第68話 港町ペティ
「ギャギャ……」
マロンに貫かれたゴブリンがぐったりと力を失い倒れる。
彼女は手際よく討伐証明部位を切り取った。
「はー、凄えなあ。攻撃するとこ全然見えなかったぜ」
「これでもA級冒険者だからねー」
森からペティに向かう道中でも魔物には襲われる。ただ、この辺りの魔物はかなり弱いので俺達とセオドアで順番に戦うことになった。
俺達はもちろん、セオドアもC級冒険者のため、たかがゴブリンの群れ程度に遅れは取らない。
それから少しして森の終わりに差し掛かった。
木々が途切れ、バッと視界が開ける。太陽の光が目に眩しい。
見れば、そこは高台となっていた。緩やかな坂道が町と、その向かうの海に繋がっている。
「わぁぁ、見て見てっ、海だよ!」
「そうだな」
「……リュウジ君テンション低くない? 海、こんな近くで見るの初めてでしょ?」
「いや、初めてじゃないぞ」
「あれ、港町出身なんだっけ?」
そういうことでもないのだが、曖昧に頷いておいた。交通機関が未発達で、しかも魔物がうようよしているこの世界。他の町に行くのが一苦労なのは昨日今日で身にしみている。
日本に居た頃は車に乗って市を一つ跨げば簡単に海に出れた。遠出することも旅行することも普通にあったので、海は何度か見ている。テレビで見たのも含めれば見慣れていると言っても過言ではないほどだ。
なので関心は他のところに向かう。
「あれが港町ペティか」
坂の上から遠くの町並みを見渡す。漁村ほど小規模ではないがメルチアよりは小さな町で、海岸に沿うようにして横に広く伸びている。
沖には何艘もの船が浮かび、港に泊まっている船は疎らだ。
「そうだぜ、田舎だが活気があって良い町だろ?」
そう言って坂を下り始めたセオドア。俺達もそれに続く。
ペティまではもう一息。けれど魔物が出ないとも限らない。気は緩めずに行こう。
「俺はギルドに行くんだが二人はどうする?」
「私達も道中で手に入れた素材を換金しなくちゃだし、付いて行くよ」
「セオドア」
町に入ってからもセオドアに付いて行くことになった。
彼はすれ違う人に良く声をかけられ、それに笑顔で応じている。誰もが顔見知りになるような規模の町でもないので、この辺りに住んでいるのか、そうでなければかなり顔が広いのかもしれない。
「ここですよ」
着いたのは普通の家より一回りほど大きな施設だった。冒険者ギルドを示す剣と盾の看板が出ている。
モリーの後を追ってスイングドアを通る。まだ昼には早い時間帯なのもあってか、中は閑散としていた。受付は一つだけだが列は出来ていない。
「先に行ってくれ」
「ここまで案内してもらったのに悪いですよ」
「いや、俺は少し時間がかかるからな」
そういうことなら、と順番を譲ってもらい素材を受け渡す。
持ってきたのは討伐証明部位だけだったので換金はスムーズに終わった。
「こちらが報酬です」
「ありがとうございます」
「あれ?」
「どうした? マロン」
「ううん、何でもない」
最後にセオドアに礼を言ってからギルドを出た。
そして町を歩いて行く。まずは宿を取らなくては。
「うーん、やっぱり金額少なくない?」
「そうなのか?」
その道中、報酬金をマロンに渡すとそんな言葉が返って来た。
開けて見せてくれた袋の中には銅貨がジャラジャラ入っている。
「素材報酬がないからってだけじゃないのか?」
「それにしてもだよ。メルチアならもっと多いはずだよ」
「そうなのか」
相場をよく知らないのであまりピンとこないが。
「たしか報酬額とかはその町の領主とかが決めてるんだよな」
「うん」
「メルチアとは物価が違うだろうしそういうのなんじゃないか?」
ここからメルチアまでは一週間かかる。経済の事情に疎い俺だが、それだけ離れていれば物価も変わってくるように思う。
都会と田舎では差が出来るのが自然だろうし、領主としても無駄な出費は抑えたいはずだ。
「はぁ、宿代足りるかなぁ」
「まあ足りるだろ。最悪、また外で狩ってくればいいだけだしな」
《潮風鉱》を買い付けるためのものとは別に、宿泊等に使う路銀は持ってきている。が、討伐報酬もあるだろうとのことで心許ない額である。宿代が安い事を祈ろう。
「すみません、一泊二日で泊まりたいのですが……」
「二人なら料金はこれくらいだね」
そんな祈りが天に通じたのか、訪れた宿屋には格安で宿泊できた。ここを紹介してくれたセオドアには感謝だな。
「リュウジ君はそっちのベッド使ってね。私はこっちだから」
安値の代償に相部屋となってしまったが。
荷物を部屋に置いた俺達は、早速、町を見て回ることにした。
まずは《潮風鉱》を買ってしまおうと市場を訪れる。港の傍に位置するそこには、その日獲れた魚や採掘された鉱物などが売りに出されているのだ。
ガヤガヤと賑わう魚エリアを通り過ぎ、鉱物エリアに着いた。
だがそこは活気のあった魚エリアとは対照的に静まり返っている。人もほとんどいない。
とりあえず一番近くで露店を開いている白髪のお爺さんに話しかけてみる。
「すいません。《潮風鉱》を買いに来たんですが、ありますか?」
「おぉ、《潮風鉱》ならここにあるぞぉ……。この一塊で金貨六枚じゃぁ……」
「……高いですね」
「採掘に行けておらんからのぉ……」
「まだ復旧していないのですか……」
掠れた声のお爺さんに聞いたところによると、採掘はまだ再開していないとのことだった。
思い返してみればデシレアも、そろそろ行ってるはずだというふわっとした理由で俺達を送り出していた気がする。
まさか無駄骨だったのかと嫌な汗を流しながら質問を重ねる。
「そこそこ急ぎの用なのですが、次に採掘に行くのはいつ頃になりそうですか?」
「知らんのぉ……。そう言うんはロイさんの管轄じゃ」
「ロイさん、というのは?」
「採掘船の船長じゃよ」
聞けば、
話のお礼に多少の金銭を払い、そのまたお礼に魚の干物を一切れもらってその場を後にした。
そして向かうのは港の中で特に大きな建物、漁師組合の本部である。ロイさんとやらはその責任者の一人でもあり、普段はここのに居るらしい。
「勢いで来ちまったけど急に押しかけて大丈夫だったか?」
「まあ、駄目だったら帰ればいいだけだよー」
もらった干物を齧りつつマロンが言った。
それもそうかと気を取り直し、組合に足を踏み入れる。
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