12.海の神様にご挨拶
実家を出た千歳はふたたび車に乗り出発する。
今日はひとりで車を運転して、オロロンラインを目指す。
保食神様の祠へご挨拶に。
石狩街道にはポプラ並木が続く道がある。それゆえか、札幌の街中よりも綿毛がふわふわ舞っていた。
海沿いに近づいてくると風力発電の白い風車が見えてくる。この日も青空にくっきりと映えている。
朋重が連れて行ってくれた漁村の近くまで到着する。あの日の記憶を頼りに、浜辺を探した。
見覚えのある浜辺へと道を曲がり、道なりの向こうにある漁港に到着することができた。
アポなし訪問なのでどうだろうかと不安になりつつ、千歳は川端氏と初めて会った漁協そばの漁師詰め所前に車を駐車した。
見慣れぬ車が現れたせいか、詰め所から男が覗きに来た。
運転席から降りた千歳は『ラッキー』と顔を輝かせたが、彼は千歳を見て吃驚の顔に固まっている。
「千歳ちゃん!? どうしたんだよ」
「よかった。川端さんにお願いがあって会いに来たんです。こちらならいらっしゃるかなと思いまして」
「えーー! 突然なに。俺にお願いってなになになになに!!」
驚きながらも、感激の笑顔で目を輝かせ声を張り上げてくれたので、今度は千歳のほうがおののく。
「うわー、車もええやつ乗ってんなー。しかも今日はめちゃくちゃ美人なOLさんじゃねえかよ。さすが、お嬢様。お上品オーラきらきらしてんじゃん」
「いえ、ちょっとだけかしこまって来ただけですよ」
「どしたの、どしたの~。連絡くれたら、千歳ちゃん向けのメガ仕様な膳を作って待っていたのによ~」
漁協詰め所からも、他の漁師たちが『なになに』と顔を覗かせ始める。
千歳が止める間もなく『朋の見合い相手。荻野の嬢ちゃん』と紹介されてしまう。もう仕方がないなと、千歳も楚々とご挨拶をしておく。その後すぐに、千歳は川端氏だけを連れ出して話を聞いてもらうことに。
この日も海が青々と輝き、春には見なかった大きな白い雲が沖にでていて、夏らしい海に変わっていた。
漁船が揺れる港の道を歩きながら、千歳は川端氏にお願いする。
「先日、海上から見えた祠まで行きたいんです」
「ああ、あの神社か。いいよ。いまから行きたいのかな」
千歳は『はい』と頷く。車を降りたと同時に、荻野製菓の紙袋を手にしていたのだが、川端氏がそれを気にした。
「それお供えとか」
「そうですね」
「どうしてわざわざ」
もうこのおじ様はわかっているだろうなと千歳は感じた。
それに、彼の協力がこれからも必要だから、千歳は素直に打ち明ける。
「朋重さんと結婚したいと考えています。その前に、きっと朋重さんを守っているだろうあちらの神様にご挨拶をしたいと思ってきました」
夏の陽射しをキラキラと反射させている水面。川端氏は驚きもしなかった。神妙な面持ちで千歳の目を見ている。
「いいよ。案内する」
少し距離があるとのことで、千歳が乗ってきた車で移動することに。
川端氏を助手席に乗せて漁村の道を行く。海沿いの道を走っていると坂道になる。その上に鳥居が見えてきた。
路肩に車を駐車させて川端氏と降りる。海風が強く吹き付けてきた。
崖の上へと向かう神社の階段を登り、鳥居の前で一礼。道の端を歩き、崖上に到着。
そこから見える青い青い海原と、空。吹き付ける潮風。絶景だった。
その中心にぽつんと祠があった。海上で見た時よりは大きい。そこへ向かい、千歳は祠の扉前に持ってきた菓子折を置く。立ち位置を整え、姿勢を正し、二礼二拍……。思いを込めて。最後に一礼。
千歳は祠から下がる。菓子折は置きっぱなしにしていけないので、ひとまず引き取る。
その箱を、後ろで控えてくれていた川端氏に差し出した。
「川端さんのご自宅にあった神棚、おなじ神様を祀られていますよね」
「おお。ここの神社の神さんだよ。保食神」
「川端さんご自宅の神棚に一晩おいてください。そのあと、ご家族で召し上がってください。お願いいたします」
「お、おう。わかった。いつもこんなことしてんの?」
「荻野のしきたりだと思ってください」
川端氏が押し黙る。でもそのまま菓子折の袋を受け取ってくれた。
「なんか、不思議な一族って聞いていたんだけどさ。代々大事にしてきたんだな。ご加護もご縁もないがしろにしないから、あれだけの菓子屋になったんかもしれないな」
今度は千歳が黙って聞き流した。川端氏もなんとなく、千歳が風変わりな娘であるのは『家風』であって、代々紡いできた教えゆえだと受け止めてくれたようだ。
今日はこれでいいだろうと、千歳はまた車へと戻ろうとする。その前に。
最後にもう一度祠へと振りかえる。白い雲が浦風に流れ、沖へ筋を描いて青い空になびく。光り輝く碧海。その光彩に包まれ、千歳は潮の香をかぐ。目を瞑ると、彼がいる……。
川端氏と車に乗り込み、漁協がある港へと帰ろうとする。
その道すがら、千歳は再度、この漁師のおじ様に『お願い事』をする。その内容を聞いて、川端氏が助手席で目を剥くほどに仰天した。
「え、え。千歳ちゃん、本気で言ってる? そりゃ、かまわないけどさ~。それって朋が、どうかんじるかなって」
「いいんです。これは荻野の跡取り娘として、やるべきことですから」
「うーん。おっちゃんはちょっと納得できないけれど、千歳ちゃんのいうことだからなあ。よっしゃ、任してくれ!」
「ほんとはすごいドキドキ緊張しているし……。怖いんですけどね……」
ハンドルを回しながら、らしくなくしょんぼり情けない顔に崩れた千歳を見て、川端氏が笑って背中を叩いてくれる。
「んじゃ。景気づけに、うちでタコ飯食って行けよ」
「タコ飯!? タコ天じゃなくて?」
「タコの炊き込み飯な。いい~旨みがでるんだよ。祖母ちゃんが今朝仕込んでいたからさ」
「え、よろしいのですか。朝から仕込まれていたなら、今日のお昼ご飯か晩ご飯だったのでは」
「うちら最近タコ大漁でずっと食べていたから、遠慮なく食べちゃって」
「食べます!!!」
食べることで元気になる千歳に、川端氏が笑い声をたてた。
その後、川端家へ顔を出すと、大姑のお祖母ちゃんが大感激で迎えいれてくれた。
若嫁さんも既に出産をしたと聞いていたので、千歳は一緒に準備してきたお祝いを渡す。ブランドもののベビー服をプレゼント。これまた大歓迎を受ける。
『蛸飯もうまし!! タコ大漁にしておいて正解だったわね』
今日も千歳がご飯を頬張る脳内では、福神様のご機嫌な顔と小躍り。シャンシャンと鈴の音まで聞こえてきた。
福神様、またもやお気に召したようです。
千歳も美味しい美味しい最高と頬張りながらも『これって福神様が食べたくて引き入れたタコ軍団だよね』と笑いたくなる。でも、ちゃっかり千歳もタコ大漁にあやかる。ほくほくでおかわりを繰り返し、炊飯器ひとつ分がっつりご馳走になってしまった。もうそれすらも、目をキラキラさせて眺めてくれる川端家のご家族一同。千歳はしばし和気藹々とした時間を過ごして札幌に帰った。
内緒ですよ。
おう、予定通りの準備をしておくな。
川端氏とともに、朋重に内緒の準備を始める。
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