17.神様、激怒😡
フラッシュバックで朋重が怯んだその瞬間を、伯母の紹子は見逃さなかった。
リビングのテーブルの上には、荻野製菓ギフトボックスに、千歳は欠かさず自社製品を入れて置いていた。
そのテーブルに足をのっけた伯母が、憎々しげに菓子折の箱を蹴っ飛ばした。散らばった菓子が隣に座る娘メリィの足下に落ちていく。
「うわ、ママ。もったいない~」
そういいながら、メリィが袋に入ったままの個装入り菓子を踏んづける。
伯母は散らばった菓子のひとつを手に取って、蹴っ飛ばしたくせに勝手に開けてがぶっと頬張った。
「ここの菓子、大好きなのにね。残念だなあ。虫とか入っているかもしれないから、今度お店で調べてみようかなあ。昔さあ。朋重の会社でも、虫入り騒ぎあったじゃない~。おまえの母さん、あちこちに頭下げて大変だったんだよー」
また朋重が驚愕の表情を浮かべた。
「まさか。あれも……? あれも俺が子供の時、あったって……。まさかそれを荻野にやろうと」
「だからあ、婿入りするあんたか、奥さん次第ってことよ。あんたの奥さんの身の回りも気をつけたほうがいいよー。ある日突然。ママみたいに長期入院とかなったら困るでしょ。こっちは跡取り娘で、経営に影響でちゃうかなあ」
「いえ。まったく問題ありませんので。お好きにしてください」
間髪いれず対抗した千歳に、伯母もメリィも、意外だったのか目を丸くしていた。
「荻野が守ってきたものを足蹴にしましたね。食の安全を守らねばならぬ事業をしている経営者の親族であるにもかかわらず、顧客の食の安全を脅かすことを平気で選ぶのですね。よくわかりました。お好きにしてください」
「はあ? この小娘。本気にするぞ」
「どうぞ、どうぞ。虫が見つかったらすぐにお呼びしますね」
食べかけの菓子を伯母が千歳に向かって投げつけてきた。白いブラウスに菓子の餡が飛びちるかもと目を瞑り顔を背けたが、千歳には当たらなかった。目を開くと、またもや朋重が千歳の前に立ち塞がり、彼のシャツに菓子がぶつかっていた。
「朋重さん……」
「大丈夫。ちーちゃん」
まて。いまここで『ちーちゃん』はやめてと、千歳の顔が熱く火照る。
それ。誰の前でも呼ばない、ふたりきり限定の呼び方!
でも朋重もテンパっているのか、うっかり注意が削がれて素で呼んでしまっていたようだ。
そのせいか。千歳もほんとうにどうでもよくなってきた。
浦和家側の悪縁を持ってきてしまって、申し訳なさそうな彼を見るのが辛かった。守ろうと男らしく立ち塞がってくれただけで、千歳には充分……素敵なパートナーだった。
『私らの菓子を粗末にするとは許さん!!』
そんな声が聞こえてきたし、どアップの福神様のお顔は膨れに膨れて真っ赤になってお怒りだった。
『もう充分だ、千歳。おまえの真珠を持たせて帰しなされ!!』
真珠? 千歳は今日も首元につけている彼からの贈り物に触れる。
『それじゃないやつ。一等に高価なやつをそれぞれに持たせな。後はおまかせあれ』
聞こえた声に、ぽっと思い浮かんだ真珠がふたつあった。
「朋重さん。ここで待っていて。ふたりがこの部屋から出ないように絶対よ」
「でも。千歳」
朋重に再度『お願いよ』と念を押して、千歳はベッドルームへと向かう。
クローゼットを開けて、そこにあるアクセサリー用のタンスから、ビロードの箱をふたつ取り出す。急いでリビングに戻った。
戻ると、千歳が観念したと思ったのか、母子が目を輝かせ勝ち誇った笑みで待っていた。
「えー、バッグを持っていないじゃんー」
メリィのがっかりした声に、千歳を睨む伯母の紹子。だが千歳は菓子が散らばったままのテーブルの上に置き、箱をひとつふたつと開いた。
どちらも祖母が千歳に譲ってくれたり、贈ってくれたもの。
ひとつは、ブルーパールが連なるネックレス。朋重が千歳にはパールが似合っていたと言ってくれた時につけていたものだ。
もうひとつは、大粒のブラックパールとダイヤがあしらわれた指輪。
それを見たふたりが目を輝かせた。
「こちらなら、どうぞ」
すぐに二人の手が伸びてきた。乱暴に箱ごと取り去り、卑しい笑みを口元に浮かべ、ギラついた目でしげしげ眺めている。
「ふん。ありがとね。これからも、よろしく」
「ママ、私、ネックレスがいい」
開かれていたジュエリーの箱をパチンと閉めて、さっとバッグにしまった。
それもなんなく見過ごした千歳を見て、朋重が吃驚し詰め寄ってくる。
「千歳! それはお祖母様からいただいたものだろ。絶対に駄目だ!」
バッグに高級パールのアクセサリーを仕舞い込んだ母子が、そそくさとリビングを出て行った。
「千歳、いくらなんでも。一度でも物を渡したら、次も絶対に来るぞ」
だが千歳はにっこり微笑む。
「来ない来ない。これで最後。これでもう、私と朋重さんだけがゆっくりできる家に元通りよ」
「はあ? でも、伯母と従姉は、事故にも遭わずここまで来てしまったじゃないか」
だが千歳は不気味な笑みを朋重に余裕で見せてみた。
「あれね、どちらもお祖母様からもらった贈り物なのよ。あっという間に帰ってくるから。あとね。食べ物を粗末にした
「いや、だから……」
これからどんな嫌がらせをされることかと動転している朋重に、千歳は満足げに彼の腰に抱きついた。
「私を守ってくれて、ありがとう。すっごく嬉しかった。シャツ、汚れちゃったね。洗ってあげるからね」
「いや。役に立った気がしなくて……」
「お腹すいた。ワインが少し冷えたら、お刺身一緒に食べよう」
「え、うん。そうだね……」
徐々に彼も落ち着いてきたのか、ほっとしたのか千歳の黒髪にキスをしてくれる。
優しく抱きしめて『絶対に伯母から守るから』とも言ってくれる。
跡取り娘だから気が強くなるけれど、そのあとこうして甘やかしてくれるだけで充分なご褒美なのだ。
その後すこししてから、浦和の父と兄が一緒に、千歳マンションに到着した。
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