第80話 縁日

 演劇を見終えた俺達は昼食を求めて街をぶらついていた。

 飲食店はどこも混んでいたため、適当な屋台で購入することにした。


「へい、二人前!」

「ありがとうございます」

「ありがとー」


 お好み焼きをクレープ状にしたみたいな食べ物を受け取る。座らずに食べられるということで、お祭りでは人気の商品なのだそう。今日だけで類似品を幾つも見た。


「んー、美味しいねぇ」

「そうだな」


 味はお好み焼きよりも少し甘めだ。

 ソースが別物なのが大きいのだろう、噛むごとにふんわりとした香りが抜けて来る。

 それ以外の食材の違いもあって、地球の物とは微妙に異なる味わいとなっていた。


「ごちそうさまでした」


 完食したので再び街を散策する。

 ちなみに先程演劇のあった広場では、大帝国が滅亡し、戦乱の時代の中でアシュトンが建国を成し遂げるまでを描いた第二幕が上演されるらしい。

 この国の始まりには少し興味を引かれたが、それを見ていると西区で行われる《魔道具》品評会に間に合わなくなるので、他の催しで時間を潰すことにした。

 図書館で調べた方が正確そうだった、というのもある。


 そういう訳で西区に向かいながら、あちこちの催しを見て回る。

 転生者の影響だろう、くじや輪投げ、金魚掬いのようなものなど、日本で見たことのある屋台も多くあった。

 とはいえこの世界特有の、初めて見る屋台も大分あった。

 この規模の祭りには初参加なマロンと一緒に、店の人に遊び方を訊いたりしながら西へと進んで行く。


「あ、あそこに居るのってユーカちゃんじゃない?」

「本当だな」


 マロンが指さした方には南ギルドの受付嬢、ユーカが居た。

 日本に比べれば人口が少ないとはいえ、メルチアは結構な規模の街だ。知り合いと街中で出くわすのはかなり珍しい。


「あと一緒に居るのは誰だろう?」

「何か見覚えある気がするんだけどな……」

「そうなの?」


 彼女は長身痩躯の男性と一緒に歩いている。名前は出てこなかったが、どこか引っかかりを覚え鑑定してみた。


「ああ、トスタか」

「誰?」

「ちょっと前に模擬戦をしたんだ」


 《個体名》と《ユニークスキル:フルアクセル》の情報で記憶が蘇った。

 以前、フレディ達が絡まれた時、お供として付いていたのが彼だったのだ。俊敏な槍使いで、彼本人は気さくな人物だった覚えがある。

 そう言えばあの時はマロンは居なかったな、と思い出した。


「あ、リュウジさんにマロンさんっ。こんなところで奇遇ですね」


 話しかけようか、邪魔するのも悪いかもな、といった話をしていると、ユーカと目が合った。

 せっかくなので近づいて行く。


「リュウジ……? ああ、以前模擬戦をした。あのときはウチの坊ちゃまがすみませんでした」

「その節はどうも、トスタさん。自分は気にしてないんで大丈夫ですよ」

「私はマロンだよ。リュウジ君のパーティーメンバーの。それで、二人はデート中かな?」


 ド直球な質問がブン投げられた。仰天の胆力である。

 俺も思わず振り向くほどだ。


「ちょ、違いますよマロンさん。まだただの友達です」


 苦笑しつつ返すユーカ。トスタも続けて、


「そうですよ。ユーカさんには昔から気にかけてもらってて、それで一緒に祭りを見て回ろうってなっただけで、その、恋仲だなんて……」


 と言った。最後の方はぼそぼそ声で、はにかみながらだったので良く聞こえなかったが。


「ふぅん? まあ、私達はもう行くから二人で楽しんでね」

「はい。あ、お二人も良い一日を。それと、たまには南ギルドにも顔を出してくださいね」

「気が向いたらねー」


 そうして彼らと別れた後、少し歩いてからマロンが口を開く。


「でもちょっと心配だなぁ」

「なんでだ?」

「だって最近は失踪者が増えてるでしょ。ユーカちゃんの昔の仲間は……」

「ああ……」


 人伝ひとづてに聞いたことだが、以前のユーカは冒険者をしていたらしい。

 しかし、《迷宮》で自分以外のメンバーが死亡し、そのショックから受付嬢へと転職した。彼女のこちらを過剰なまでに気遣う姿勢には、その過去が関係しているのかもしれない。

 もしまた《迷宮》で親しい人を亡くすようなことになれば、その時の心痛は想像して余りある。


「まあ、俺達にできることは無事を祈ることだけだがな」

「……そうだね」


 それから少しして、また別の集団と出会った。


「おや、お二方ふたがた。こんにちは」

「こんにちは、アマグ院長」

「あっ、リュージだッ」

「にーちゃん久しぶりだなッ」


 アマグ院長と愉快な子供達だ。フレディとルークも一緒に居る。


「今週でフレディ兄達が居なくなるからなッ。一緒にお祭りに行ってくれるんだぜ!」

「寄付してくれた誰かさん様様だな。子供達と院長の分だけじゃなく、俺らの分も用意してくれてたら文句はなかったんだがなぁ」


 フレディが図々しいことを言っているが、冒険者として働いているのだから自分の分は自分で出すべきだと思う。

 そういう意志を込めた視線を送ると、彼は肩をすくめて子供達の方に戻って行った。お金は一括してアマグ院長が管理しているが、それでもはぐれる子が出ないよう、フレディとルークが目を光らせているようだ。


「俺達は西区の品評会に行くところです」

「西ですか。私達も先程行ってきましたが、色々な出し物があって面白かったですよ」


 あまり集団を道端で留め置くのも良くないため、早めに話を切り上げ彼らとは別れた。

 それから程なくして。俺達は品評会の行われる広場に到着した。

 品評会会場は最奥の特設ステージから放射状に長椅子が並べられている。まだ空きのあるそれらの内、どこに座ろうかと観察していたところ、ここでもまた知り合いを見つけた。

 今日は本当に縁に恵まれた日である。


「こんにちは」

「こんにちはー」

「おや、リュウジさん。それにマロンさんも。お久しぶりでございます」


 会場の片隅、長椅子の一つに腰かけていたのは一人の老婆。デシレアの祖母だ。


「うちの孫が無茶なお願いをしたそうで。お二人にはご迷惑をおかけしました、申し訳ありません。そして、孫の望みを叶えてくださりまことにありがとうございます」

「いえいえ、そんな。俺達にはどうってことない依頼でしたので」


 対価もきちんと貰っている──《付加》はまだだが──ので、頭まで下げられては少し気まずい。


「デシレアさんの発表を見に来られたんですか?」

「ええ、あの子の晴れ舞台ですもの。師匠として、家族として、見届けなくてはなりませんわ。それに、今回の《魔道具》は一からあの子自身が作った物ですので。どんな物が出来上がったのか今から楽しみで仕方ありませんわ」


 そう言って微笑みを浮かべるお婆さん。心底からそう思っているということが伝わって来る笑みだった。


「そうだ、隣いいですか?」

「ええ、どうぞ。一緒に見ましょうか」

「よろしくお願いします」


 そして俺達も隣に座らせてもらい、共に品評会の開始を待つことにしたのだった。

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