのそばに』の自衛官チームも再登場。


※『マザコン婚にも福がある』

https://kakuyomu.jp/works/16817330652056362933(ヒロインの勤め先が荻野製菓。荻野姉弟と朋重も登場。自衛官要素あり)


※『微笑まないあなたのそばに』

https://kakuyomu.jp/works/16817330651276472037(自衛官の恋)


※シリーズ目次

『今日から恋、明日から愛 -北の恋・オムニバス-』

https://kakuyomu.jp/users/marikadrug/collections/16817330651429668440



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