第79話 鎮魂祭

「やっと着いたぁ」

「そんなに経ってねぇのに何か懐かしく感じるな」


 タセリ村に泊まった翌日、俺達は《迷宮》都市メルチアに帰り着いた。


「こんにちは」

「久しぶりー」

「いらっしゃ、あっ、マロンさんとリュウジさん! 帰って来たんですかっ?」


 《魔道具》屋に入ると依頼人のデシレアが出迎えてくれた。どうやら今は彼女が店番をしているようである。


「はい。素材も無事手に入れましたよ」


 リュックをカウンターに置き、《潮風鉱》を取り出した。

 清涼な色合いの金属塊インゴットをゴトゴトとカウンターの上に並べて行く。


「おおっ、これは紛れもなく《潮風鉱》! しかもたくさん買えたんですね! それで、いくらぐらいかかったんでしょうか……?」

「それがですね、色々ありまして──」


 港町ペティであったことをデシレアに説明していく。


「──ということで、《潮風鉱》はタダでもらえたんですよ」

「え、じゃあ……」

「うん、報酬だけでいいんだよ」


 報酬とは別に、《潮風鉱》の代金も彼女から受け取る予定だった。一度の採掘でどこまで値が戻るかは未知数だったからだ。


「それはありがいですね。どうぞ、報酬です。リュウジさんもどうぞ」

「ありがとー。でも、これ、ちょっと多くない?」

「俺は《付加》で払ってもらう予定でなので報酬は……」

「ペティでは苦労されたみたいですし、ほんの気持ちです。もちろん《付加》もきちんと行いますよ」

「いけませんよ。元の契約では──」

「いえいえ──」

「ですが──」


 そうして数度の譲り合いを経て、少し多めの報酬を受け取った。何だか気を使わせてしまったようで申し訳ない。

 それから《濡羽の王笏》を渡す。


「それでは、お願いします」

「はい。鎮魂祭までは手が離せませんが、終わったら真っ先に仕上げますね」


 すぐにでも《魔道具》作りに取り掛かりたそうなデシレアに手を振り、俺達は《魔道具》屋を出た。


「これから孤児院に戻ろうと思うんだけどリュウジ君も来る?」

「いや、俺はいいや。寄りたいところがある」

「そっか。じゃあまたね」


 そうして彼女とも別れ、俺は大通りを歩いて行った。




◆  ◆  ◆




 メルチアに帰ってから四日が経過した。

 《迷宮》に行ったり《スキル》を鍛えたりしている内に時間は過ぎて行き、今日は鎮魂祭当日だ。


「リュウジ君、おはよ―」

「おはよう」


 おなじみの《中型迷宮》の広場でマロンと合流する。しかし、今日は戦闘用の装備ではなく、お互いに私服である。

 お祭りなので、マロンとあちこち見て回ることにしたのだ。初参加同士のだが、まあ、一人より二人の方がわかることも多いだろうとの判断である。


「で、どこから回る?」

「デシレアの《魔道具》が出る品評会は午後からだったよな。とりあえずその辺の屋台でも見て回っらねぇか?」

「じゃあそれで行こー」


 そういうわけで並んで街に繰り出した。

 お祭り当日と言うことで、街は大賑わいだった。屋台と露店が立ち並び、道行く人は皆、喜色を浮かべている。

 休日のショッピングセンターくらいの人口密度で、群衆から生まれる喧騒が街を覆っている。

 人の少ないであろう《迷宮》広場を集合場所に選んだマロンは慧眼だったと思う。


 その後、二人でいくつかの屋台を巡った後、俺達はとある広場に通りかかった。広場の奥にはステージが設けられている。

 他の広場とは違った雰囲気で、何だか皆、何かを待ちわびているように感じられる。

 気になって周りの話に耳を澄ませてみたところ、どうやらこれから演劇が行われるらしかった。

 どうするかを話し合い、せっかくなので演劇を見てみようということになった。鎮魂祭の成り立ちにも触れられるらしく、興味が湧いたのだ。


 少し待っていると広場の中央に設けられた舞台の上に人が上り、拡声器の《魔道具》を片手に喋り出した。

 広場に集まっていた人の多くはこれを目当てに来ていたようで、辺りの騒々しさは半減する。

 そうなると無関係な人々も何だ何だと声を潜めてしまい、途端に広場は静まり返った。


「メルチア市民の皆様、こんにちはっ。お祭りを楽しんでおられるでしょうかっ? 我らグレール一座がこのたび披露いたしますはこの街がメルチアと呼ばれる以前のお話。この鎮魂祭が誕生するきっかけとなった大事件──」


 顔の上半分を白黒の仮面で隠した胡散臭い男は、これまた胡散臭い声で朗々と語り始めた。

 良く通る声で並べられる前口上は、聴衆の意識をしっかりと引き付けた頃合を見計らって終わりを告げる。


「──それでは皆様、建国に繋がる英雄譚の序章を、心ゆくまでお楽しみください」


 そうして始まったのは、ストレートな英雄譚であった。

 貴族に生まれた主人公アシュトンは、広い世界を夢見て家を飛び出し、冒険者となる。

 遠くの《迷宮》都市に辿り着いたアシュトンはめきめきと頭角を現し、やがてS級冒険者達にも一目置かれるような存在に成長した。


 困っている人を助けたり悪党を成敗したりしつつ、《迷宮》攻略に邁進していたある日、アシュトンはある噂を聞く。

 それは彼の故郷、メルチア──当時はメルチーヨと呼ばれていたそうだが、混乱を避けるため演劇中はメルチアに呼び名を統一している──の《大型迷宮》が間もなく寿命を迎えると言うものだった。

 それを聞いたアシュトンは、街の人々のことを想い、《迷宮》が消えてしまう前に《迷宮核》を手に入れようと考えた。


 しかし《迷宮》攻略には危険が伴う。《大型迷宮》ともなれば尚更だ。大切な仲間達を危険に晒したくない。

 そう苦悩するアシュトンに声を掛ける者達が居た。それは、彼が《迷宮》都市に来てから助けて来た冒険者達だった。

 「困っているなら頼ってくれ」、「今度は俺達が恩を返す番だ」。そう言って手を差し伸べる冒険者達。

 その手を取ったアシュトンは、彼らを率いて生まれ故郷メルチアに凱旋する。


 だが、メルチアでは《大型迷宮》消失どころではない大事件が起こっていた。史上類を見ない程に強力な魔物の襲撃だ。

 そいつは爪を持ち、翼を持ち、獰猛な顔つきをしていたが、一番に目を引くのはその巨大さだ。

 人間の三倍の大きさをしたなかなかに気合の入った着ぐるみであり、中に五人もの人間が入り操作している。

 その大魔獣は大きな翼を使って街の中に降り立ち──実際に着ぐるみも飛んでいた。〈フライウィング〉等を使ったのだろう──、破壊の限りを尽くした。

 騎士団と共に戦ったアシュトンの兄は討ち死にし、後方で指揮を執っていたアシュトンの父も謎の光線に撃ち抜かれてしまった。


 あわやここまでかと思われたところで颯爽と現れるアシュトン一行。彼らは《迷宮》で培った力を存分に揮って大魔獣と互角に渡り合い、そして最後にはアシュトンの魔法剣が大魔獣の心臓を貫いた。

 そうして大魔獣を倒したアシュトンは、瀕死の父に跡を託されメルチアの領主となった。

 やがて、荒れ果てた街を復興させたアシュトンは、その惨劇の犠牲者達を悼むため、その悲劇の記憶を忘れさせないため、そしてその悲劇を乗り越えたのだと民の心を励ますために、街を挙げた祭事を催した。

 それこそが鎮魂祭の起源である。


 太祖アシュトンの意を汲み、今日と言う日を楽しみ尽くしましょう。

 そういった言葉で演劇は締めくくられた。

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