第82話 王都へ

「王都に行きたい?」


 鎮魂祭から一週間ほど経ったある日のこと。傍らを歩くマロンからそんな話を持ち掛けられた。


「そうそう、この《中型迷宮》も攻略できたんだしさ。そろそろ《大型》に挑みたいなって思うんだけど。《レベル》も上がりづらくなって来たしさ」

「確かにな。俺も《大型》に行くのには賛成だ」


 S級冒険者への昇格試験は《大型迷宮》第三十階層で開かれる。

 俺の一応の最終目標であるS級昇格のためにも、《大型迷宮》にはいずれ挑みたいと思っていた。


「でも、どうして王都なんだ? 確か《大型迷宮》は他にも二つあって、一番近いのは他の街だったろ?」

「ほら、来月には武闘会があるらしいからさ。今の自分がどこまで行けるか興味あるじゃん?」


 ほうほう、と相槌を打ちつつ考える。武闘会なるもののことを聞くのは初めてだ。


「武闘会ってのは強さを競う大会で合ってるか? 戦って順位を決めたりする」

「そうだよ」


 おおよそ『武闘会』と聞いてイメージするものと違いないらしい。


「まぁ、いいんじゃねぇか。俺もそろそろ《大型迷宮》に挑戦したかったし賛成だ」

「決まりだね。帰ったら予定詰めて行こうね」

「ああ、でもまずはアイツを倒さねぇとな、〈ゲイルセイバー〉」


 ここは《中型迷宮》第十五階層、守護者部屋。以前の挑戦から三十日が経ち、挑戦権が回復したため再討伐に訪れたのだ。

 鳥人の聖騎士へと《付加》の施された《濡羽の王笏》を突きつける。そこから放たれた突風の剣が戦端を開いたのだった。




「──というわけで、俺はしばらく王都に行くことになった」

「うん」

「もしかしたらずっと帰って来ないかもしれない」

「うん」

「この家は賃貸から持ち家に切り替えた。年に二回、役人が税の取り立てに来るからこの壺の中の銀貨を渡すんだ。十年分はあるはずだ」

「うん」

「そしてこっちの壺には有事のための金が入ってる。生活費はアマグさんに預けたが、世の中何があるか分からない。困ったときはこれを使え。でも無駄遣いはするなよ」

「うん」


 壺は《サイキック》の能力が届く限界の深さに埋めておけとか、掘り起こすのは深夜にしておけとか、思いつく限りのことを伝えて一息つく。

 それから何か伝え忘れていることはないかと考え出す。

 これまでも何度か遠征には行っていたし、俺無しでも金銭面以外は大丈夫だろうとは思う。けれどこれが最後かもしれないと思うとどうしても不安は拭い切れない。


「何かあったら隠し事せず、アマグさんや他の大人に頼るんだぞ。きっと力になってくれる」

「うん」


 それを最後に俺の言葉は途切れた。

 しばしの沈黙の後、レンが今日あった出来事を話し出した。

 王都行きの準備期間、そんなある日の一幕だ。




 旅の準備──《薬品ポーション》も買い足した──や挨拶回りをしている内に、日々はあっという間に過ぎて行き。今日は出発当日だ。


「今日からよろしくお願いします」

「かまへん、かまへん、気にせんで。むしろお願いするんはこっちや。頼んますで、A級冒険者サマ」

「ご期待に沿えるよう全力を尽くします」


 行商人のハイシュ氏に挨拶する。

 この世界の都市間の移動では、魔物や盗賊の脅威から身を守るため、複数の商人で隊商を組むことが多い。そしてハイシュはこの隊商のまとめ役をしている。

 王都までどうやって行くかと話し合っていた時に声を掛けてくれたのが彼だった。

 成竜を使った方が早く到着するが、王都付近は町や村が多く混乱を与える懸念もあったため、彼の提案は渡りに船であった。


 アマグ院長経由で俺達の元にやって来たハイシュは、高額の報酬金に加えて寝床の提供、朝昼晩の三食付きというかなりの好条件で雇ってくれた。

 王都に着くまでの二週間弱は護衛をしなくてはならないが、金欠の俺にはそれでもありがたい。マロンも自力で野営をするのは面倒だとかで賛同してくれた。

 そうして俺達はめでたく隊商に混ざることとなった。


「こちらは王都までの護衛のマロンさんとリュウジさんや。二人ともA級冒険者やから実力は折り紙付きやで。皆、顔は覚えたな? そんなら行くで」


 一緒に旅をする商人や冒険者──俺達とは別に四人パーティーが一組雇われている──に顔見せを済ませ、そしてハイシュの指揮に従って西門から外へ出て行く。

 門をくぐる馬車の数は十ほど。一定の間隔を開けて縦に連なり進んで行く。

 俺達が乗るのは最先頭、ハイシュの操る馬車だ。新参者を背後に置くのは実力的にも信用的にも厳しいのだろうか、なんてことを思いつつ馬車に揺られる。


「う~ん、少し寝るねぇ」


 腕を枕にし、ゴロンと横になるマロン。

 座席はそこそこ固い上、ガタガタ揺れているというのによく横になれるなと感心する。が、注意はしておかなくては。


「護衛が寝てちゃダメだろ」

「えー、《気配察知》は使ってるから大丈夫だよー」

「そういう問題じゃなくてだな……」

「リュウジ君は起きてるんだし平気平気」


 まあ実際、メルチアを出てからしばらくの間は襲撃もないのだろうが。街近辺は魔物も少なく盗賊も寄り付かないため比較的安全らしいのだ。

 ……暇だな。

 馬車の中では《気配察知》と《潜伏》くらいしか訓練できないためやることが本当にない。

 せっかくなので調べた王都までの地理でもおさらいしておこうか。


 この国、メティル王国は長靴を上下逆さにしたような形をしている。国の北東部、爪先の位置にあるのがメルチアだ。

 爪先と言っても国の尺度で見たらの話であり、実際に最東端にあるわけではない。メルチアは国境線に接してはいないのだ。

 北にも南にも他領があり、東には海が広がる。そういう立地だ。


 そして現在は、そのメルチアを出て西進中だ。この道街道をしばらく行くとやがて西と南西に分岐し、そこを南西に進んだ先の先の先の先にあるのが王都だ。

 長靴のちょうど中央辺りに位置する王都は、正式名称を王都アシュトニアと言う。

 鎮魂祭のお芝居の主役であったアシュトンと似通った名前をしているが、彼が建国の際にそこを王都と決めたため、名前も新国王アシュトンに合わせたものに決めたそうだ。


 そんな王都アシュトニアだが、特筆すべきは《迷宮》の多さだ。《迷宮》保有数はメルチアをも超える四。

 内訳は《小型》一つ、《中型》二つ、そして《大型》一つ。

 《迷宮》の発生地点は他の《迷宮》の近くになりやすいというのが通説だが、ここまでの数が一つの都市に揃うことは非常に珍しいのだとか。


 そんな益体もないことを思い出していると《気配察知》に反応があった。


「なあ、前の方からの気配なんだが……」

「むにゃぁ」

「こら、起きろ」

「うわぁっ、冗談だよ冗談っ、起きてるよっ」


 ピシッと背筋を伸ばすマロン。

 そんなやり取りが聞こえていたのか、御者台のハイシュから声が投げかけられる。


「もしかして敵かいな」

「気配だけなので冒険者かもしれませんが」

「多分無視して大丈夫だと思うよ。気配の感じからして獣系だし、こっちの数がわかったら逃げ出すと思う。気配の配置も待ち伏せしてるってよりは獲物を追ってたら道に出ちゃったって感じだし。でも一応、リュウジ君を外に出しておくから安心してね」

「俺なのか」


 とはいえ逆らう必要性もないので、素直に御者台に出てハイシュの隣に腰を下ろした。幌がなくなり周囲がよく見える。

 そこで敵が来ないか目を光らせていると、マロンの推測通り、気配達は道を外れ遠くへと移動していった。

 そのことをハイシュさんに伝え、念のためもうしばらく待ってから馬車内に戻った。


 そのようにして、王都までの旅は順調に始まった。

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