第83話 盗賊

 時折現れる魔物を退治しながら長閑のどかな旅路を行く。

 魔物が出るのに長閑とは矛盾しているかもしれないが、緊張感とは縁遠いのは事実なのだ。

 街道であるため強力な魔物は近づかない。強くとも精々オークに毛が生えた程度である。

 数も疎らで《潜伏》の《スキルレベル》も低い。マロンも俺も、それから後尾を固める冒険者達も、奴らの接近を見落とすことはない。


「そういやリュウジ君はさ、どうして冒険者を続けてるの? 安全に稼げる鑑定士とか治癒師とかに転職しようとは思わないの?」

「思わねぇな。俺はもっと強くなりたい。《レベル》上げて《スキル》鍛えて《装備品》を手に入れて。安心して暮らせるだけの強さが欲しい。だからしばらくは、少なくともS級になれるまでは冒険者を続けるつもりだ」


 安心して暮らせるように、誰にも負けないくらいの力を身に着けたい。

 かつて定めたその行動方針に変わりはない。

 漠然とした焦燥感は、今も胸の内で燻っている。


「ふふっ、安心して暮らすため、って。これまでどうやって生きて来たの」

「別にいいだろ、色々あったんだよ。それより何で急にそんなこと聞いて来たんだ?」

「いや、ふと思ったんだよね。王都の《大型迷宮》まで一緒に旅することになったけど、リュウジ君は冒険者辞めたくないのかなって」

「旅の中盤で聞くことじゃないだろ」

「えへへ……と、来たみたい」

「だな。どっちが行く?」

「次は私が行くよー」

「任せた」


 マロンが馬車を飛び出し、茂みの奥に消えて行った。

 少しして魔物の気配が途絶え、彼女が戻って来る。息も切らしていない。

 このように一人でも問題なく殲滅可能なため、魔物にはどちらか一方が対応している。隊商の護りを残しておきたいという理由もあるが。

 さて、そんな具合で今日も旅は順調に進んでいた。


「今日はこの辺りで野営にすんでっ」


 隊商のリーダーであるハイシュの指示で、馬車達は街道の脇の開けたエリアに入った。

 今いる街道は草原地帯を通っており、道の外は背の高い草が壁のようになっているのだが、ここは草が広範囲にわたって刈り取られている。

 ちょうどパーキングエリアのようだった。


 そのエリアの一角に集まった馬車達。そこから商人達がぞろぞろと降りて来て天幕の設営を始める。

 俺達冒険者は見張りだ。視界が開けているとはいえ、魔物相手では一瞬の遅れが命取りになる。また、他の停留者への警戒も兼ねているらしい。

 滅多にあることではないが、盗賊が旅人に扮して襲う事例もあるそうだ。


 さて、そんな風に俺達が目を光らせている後ろでテントは完成し、商人達は夕飯の準備に取り掛かった。空がオレンジに色づくのに合わせて、美味しそうな匂いが漂ってくる。


「冒険者の皆様方、ご飯ができましたぞ」


 商人の一人がやって来てそう言った。


「マロンさん達がお先にどうぞ」

「ありがとー」

「譲っていただいてすみません」


 食事も交代制で取る。

 快く順番を譲ってくれたもう一つのパーティーの言葉に甘えて、俺達はテントに向かったのだった。




◆  ◆  ◆




 その次の日。隊商は山岳地帯に差し掛かった。

 蛇行する谷間を進んで行く。


「気配がする。これは……待ち伏せ、かな?」

「待ち伏せ?」


 疑問に思っていると俺の《気配察知》にもそれが引っかかった。

 なるほど、たしかに待ち伏せだ。街道を挟み、二集団に別れて《潜伏》している。《スキルレベル》が低いので気配を隠し切れていないが。


「今度は俺が行こう」

「いってらっしゃい」


 馬車から出て先を急ぐ。隊商が着く前に終わらせたい。

 魔力を練り上げつつ近づいて行くと、やがて気配の一つが道に出て来た。


「よお、アンちゃん。一人旅かい?」


 それは人間だった。鑑定で事前に分かっていたことだが、背筋に緊張が走る。

 普段なら、つまり魔物相手なら問答無用で〈魔術〉を放つのだが、今回は攻撃を一旦保留して言葉を投げかける。


「そんなところですね。あなたもですか?」

「いやいや、俺達は違うぜ」


 そこで他の気配達も物陰から出て来た。包囲などはしておらず、総勢十名ちょっとがぞろぞろと一所ひとところに集まる。

 厳つい男達がこれだけ居ると、少し威圧感があるな。


「俺たちゃあ盗賊だ。荷物を全部置いていけば命までは取らねぇぜえ、ぐぇっへっへ」

「そうか、〈ダウンバーストフィスト〉」


 返答を聞くなり〈特奥級・・・魔術〉を発動させた。

 打ち上げられた魔力が下降気流に変じ、豪速でもって吹きつける。

 それはさながら大気の拳。威力は抑えたが《レベル20》弱の盗賊達に躱す術はなく、呆気なく吹き飛ばされた。

 気流の向きを斜めに調節したため全員後方に飛ばされており、散り散りになったりはしていない。

 威力は抑えたとは言え〈特奥級魔術〉、ほとんどの者は立ち上がることもできない様子だ。


「ひ、ひぃぃぃっ」

「〈スパークスネーク〉」


 逃げようとした何人かには、これまた威力を抑えた〈上級魔術〉をお見舞いする。

 蛇型の電撃を放つこの〈魔術〉は、発射後も軌道をある程度操れる。《麻痺》させるという《追加効果》もあり、これ一発で逃走者全員を無力化できた。


「《双竜召喚》」


 他の連中まで動き出しては面倒なので、逃げる気が起きないよう小竜達に見張らせる。中型犬サイズでもドラゴンはドラゴン、近くで見るとかなり迫力がある。

 しばらく待っていると隊商が追いついた。


「全体、一時停止やっ。リュウジさん、その方々はどちら様でっか?」

「盗賊です、襲って来たので返り討ちにしました。ロープとかありますか?」

「殺さないの?」


 荷台から顔を覗かせたマロンが物騒なことを言い出した。


「生け捕りにできたからな。衛兵に突き出すつもりだ」

「ここで殺しちゃおうよ。盗賊なんてきっと打ち首だし」

「わかんねぇだろ。もしかしたら強制労働で済むかもしれねぇ」


 実際こいつらは、荷物を差し出せば命は取らないと言っていた。

 盗賊の言葉を安易に信じる気はないが、死罪を免れる可能性は充分にある。


「えー、強盗なんてする連中だよ? 生きててもロクなことしないって」

「それを判断すんのは俺達じゃないだろ」

「まあまあお二人さん。どうせ次の街には今日中に着くんやし、このまま連れて行きまひょや」

「……まあ、私も恨みがあるわけじゃないしどっちでもいいけど」


 ハイシュの取り成しで盗賊達の捕縛に移る。

 後ろの方の馬車に積まれていた縄で腕を縛り、全員を繋げた。

 その後、盗賊達に治癒〈魔術〉を掛けて自力で立たせ、馬車の前を歩かせる。反乱に備えて俺は御者台で待機だ。

 固まって歩く盗賊達を追い立てるようにして、隊商は次の街を目指して進んで行く。。

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