第81話 品評会

「さあ今年もやって参りました、生産〈魔術〉品評会、新人部門! 今年も注目株達の力作が勢揃いしております。どうぞお楽しみに!」


 広場中央の特設ステージ。そこに上がった司会の言葉で品評会は始まった。

 並べられた大小様々な箱の一つが開けられ、中から一振りの剣が現れる。


 最初は《鍛治術》部門だ。鍛冶師の作った《装備品》が順々に紹介される。

 製作者が登壇し、凝らした工夫や作品に込めた思いを語り、それを権威的な雰囲気のある人々が講評するのが一つのサイクルだ。

 素人目にはわからないが、《装備効果》以外でも良し悪しは分かれるようで、専門的な言葉を交えて講評は行われている。

 聴衆はそれらを受けてどよめいたり喝采したりの反応を返す。

 重ねて言うが、素人目にはよくわからないので俺も空気に合わせて拍手を送ったりしている。


 そうそう、《鍛冶術》や《製薬術》、《錬金術》などは《生産系スキル》という系統に分類される。《術技系スキル》、もっと言うと《魔術系スキル》の一つである。

 その気になれば誰でも覚えられる汎用《スキル》の一つでもある。

 例えば《鍛冶術》は、《火魔術(下級)Lv10》で使用可能になる〈レッドホット〉を何度も使っていると習得できる《スキル》だ。

 《装備品》製作に必要な多数の〈術技〉を覚えられる。

 ただし習得難度は最高クラス。《鍛冶術(下級)》を得るのに年単位でかかることもざらだという。


 他の《生産系スキル》も同様であり、《製薬術》は《水魔術》、《錬金術》は《土魔術》から派生する。《風魔術》からは《奏楽術》だ。

 なお、《奏楽術》は音を出したり強化バフ弱体化デバフばら撒いたりする《スキル》であり、モノづくりではない。

 なので別物扱いされることも多く、品評会の代わりに音楽コンクールが開かれたりもしているとか。

 《光魔術》を前提とすることから習得者の極端に少ない《祝詞術》や、扱い難くほぼ絶滅状態の《呪詛術》に比べれば、《奏楽術》はまだ栄えている方らしい。


 さて、そうこうしている内に《魔道具》の講評の時間になった。いくつかの出展品を経てデシレアの番が回って来る。

 製作者自ら性能を紹介するため、デシレアがステージの上に現れる。


「デシレアちゃん頑張れーっ」


 後列に居るマロンの声援が届いたかは定かでないが、赤い毛の彼女は緊張を感じさせない所作で箱を開けた。

 中から、彼女の作品が現れる。

 それは竜の頭のような形をしていた。空を仰いで咆哮する竜、その首から上を切り取ったみたいな感じだ。


「私の製作した《水龍口》は──」


 拡声器魔道具を手渡されたデシレアは、よどみなく解説をしていく。

 それによると、どうやら《水龍口》は壺の《魔道具》なのだという。

 魔力が込められる限り、無限に水を溢れさせる壺だ。


 水を生み出す《魔道具》はピンからキリまで山ほどあるが、《水龍口》の特長は水が塩水である点だという。もっと言うと海水だ。

 《潮風鉱》やら何やらの特質を組み合わせることで、生みだす水の成分を海水のそれに近づけることに成功したらしい。

 内陸でも塩を簡単に得られるとプレゼンしていた。


「いやー、素晴らしい《魔道具》ですね。それでは、実演のお時間です」


 何かしらの支障がない限り、この《魔道具》はその場で試用することになっている。

 こくりと一つ頷いたデシレアが、竜の眼球の位置にめ込まれた宝石に触れ、魔力を込めた直後、


 ──ドボボオオォォォォ!


 激流が発生した。


「うわっ、わぁっ!?」


 消防ホースを思わせる水勢に、デシレアは思わず手を離す。その拍子に壺が横倒しになってしまった。

 壇上で独楽こまのように回りつつ水を撒き散らす《水龍口》。ステージにいるお偉いさん達や前列に座っていた観客達に塩水がぶっかけられる。

 変異種の素材、及び特殊技法により実現させたという破格の魔力変換効率は、凄まじい水量を数秒間にわたって放出させ続けた。


「あ、の……。え、へへへ……」


 全身水浸しになったデシレアが、愛想笑いを浮かべる。会場の空気は当然冷たい。季節が冬でなかったのが不幸中の幸いか。


「い、以上になりますっ。すっ、すみませんでしたー!」


 彼女は勢いよく頭を下げ、逃げるように舞台袖に下がって行った。

 なんとも言えない空気が広がったが、司会の言葉で講評が始まる。

 水量を調節すべきだとか、水分を蒸発させる機能も付けるべきだとか、真っ当な批評が行われた。出品者本人が聞いていたかは分からないが。

 それからも品評会は続き、一通り終わったところで各部門での優秀作品が発表された。残念ながらその中に、デシレアの作品は入っていなかったが。


 そして品評会が終わった後。観客達はぞろぞろと広場を去り、ステージの上でも各参加者が自身の出展品を持って帰って行く。

 その流れの最後尾を、どよんとした様子のデシレアがとぼとぼと付いて行く。


「あ゛ぁ、やってしまった……」

「大丈夫? デシレアちゃん」


 マロンを先頭にして俺とデシレア祖母も近づいて行く。


「大丈夫じゃないです……。うぅ、すみません、せっかく素材を取って来てもらったのに……」

「ううん、気にしないでよ。誰にも失敗くらいあるよ」

「あまり気を落とさないでください。結果は残念でしたが、俺はあの《魔道具》はとても良い物だと思います」

「そうですよ、デシレア。錬金術師たる者、一度や二度の失敗でめげてはいけません」

「はい……」


 このまま沈んでいても仕方ないと自分でも思っていたのだろう。顔を上げて背筋を伸ばし、元気を取り戻したとアピールする。

 そして少し歩いてからこちらを振り返った。


「そうだ、これ要りませんか?」

「《水龍口》を、ですか?」

「ええ。改良する予定もありませんので、良ければお譲りしますよ」

「あー、私はいいかな。孤児院に泊めてもらってるからあまり大きな物は置けないし」

「……じゃあ、俺がもらいましょうか?」


 商人でもない俺が貰っても活用できそうもないが、ここで断ると傷つけるかもと思ったというのが一つ。

 それから、デシレア達は気付いていないようだが、これを知らない人に渡すのは怖かったというのもある。

 よっこいせ、と一抱えもある壺を受け取る。

 そしてデシレアとその祖母とはその場で別れた。


「……どうするの? それ」

「取りあえず家に置いて来る。ちょっと待っててくれ」

「うん」


 塩田を作ったり農地を枯らしたりする予定はないが、せっかくもらったのだしカッコいいインテリアとして飾っておくとしよう。

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