第8話 〈魔術〉講習

 翌朝、俺は冒険者ギルドを訪れていた。

 仕事に向かう冒険者達は既に粗方出て行きギルド内はがらんとしている。俺は受付の横を通って訓練場へ向かう。


「あっ、リュウジさん! こんな時間に……もしかして〈魔術〉講習を受けられるのですか?」

「ええ、まあ。〈魔術〉は最低限使えたほうが良いって聞くので習っとこうかなって。個人的に興味もあったし」


 声をかけて来たのはいつもの受付嬢、ユーカだった。冒険者が居らずちょうど暇だったので話しかけてきたようだ。


「〈魔術〉は本当に便利です、特に野宿では必須と言っても過言ではありません。今日だけでは無理でも必ず習得することをお勧めします」


 話は変わりますが、と言って背筋を伸ばし真面目な表情になるユーカ。


「フレディさんに聞きましたがご自分から変異種との戦いに飛び込んだそうですね。危険を冒してまで皆さんを救ってくださったことには感謝しています。ですが見慣れない強力な魔物を見かけた時は撤退してください。最も被害を軽減させるのおは迅速な情報共有です。たとえそれで誰かを見捨てることになっても、それはリュウジさんの責任ではありません」


 ダン、とカウンターに両手を突き身を乗り出し上目遣いで彼女は続ける。


「もしあの変異種にあなたまで殺されていればギルドは事態に気付けず更に被害が拡大していたかもしれません。それにリュウジさんが死ぬことで悲しむ人がいるはずです、少なくとも私は悲しいです……。あなたの身を心配している人がいることを、どうか、忘れないでください」


 一息に言い切った彼女の勢いに一歩、足が引ける。心配しているとストレートにぶつけられると気恥ずかしさやら申し訳なさやらが湧いてくる。

 そんな感情に押されるようにして口を開く。


「ご心配おかけしました、肝に銘じておきます」


 次からは逃げます、とは言えなかった。

 素直に応じることも開き直ることもできない中途半端な俺は、安堵した様子の彼女から逃げるようにその場を後にした。




 解体場のさらに奥にある訓練場はそれなりの広さがある。天井が無いのも相まって幼稚園の運動場を想像してもらうといいだろう。

 四方を壁で囲われたこの空間は冒険者達が稽古や試合をするために開放されていて、頼めば刃引き等をして殺傷力を落とした武器を借りられる。

 そんな訓練場の片隅に並ぶ丸太椅子に腰かける。他の椅子にも何人かの少年少女が座っている。

 暇だったので彼らの《ステータス》を鑑定してみる。

 それでわかったのだが、参加者の中には水や火の《魔術系スキル》を習得している者も居るようだ。

 恐らく生活の中で使う場面が多いから親や知り合いに教えてもらったのだろう。〈下級魔術〉は習得難易度が低いと聞くしな。


 そうして待っていると十時の鐘が鳴った。時計が一般的でないこの国では鐘が時間を知らせてくれる。

 とはいえ鐘が鳴る時間は割と不安定なので早め早めの行動を心掛けたほうが良いそうだが。


「すみませーんっ寝坊しましたー! て、まだ始まってませんか!? セーフっ? セーフですか!?」


 少女が一人、息せき切って訓練場に駆け込んできた。辺りを見回しまだ講習が始まっていないことを認識しホッと一息つく。

 彼女のような遅刻者に配慮しているのか、十時の鐘よりしばし間を置いてからとんがり帽子のお婆さんとスキンヘッドの偉丈夫が歩いてきた。


「これよりギルド主催の〈下級魔術〉講習を始める。本日は六属性の使い手であるマーシーさんにご指導いただく。くれぐれも失礼のないように。マーシーさん、どうぞ」

「こほん、紹介にあずかったマーシーじゃ。初めに尋ねたいのじゃがお主らの中に魔力を感じ取れぬ者はおるかの?」


 返事をする者はゼロだった。

 魔力感知は誰でもできると言ってもいいくらい一般的な能力だ。俺も転生時に刷り込まれた。

 もし出来なくても名乗り出るのは辛そうだ。


「おらぬようじゃな。では実際に〈魔術〉を使って見せようかの。知っておる者も多いじゃろうが〈魔術〉の発動に大した手間はかからぬ。こうして魔力を練り上げ、」


 マーシーさんが持ち上げた腕の先に魔力が集まり、


「放てばよい」


 バシャッ、と水の塊となって地面に落下した。


「これは〈下級魔術〉の〈ウォーター〉じゃな。お主らには今からこの〈魔術〉を使ってもらうぞ。基礎属性の〈下級魔術〉は《スキル》がなくとも発動させられるからのぅ。まずは魔力を練ってもらうがこの時に肝要なのは──」


 マーシーさんのアドバイスに従って魔力を練っていこう。

 体内に満ちる魔力の一部を一点に集中させぎゅっと押し込めるように力を込める。

 力の込め方や込め具合に応じて魔力の色というか温度というか感触というか? そういった性質みたいなものを変えていく。

 マーシーさんのお手本と同じになるように魔力の性質を調整し、その状態で維持する。力み続けるような感じで少し疲れる。


「準備できたようじゃな。次はそれを人がおらぬ方に向けて放つのじゃ」


 パシャパシャパシャ。

 湿った音が連続して聞こえる。その中には俺の生み出したものも含まれていた。

 初めて〈魔術〉を使ってみたが、なんて言うかこう、感慨深いものがあるな。


「成功した者はもう二、三度ほど試してその感覚を忘れないようにするのじゃ。夢中になって魔力を使いすぎるでないぞ。失敗した者には儂が改善点を伝えて行くから少し待っておれ」


 マーシーさんの指導により全員が水を出せるようになると次の〈魔術〉を習う。近くでスキンヘッドの男が睨みを利かせているからか口答えするような受講生も居ない。

 土、風、火と順調に学び終わったところで一旦実習は休憩となった。


「最後に光と闇の〈魔術〉を教えるがの、これらは特に難易度が高い。魔術師の中でも使えない者の方が多いくらいじゃ。どうしても覚えたいのでなければ諦めてもよいぞ」


 モチベーションの下がる前置きを挟んで始まった闇と光の実習は宣言通り難航していた。

 お手本に似せようとしてもウナギを手で掴もうとするような、魔力操作の隙間からするりと抜け出られる感じで何度やっても失敗してしまう。

 マーシーさんの「満遍なく包み込むようにするのがコツじゃ」という言葉を参考に試行錯誤しているがどうにも上手く行かない。


「そこまでじゃ。〈闇魔術〉の実習に移るぞ。まだ練習したい者には後で時間を取ろう」


 闇でもやはり苦戦した。魔力を闇の性質に近づけるにつれ操作のしやすさにムラが出てくる。切れ味の悪い彫刻刀で木版を彫ろうとするように、全力で力を込めながらもきちんと性質を整えなくてはならない。

 マーシーさんから助言を受けながら練習するが成果は上がっていない。しばらくそうして格闘していたたがあえなく終了時刻を迎えてしまった。


「本日の講習はこれで終いとする。今日教えた基礎の〈魔術〉を使いこんでおればいずれは各属性の《下級魔術系スキル》を得られるじゃろう。魔術師になるには火、水、風、土の四属性を《中級》まで育てねばならん。魔術師志望の者は鍛錬を怠るでないぞ。まだ光と闇を諦めきれぬという者は残っておれ、十二時の鐘までは儂も付き合おう」


 受講者の半数ほどが帰って行った。俺は居残り組だ。後の予定もないしな。できないのが悔しかったからじゃないぞ。

 居残り練習は宣言通り正午まで行われた。親身になって教えてくださるマーシーさんのお陰もあり〈光魔術〉は使えるようになった。ボールをキャッチするみたいにふわりと包むよう意識したのが良かったようだ。

 だが結局〈闇魔術〉は成功しなかった。

 まあ時間を見て練習していればその内できるようになるさ、と気楽にとらえることにしよう。


 俺は他の居残り組と一緒に訓練場を出て行った。

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