24.福々万歳

 

 雪解けが進み、北国に遅い春が訪れる。

 婚姻準備も順調に進んでいた。

 式はもちろん神前式。華やかな朱色の打ち掛けが千歳の花嫁衣装。

 栗毛でクォーターのお婿さんも、紋付き袴という和装でそろえてくれた。衣装も決まって、披露宴の場所も決まり、これから招待状を送ろうと準備を進めていた。



 春うらら、潮風にひとひらの梅の花びらが舞っている夜。


 今夜も見慣れた海が、千歳の夢に現れる。

 朋重と婚約してからは、石狩の風景が多い。丘の上に白く輝く数基の発電風車、月明かりに浮かび上がる浜辺と、緑に覆われた高い崖がある沿岸。

 今夜の福神様は、風力発電の風車のてっぺんに座って、またもや手酌酒をしている。


『はあ~。タコ天が食べたいわ~。私に似た絵が容器に施されている黒い麦酒と一緒に食べるのが好きだわ~。保食神さんにお願いしようかしら。ねえねえ、千歳。おはぎとさ、苺チョコサンドのサクサクパイとかさ、ナッツごろごろのやつとかさ。また持っていってあげてよ。黒い麦酒もお土産に持ってってあげて。頼みますわーー。あ、その時に、漁師一家も婚儀に招待しとき。あの一家とも末永く縁続きにしておきたいんよ』



 また夢を見て、千歳はハッとして深夜に目覚めて跳ね起きる。

 隣で眠っていた朋重も気がついて、眠そうにしつつも、起き上がってくれた。


「また。神様のお告げ?」

「う、うん。石狩に居着いているみたいなんだけど、ご馳走が食べたいみたい。川端さんのご一家を招待しなさいって」

「あ、結婚式のことかな。それなら、おっちゃんと奥さんの亜希子さんのふたりを招待する予定だっただろ。川端家代表ということで」

「でも。『一家』と言っていたのよね。富子お祖母ちゃんと、息子さんご夫妻も一緒にということだと思うの」

「でもミチルちゃん、子供がまだ一歳になろうとしているところだろう。大変じゃないかな」

「お誘いするだけでもしてみない。あとは息子さんとミチルさんがどうするか決めてもらえたらいいし、出席希望してくださったなら、小さい子がいても大丈夫なように、こちらでお子様連れ向けの準備をすればいいと思うの」

「そうだな。神様が仰っているなら。それなら、招待状を直接持っていこうか」

「うん。いいわね。次の週末におじゃましていいか伺って行きましょう」


 川端一家全員を招待すると決めると、いつもお世話になっている分、あれこれ準備をして楽しんでほしいと、深夜に目覚めたふたりだったのに、ワイワイと盛り上がってしまった。


「ということは……。その時に、福神様はタコ天を食べたいってことなのかな」

「タコ天を食べたいがために、川端家に行く用事を言いつけられた気がしないでもないけれど。末永く縁続きになりたいと仰っているの」

「保食神を祀っている家で、漁師だもんな」

「朋君と婚約してから、保食神様もよく一緒に出てこられるのよ。あの漁村は私たちにとって大事な場所になるのね、きっと」


 そこで朋重が眠そうな顔のままでも、うーんと唸って考えてくれている。少し寝癖がついた寝起き姿も日常になってきて、そんな崩れた彼の姿もいまの千歳には愛おしく思える。

 目を閉じて首を傾げて唸っていた朋重だったが、琥珀色の目をぱっちりと開けて、すっきり目覚めた顔つきになる。


「よし。ひさしぶりに、俺、船に乗る」

「え、乗るって……。春になってからも、漁船クルーズはさせてもらったじゃない」

「違う。漁のほう。俺が蛸を捕って、福神様に捧げる」

「まさか……。あの、お見合い写真のように……?」

「千歳も一緒に漁に出てみる? どうする?」


 あのワイルド朋重さんになって、漁に出ると言い出した。

 婚約をしてから初めてのことだった。いつものクルーズではなくて、漁となると男衆たちの戦場だ。そんなところに千歳も――と軽く明るく言える朋重に、千歳はあっけにとられていた。



---✿



 北国の春はゴールデンウィークごろから。梅、桃、木蓮と一気に咲き始め、やがて桜が華やかに彩る。

 石狩漁村にも桜の名所がある。そのお花見も兼ねて、石狩漁村へとでかける。


 その日、千歳は朋重がそろえた衣服に身を包んだ。

 防水のウィンドブレーカーに防水ズボン、履き物には長靴も準備。朋重もおなじ格好に整えている。それだけではない。伊万里も姉宅にやってきて準備万端、おなじ服装で控えている。


「朋兄ちゃん、これで濡れても大丈夫? カメラも防水でビニールとか被せておいたほうがいいよな」

「うん。そのほうが安心だな。服装は大丈夫。あとはカメラを手放さないこと。海の中に落ちたらお終いだからな」

「絶対に離さない。今日は、噂の義兄ちゃん漁師姿をスクープしちゃうよー。祖母ちゃんが見たがっていたから、朋兄ちゃん頑張って」

「うわー、千草お祖母様に見られちゃうのかー。でも、俺はいつもどおりにやるよ」


 伊万里も誘ったら『川端家に行くなら、俺を置いていくな!』と言われてしまい、一緒に訪問することになった。

 朋重の漁に初めて付き添うと実家になにげなく連絡したら、祖母が『あら、だったら朋重君の漁師姿を撮影してきて。見てみたい』と言いだした。そこで伊万里が撮影係を名乗り出て、彼ご自慢のハンディカメラ持参で来てくれた。


「そうだ。これ、祖母ちゃんから預かってきたんだ。姉ちゃんと朋重兄ちゃんに渡すように言われた」


 身支度を終えて、リビングのテーブルで荷物のバッグを朋重と整えていたら、伊万里が祖母から預かったという一枚の葉書をさしだしてきた。


 その葉書を受け取り、差出人を見て千歳は目を瞠る。千歳の手元を覗き込んだ朋重もだった。


「え! これ、あの芽梨衣姉ちゃん? 嘘だろ!」

「え……!? 芽梨衣さん、名字が変わってない!? まさか……」


 二人一緒に驚いていると、伊万里も『俺もびっくり、わけわかんないんだよ』とお手上げ状態の仕草を見せて、その後を教えてくれる。


「姉ちゃんが、芽梨衣さんの就職先としてピックアップしたとかいうデザイナーさんと結婚したんだってさ。なんでも、彼が作り出す個性的な洋服を、芽梨衣さんがめっちゃ着こなしてくれて『最高のモデル!!』と大絶賛だっただとか。それから、あちらのお母さんの躾しなおしで、規則正しい生活と労働を始めたらみるみるまに痩せて、このとおり。もともとがたいがよさそうだったけど、それってつまり『背丈があった』ということらしいんだよ。それで、あちらの男性とお母さんに、厳しくも大事に愛されて大変身ってことみたい」


 そこには海外モデル並の女性が、個性的なワンピースを着ている華やかな姿があったのだ。

 背景は函館の港、そこには洒落た服装の中年男性が芽梨衣の肩を愛おしそうに抱いて、あの清廉そうで一本筋が通っていそうな母親も笑顔で寄り添っていた。

 紹子伯母の顔つきは険しいものだったが、裏を返せば、海外向けのクールフェイスでもあった。芽梨衣にはその面影がある。


 朋重も絶句し、葉書を凝視してそのままになっている。

 やがて千歳が持っていた葉書を彼が手にして、震えながら呟いた。


「千歳が授かっている勘、本当に凄いんだな……。あの従姉がこんなふうに収まるだなんて……」


 伊万里もため息を吐いている。


「俺も『うちって変なこと言うな、古くさい不確かなこと大事にしすぎだな今どき』と思っていたんだけど、姉ちゃんに助けられたこと何度もあったから。否定できないんだよな。それに祖母ちゃんが縁切りやったんでしょ。芽梨衣さん、菜々子お義母さん親族と切れたおかげなのか、ずっと会えていなかった実の父親と復縁したみたいだよ」


 それにも朋重が『そんなことが!?』と驚きの声をあげたし、千歳もそんなことになっていたのかと驚きを隠せなかった。


「紹子伯母が芽梨衣さんを幼少期に引き取ったのは、母親だから親権が容易く取れたことと、養育費目当て。あちら父親からも長年搾り取っていたみたいだよ。それを芽梨衣さん自身で連絡して『もう自分で働いているから援助はいらない』と断ったんだって。母親に悪く育てられて、お父さんも諦めていたみたいなんだけど、娘が変わったことで縁を戻して、ささやかな結婚式にも、お父さんが親として出席したんだってさ。もう芽梨衣さん、うちの祖母ちゃんにすごい恩を感じているみたいで、荻野との縁を大事にすると、祖母ちゃんに拝む代わりに近所の神社に毎日お参りしているんだってさ」


 伊万里の報告に、またまた千歳と朋重はそろって絶句。


「凄い、千歳。うまいところに収めたどころか、芽梨衣姉ちゃんにめちゃくちゃ福が舞い込んでるじゃないか」

「え、え、そこまで私も感じていなかったし、もともと探偵事務所さんと細野さんが持ってきてくれたデザイナー事務所だったし、全てが私が導いたわけじゃないけど」


 だが朋重と伊万里が揃って声を上げた。


「いやいや、もう~探偵事務所のあたりから、福神様が動いていたってことだろ」

「俺もそう思う! その探偵事務所、祖母ちゃんの代からご贔屓じゃん。もうそこから神懸かってんだよ! 俺、やっぱ、次子だけど、これからもご贔屓で縁続きになっている取引先とかおつきあいとか大事にする! 神さんも大事にする!! お願いします、俺にもご縁ください。福神様!!」


 そう言いながら、伊万里が持ち込んで来たものをテーブルの上にどんと置いた。


「姉ちゃんがお告げで聞いたという、黒ビール、ワンケースお供えしまっす」


 福神様のようなラベルがある黒ビールを伊万里が得意げになって、千歳へと差し出してきた。


『あらら~。弟もなかなか気が利くようになったわね。ふふふ、考えておくわ~。よい伴侶が来ると良いわね~』


 今日もお気に入りの扇子を開いて、ご満悦の笑みを浮かべているのが、千歳の脳裏に現れる。


「考えておいてくれるって。今度はいい奥様候補、ちゃんと伊万里も見極めてね」

「マジで。うっしゃ! 姉ちゃんのお告げなら間違いなし! 次は『俺、跡継ぎじゃない』と伝えてから付き合う!」


 そんな伊万里を見て、千歳は朋重と笑い合う。


「伊万里君が跡継ぎでなくても、好きになってくれる子を探せよ」

「そうそう。荻野じゃなくて、伊万里自身を好きになってくれる女性がいいわよ」

「はあ~。俺も祖母ちゃんに頼んで、見合いにしようかなあ。姉ちゃんと朋兄ちゃんみたいな、恋愛で出会ったみたいな見合いになるなら、それがいいなあ~」


 弟が羨むほどのご縁になったんだなと、千歳は改めて思ってしまった。


「さて。でかけよう。今日は川端家に一泊して、朝方漁に出るから早めに行こう」


 今日もまた、荻野姉弟と婿殿で揃って向かう石狩道。

 緑が息吹いてきたポプラ並木の街道をゆき、白い風車を見上げながら石狩川を渡る。さらに沢山の風力発電の風車がならぶ丘が見え、丘を降りた先から遠くまで広がる青い海原。海を横に走り続けるオロロンライン。やがて、海辺の集落に到着し、漁港がある漁村へと車は向かう。


 川端家で一晩過ごして、明け方、漁に出る予定だった。


※次回、本編最終回の予定

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