2.石狩漁村お嫁さんズ到来

 石狩漁村に住まう川端家の三代お嫁さんたち。

 川端氏の実母、大姑『富子さん』。川端氏の妻、『亜希子さん』。川端家長男の若嫁、『ミチルさん』――。三世代揃って荻野製菓本社に来てくれた。


 前もって準備していた本社訪問用のパスを手渡す。


「うわ~。荻野本店の上にある本社に入れるなんて!」


 若嫁さんのミチルがおおはしゃぎ。


「千歳ちゃん、お招きありがとう。久しぶりの札幌なのよ~。お姑さんとうきうきしすぎちゃった。こもれびカフェがすごく楽しみすぎて」

「お洒落すぎて、婆ちゃんがゆっくりくつろぐのはちょっと気が引けていたんだよね。亜希子さんとミチルちゃんと一緒で、千歳ちゃんのお招きなら気兼ねなく楽しめそうで、安心してきちゃったんだよ~」


 姑の亜希子も、大姑の富子も、喜びいっぱいの様子で荻野本社に来てくれた。

 千歳はもちろん伊万里も手厚く迎え入れる。


「わ、伊万里君、スーツ姿も素敵ねえ」

「ほんと、ほんと!」

「ママさんにおばあちゃん、今日はテストキッチンに来てくれてありがとう。俺たちだけじゃ限界きちゃったもんだから、今日はおいしいタコの料理のコツがどんなものか、よろしくね」


 すっかり漁村川端家のアイドルと化した伊万里は、亜希子ママと富子おばあちゃんのお気に入りで、二人のにこにこ笑顔を向けられて愛想良く対応してくれている。


「そうだ。今度、俺の畑に来てよ。甘いトマト狩りとかどう。川端のお嫁さんたちなら、好きなだけ収穫していいよ~」

「えー、それも素敵じゃないの! ねえねえ、お姑さん!」

「伊万里君の畑、あのおいしいジャムのトマトなんでしょ。遠いみたいだけど、婆ちゃんそれなら頑張って行く」

「俺、石狩まで車で行って、ちゃんと送り迎えするよ」


『もう伊万里君素敵!!』と、すっかり川端家お母さんのお気に入りになっているのだ。そんな伊万里も『めっちゃうまい飯をいっぱい食わせてくれるお母さんたち』なので大事に大事にしているというのもある。


 伊万里は、千歳と違って神様付のご加護はないのだが、妙な勘は備えている気質で生まれたようで、自然の機微に敏感。


『いいねえ、ここらへんの漁場と海の雰囲気。あー、わかる。姉ちゃんが、ここゆかりの人たちと馴染んだのわかる。俺も、ここ、すんごく気持ちが落ち着くよ。この潮の匂い最高。いい漁場って風でわかる』――なんて、石狩漁村の空気を気に入っているのだ。


 最近は伊万里一人でも、川端家に訪れていることもあるくらいだった。

 その度に、川端のお嫁さんに可愛がってもらっている。それはもう、幼少の頃から可愛がってもらってきた朋重と匹敵するほどだった。


 そんなお母さんたちは朋重にも、いつもの気の良さを見せてくれる。


「朋君も、すっかり荻野のお婿さんだねえ」

「結婚式に呼んでくれて嬉しかったよ~。千歳さんとのお仕事も順調で良かったね」

「ありがとう。最近は忙しくなって漁船に乗れていないのがね……。千歳も船に乗りたがっているから、また時間を作っておっちゃんに会いに行くよ」

「うんうん。千歳ちゃんもいつでも来てね。タコ天いっぱい準備しておくよ」

「今度は、タコカレーもいいんじゃないかな」


 タコカレーってなに!!!

 伊万里と共に過剰反応、姉弟で目を光らせたら、『あら、大食い姉弟さん、気になっちゃった?』、『これは近いうちに、またうちに絶対にくるね』と、お嫁さんたちに笑われてしまった。


 今日も荻野本社のテストキッチンという違う場所でも、川端家のお嫁さんたちと和気藹々。

 だが本題へと早々に移っていく。

 せっかくの札幌に出てきたからとお洒落をして来たお嫁さんたちだったが、そこはきちんと自前の『割烹着と三角巾』を持参して、身支度を調え始める。


「では、始めるよ」


 リーダーはやっぱり大姑の富子おばあちゃん。

 ころっとした小柄なおばあちゃんを筆頭に、亜希子ママが第一アシスタント、ミチルが第二アシスタントとして並んだ。いつも川端家の台所で見られるスタイルがここにも登場。


 伊万里は記録するために動画を撮影。千歳もエプロンをして朋重と共にメモ帳を持ってしっかり観察となる。


 生の蛸足の下処理から始めるおばあちゃん。

 手際の良さ、ちょっとしたコツ。油の種類、温度を教えてもらう。

 自分たちが作ったものより、かなり理想に近いものが仕上がった。


「でね、ばあちゃん、お話をもらった時にちょっと思ったんだけど。今日はオリーブ油で揚げたでしょ。だから、ここに塩と一緒にバジルとかブラックペッパーを散らしてみるね。お洒落っぽいしょ、いまどきってかんじっしょ」


 おばあちゃんなりにいろいろと考えてきてくれたようで、素敵な提案に、千歳も朋重も伊万里も感動。

 そろって皆で、おばあちゃん指南の『蛸チップス』を頬張ってみる。


「うまい! さっすが富子おばあちゃん!!」

「ほんとだ。からっとした。俺たちも同じような調理法だったのに。下処理? 使った油? 全然違う……」


 伊万里も朋重も絶賛だった。

 千歳も『おいしい!!』と飛び上がりたかった。

 でも。……それも一瞬だけ。すぐに違和感が襲ってきた。


 おなじように感じるはずだと思っていただろう伊万里と朋重も、千歳の様子がおかしいことに気がついた。


「姉ちゃん……? うまい、だろ……」

「千歳、どうした。千歳がうまいと思わないと、企画が成り立たなくなるわけだけど。なにかあるなら遠慮なくはっきりと伝えたほうがいいよ」

「千歳ちゃん……。やっぱりなんか足りなかったんかな。ばあちゃんも指南を頼まれたからには、はっきり言ってほしいわ」


 富子おばあちゃんが哀しそうな顔をした。

 不味いとか気に入らないと言われるより、指南を引き受けたのに気遣われてはっきり言ってくれないほうが哀しいと言いたそうだった。


「姉ちゃんさ。このまえも、せっかくの米屋の握り飯、めっちゃ残して俺にくれたじゃん。あの時からおかしくね?」

「自宅でもそうだ。最近、食事を残しがちで、仕事に根を詰めすぎるというか……」


 男ふたりがそんなことを相次いで口にしたとたん、何故か、川端家お嫁さんズの三人が同時にはっとした顔になる。

 三人がヒソヒソと顔を突き合わせ、なにか意見を揃えている?


 そのうちに、若嫁のミチルが代表とばかりにそっと千歳に告げた。


「えーっと。赤ちゃん……、出来た、とか?」


 千歳はギョッとしたが、それ以上に、伊万里と朋重が揃って声を上げた。

『えーーー!! 妊娠!?』と――。


 荻野千歳、私の体内に、新しい跡取り長子がいるかもしれません?

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