4.初デートは漁船……
『神さん』に委ねるしかないか。
ただし、この神様『事を起こす』時、千歳を変に動かすときがある。とある条件が揃うと……。とある条件も千歳が『もしかして』と思っているだけのことなのだが。
彼も千歳も互いに札幌市内で独り暮らしをしている。
千歳はJR近郊のマンションに、彼は浦和水産の本社がある神宮近くのマンションに。
だが千歳の週末は、祖母や父とその一週間の振り返りなど、出来事の報告などをするため、本家実家に帰宅することが多い。
その実家が彼のマンションの近所。今日は実家まで彼が迎えに来てくれた。
さすが副社長。高級感ある黒のSUV車でやってきた。
「石狩からオロロンライン沿いへ向かいますね」
彼の車が石狩市を目指す。
五月晴れ。札幌郊外へ車は走り抜け、石狩へ。ひところすると、風力発電の風車が見えくる。真っ白な風車が青空に映えている。石狩地方にはこのような風車がところどころ見られる。
大きな石狩川を渡って、北海道地図でいうところの西側、日本海を北上する海岸線『オロロンライン』を辿っていく。この道の先は稚内まで続いている。
爽やかな気候になってきたからなのか、彼が運転席の窓を少しだけ空かした。
そこから入ってくる風が、彼の栗毛をなびかせる。
サングラスをしているので目の表情はわからないが、今日も口元には微笑みが絶えない。
彼も爽やかそのもの。カジュアルなストライプのシャツとベージュのチノパン。まくった袖から見える腕は筋肉質だった。
クォーターのキラキラしたオーラを感じると、この人、絶対にいままで女性が放っておかなかったよなと思わずにいられない。
父親がハーフで、兄もクォーターになるのかと改めて気がつく。
外から見える『お家』の姿はよくわかるのだが、プライベートの部分、どんな家庭か家族かはまだわかっていなかった。
そうして黙っていると、運転席にいる彼の視線に気がつく。
また彼から話しかけてくれる。
「ストライプのシャツ、お揃いになっちゃいましたね」
千歳もおなじく、今日はラフにストライプのシャツに白いスリムパンツ、スニーカーだった。
「あ、そうですね。春や夏になると必ず一枚買ってしまいます」
「わかります! 俺も今日のシャツは新品なんですよ! それになにも言わなくても、ラフな格好をして来てくださったので助かります。あ、もちろん、先日のようなシックで女性らしいワンピース姿かもしれないと思えても、楽しみでしたけれどね」
漁船を見せてくれると聞いたからだった。とすると港に行くだろうし、まさかとは思うが『乗ってみる?』と言われる可能性も。それに風力発電が多いこのあたりの海岸線は風が強い日も多いので、ひらひらした服装を避けただけだった。
そんな判断ができていますね――と試されている気持ちにもなってしまった。
なんとなく、まだ油断ならぬ男として思っている自分がいることに千歳は気がつく。
まあ、まだ二度しか会っていないから当然かもしれない。
「このあたり久しぶりです」
「そうなんだ。うち本社は札幌市内だけれど、工場とか直営レストランはこのあたりが本拠地なんだよ」
「おっきな海鮮どんぶり、直営レストランに時々食べに行きます。私、サーモンといくらの親子丼が好きです」
「ほんとに。嬉しいな」
「塩ソフトクリームをデザートまでがワンセットです」
「そこまで! でしたら今度、それを食べに行きましょうよ」
え、そのレストランに若き副社長が女連れで来ちゃっていいのとか思ってしまった。
「あ、そっか。店には入れないな。レストランの事務所でになっちゃうのかな。なんか色気ないな……」
あのレストランを経営する会社の御曹司と一緒だと、もう気ままにフロアでは食べられなくるのかとも気がついた。まあ自分も荻野が直営するカフェには客として入ることはできないんだけれどとも。
それに彼は知らない。そのレストランで一人で行くのには訳がある。或いは弟と一緒ならばまだ平気で……。
「うちのレストランはまた改めてになりますが。今日は漁協のおっちゃんたちが、新鮮な漁師メシを準備してくれているようだから。いつもとは違った美味しさを味わってもらえると嬉しいです」
「漁師メシですか。楽しみです」
「すみません。知らない人々の中に突然連れて行くようで。ですけれど、お見合いをした以上、俺が居着いているところを知っていてほしいんです。親しくしている人たちにも」
「大丈夫ですよ」
そう、この人の周囲の環境を見極めていかねばならぬのだ。
自分と結婚をして、彼の環境が千歳をどう受け入れてくれるかを知っておくべきだと考えている。
「いつから漁船に乗るようになったのですか」
「祖父も父も乗っていましたよ。俺も、兄貴と一緒に父について子供の時から乗っていて、たまに漁に入れてもらうんです。現場がわかるし、味も学べるという祖父の代からの教えですね」
『なるほど』と千歳も唸る。ということは? 今日行く漁村の衆は、彼とは子供の頃からの顔見知りということになる。
これはこれは。親族に対面するのと一緒だな。千歳は気構えた。
日本海の潮風が直撃するため荒い波が激しいイメージがある海岸線だが、晴れているときは果てしなく遠くまで海が広がり、春の明るい陽射しで海の色もどこまでも青い。最高のドライブ日和だった。
初夏のような陽射しの中、砂浜がある小道へと朋重の車が入っていく。
辿り着いた先は漁船が海に揺れる港。漁協の事務所らしき建物の前に、朋重が車を駐車した。
一緒に車を降りると鮮烈な潮の香り、海猫の声と潮騒。
「こんにちは。おっちゃんいる?」
また朋重がなんの遠慮もなく事務所に入っていった。
そこには如何にも漁師という風貌の男性が数名いた。
「おう、坊ちゃん。いらっしゃい、待ってたよ」
「そちらが、見合い相手のお嬢さんかよ」
荒っぽそうな男たちの視線が、千歳に絡みつく。
めちゃくちゃ睨まれているんですけれど?
子供の頃から親しんでいる水産会社のお坊ちゃんに、どんな女がくっついてきたか品定めといわんばかり……。
俺らの坊ちゃんを酷い目に遭わすと承知せんからなという怒鳴り声も聞こえてきそうだった。
坊ちゃんの見合い相手がどこのだれか。それはもうご存じのようだった。
事務所での挨拶を終えると、朋重の目的、漁船を見るために早速に港へと案内される。
「これ。うちの船な。坊ちゃんはだいたいうちの船に乗るんだわ」
「このあたりですと、ひらめとかカスベとか甘エビが捕れますよね」
「もうすぐウニもあがるな。向かい側の小樽に
「いいですね。こちらもお寿司のお店が多いですものね」
年齢は五十歳ぐらい? 坊ちゃんの面倒をいちばんに見てきたという漁師の『川端』氏。ちょっと無愛想でぶっきらぼうな言い方なのは漁師だからなのか、千歳を警戒しているのかはわからない。
小波にゆったり揺れる漁船を前にして、川端氏が話しかけてくる。
「聞いたでー。朋のやつ、見合い写真をこの船に乗っている時の男くっさいやつ送りつけてきたんだって? そりゃあ、絶対にどこでも断られるだろって俺たち笑っていたんだけどよ。まさかの『荻野製菓』のお嬢さんが目につけてくれたと聞いて、もう~男たちも女たちも騒然だったんだよ」
「私もびっくりでした。ですが、私の祖母がたいそう気に入ったようでした」
「へえ。荻野の会長さんだろ。あの女傑ぽい。見る目あるじゃねえの。嬢ちゃんはどうだったの」
「水産会社のご子息自ら船に乗っているということは、生産現場を知っているということですよね。私も弟と畑を持って原材料を管理していますので、お話しが合いそうと思ってお見合いを決めました」
『へえ』と、強面の男が感心するように表情を緩めてくれた。
「朋、いいんじゃないの」
「でしょ。だけれど、まだお互いをよく知りたいな~と思って、今日はここが俺の居場所だからと連れてきたんだ」
「それなら、乗ってみるか」
連れてきてくれた朋重すら『え』と驚き、千歳もギョッとした。
「いやいや。彼女には船に乗ろうとは言っていないから。慣れていない女性にはきついって」
「でもよ。今日ほどの天気いい日も凪いでいる日もそうはないぞ。乗せるなら今日が格好の天候だ。気温もほどよく、海の色もいいし景色もいいと思うんだけどな」
「そりゃ、そうだけれど」
「船に乗れる格好してきてるじゃないか。お嬢様風のひらひらした服だったら『けっ』とか思ってたわ」
彼がダメだダメだと、張り切る川端氏を制している。
だが千歳はどこまでも青い海を見つめて、ふと感じるものがあった。
「遠い沖まででなければ大丈夫だと思います。小樽に行くと、青い海にヨットがよく浮かんでいますよね。あれ、羨ましいなと思っていたんです」
千歳の返答に朋重は唖然としていて、川端氏はにんまりしていた。
急遽、漁船乗船へ。桟橋から漁船へ乗り移る時も、朋重が手を取ってくれ甲斐甲斐しくエスコートをしてくれる。
無事に乗船を終えると、川端氏の操縦でいざ出航。
ほんとうに爽やかな日和で、潮風が気持ちよく、まるでクルージングの気分。千歳のテンションも上がってくる。
アクアブルーの明るい海面、エメラルドグリーンが透き通る深い色の海面と混ざっていて美しい。
「今日はいい天気だから、海の色もよく出てるな」
川端氏の言葉に、朋重も頷いている。
「ほんとうだ。こんな色を眺められるのは、その季節と天候があってこそ。毎日乗っているとよく見られるけれど、初めて乗ってこれはなかなかないよな。千歳さんラッキーだな」
「そうなんですね。でしたら乗って良かったです」
途中で船を海上で停泊してくれた。遠く見える小樽海岸、まだ雪を残している遠い山脈もくっきりと見渡せる。
そうして見渡していると、こちらオロロンライン側の海岸の崖のうえに、小さな祠があるのを見つけた。
「あ、神社でしょうか」
「うん。漁業守護、航海安全の神様だね。この漁村と漁師を見守ってくれている。あ、食べ物を司る神様でもあったかな」
食べ物の神様。千歳はまた不思議な気持ちになる。
なんだか導かれてきたような気分だった。
「そうなんですね。ご挨拶しておきます」
船の縁に立ち、千歳は手を合わせ、静かに目を瞑った。
そんな千歳を、男ふたりが優しく見つめてくれていたことに、千歳は後に気がついた。
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