第69話 漁協
漁師組合を訪れた俺達はそのまま奥の部屋に案内された。
「失礼しまーす。お客さんですよ」
案内してくれた男性が返事を待たずに扉を開く。
縁側のようになっていて開放的なその部屋では、四人の人物が卓を囲んでいた。ボードゲームをしているようである。
向かって奥側に座る厳つい顔の壮年男性が最初に口を開いた。
「アぁん? 見ない顔だな、オメェら。旅人か?」
「冒険者のリュウジです」
「私はマロンだよ」
「おお!? A級なのか!?」
冒険者証を見せながら言うとざわりと驚かれた。
「その気配の強さ、
「それはですね──」
知り合いが《潮風鉱》を必要としているので採掘の予定が知りたい、と俺達がここに来た理由を手短に説明した。
それを聞いた面々は顔を顰める。
「ワリぃがしばらく出られそうにねえ。見栄っ張りのクソ領主のせいでな」
「せっかく船が直ったってのになぁ」
「んだんだ、貴重な飛救士をォ、あんな連れてくなんて酷ぇべ」
「何かあったんですか?」
今度はこちらから聞いてみたところ、どうも人員が不足しているらしい。
採掘場所には採掘船という大型船を使って行くのだが、その船の揺れがかなり激しい。人が海に落ちたときに救えるよう〈フライウィング〉等で空を飛べる者、飛救士を連れて行くのが習わしなのだが、その飛救士を領主が連れて行ってしまったという。
町に残っている飛空士は一人だけで、不測の事態も考慮するとあと二人は欲しいとのことだった。
「護衛だとか言っておったが、子飼いの騎士がおれば充分じゃろうに、臆病者め」
「そもそもだ、アイツが討伐報酬をケチらなけりゃぁ他の高位冒険者も残ってたはずなのによう」
脱線しつつあった話を引き戻して訊いてみたところ、件の領主が返ってくるのは数週間は先。それまでは採掘には行けないと悔しそうに語った。
ただ、そういう問題なら何とかなりそうだ。
「実は俺、〈風魔術〉が得意なんですよ。お手伝いしましょうか?」
そう言って飛行能力を使って少し浮いて見せる。
「おおっ。出力はどうだ、一度に二人抱えられるか?」
「恐らくは」
卓を囲んでいた人達を二人ほど抱えて飛行能力を発動。必要魔力は増えたが問題なく浮かんだ。
「おお! だがせめてもう一人……ヘンリエッタさんに、いや、あの人が町に居ないと何かあったときに……」
「実は竜の使い魔が呼べます」
《若竜化》を使い一人ずつ掴んで浮かばせる。
「おおっ!! これなら採掘に行けるぞっ」
縁側部屋が歓声に沸いた。だが、ふと不安気に表情を暗くする。
「あー、協力してくれるのはありがたいんだが、給金はどれくらい必要なんだ?」
なんだそんなことか。
「冒険者として働くわけではないので飛救士の普通くらいで大丈夫ですよ。《潮風鉱》がないと俺達も困りますし」
「恩に着るぜっ。よしテメェらっ、明日は採掘だ!」
厳つい壮年の男性──この人が話に聞くロイさんらしい──が立ち上がって檄を飛ばす。
「採掘は明日の朝六時からだ。野郎共にも伝えて来い!」
「上手く話がまとまって良かったね」
「ああ、これなら《潮風鉱》も間に合いそうだ」
組合を出た俺達は近くにあった食堂に来ていた。
料理が来るのを待ちながら雑談する。
「これからどうする?」
「そうだな、たしかペティには《小型迷宮》が一つあったはずだからそこに……」
「えー? 海まで来て《迷宮》攻略ぅ? どうせ明日から忙しくなるんだし今日くらいはゆっくりしようよ」
まあ、たしかに。クレン山を越えてこの町まで来るのは骨だった。明日は採掘に同行するし、その次の日には帰る予定なのでまたクレン山を越えることになる。
今日くらいは体を休めるのもいいだろう。
「そうだな、休みにするか」
「うんうん、せっかく海の町に来たんだし楽しもう」
「楽しむって……何するんだ? 海にでも行って泳ぐのか?」
「その辺ぶらぶらしたんでいいんじゃない? あと私泳げないよ」
水着もないし海に行くのは土台無理な話であった。それに泳ぐのは疲れるので体を休めるという目的にも反している。
ここは港町、それも異世界のだ。見慣れない物も色々あるだろうし普通に観光したのでも楽しめるだろう。
そんなことを話している内に料理が運ばれてきた。魚介類がふんだんに盛り付けられた海鮮丼だ。
手を合わせてさあ食べよう、というところで外から怒号が聞こえて来た。
振り返って窓の向こうの様子を見る。往来の真ん中で二人の男が揉めているようだった。
「おい! 何ぶつかってんだよ!」
「アア!? オメェが避けときゃ良かったんじゃねぇかよ!!」
「何だと!? クラーケン倒したからって調子乗ってん──」
大柄な二人の男は今にも掴みかからんばかりの勢いであった。というか片方が殴りかかった。
「づあっ、テメッ、やりやがったな!?」
殴られた男は反撃しようとするもそれより早く二打目に襲われる。それによって倒れたところをさらに追撃しようとし、見かねた俺が店を飛び出す直前。追撃は中断された。
殴った側の男がヨロリと体を揺らす。
「クソっ、が……」
そのまま壁に寄りかかったかと思うと、大きな舌打ちを残してよろよろと去って行った。
俺は倒れた男の傍に膝を突くと魔力を練り上げて行く。
「〈ライトヒール〉」
軽い傷を癒す〈魔術〉が発動した。暖かな光の泡が男に吸い込まれ行き、頬の腫れが引いた。
彼は頭を抑えながら体を起こす。
「ありがとよ、リュウジ。治療屋に行く手間が省けたぜ」
何故俺の名前を……? と一瞬警戒したが、よく見れば倒れていた彼は、この町まで案内してくれたセオドアだった。
「いえいえ。それより怪我はもう平気ですか? 衛兵を呼びましょうか?」
「はっはっはっ、この程度のことで衛兵は大袈裟だ。それにゾンク……さっきの野郎も調子悪そうだったしな」
快活に笑いながらそんなことを言う。先程まで怒り狂っていたとは思えない変わりようだ。
一度殴られたことで逆に冷静になったのか。殴った方の男の顔色が悪かったことに気付き、仕方ないから許してやろうと思ったのかもしれない。
それに名前を知っているようなのも気になる。
「お知り合いなんですか?」
「俺が一方的に知ってるだけだな。アイツはこの町の冒険者じゃ一番の実力者なんだわ」
先程の男、ゾンクは、不意打ち気味ではあったとはいえ終始攻勢を譲らなかった。C級冒険者のセオドアにそんなことをやってのけたことから、その実力が窺える。
「あれ、でも領主の人が有能な冒険者を引き連れて出かけてるって聞きましたけど」
「ああ……。ゾンクも一応呼ばれてたらしいんだけどな。俺も詳しくはないんだが、何でも、粗相をして追い返されたって話だ」
それで機嫌が悪かったのかもな、なんて言いながら肩をすくめるセオドア。
「なるほど……。まあ、その話は置いといて。あんまり無暗に喧嘩を売らない方がいいですよ」
「いや、全くだ。次から気を付ける」
最後に一応の忠告をしてから食堂に戻る。
「おっちゃん、刺身定食を一つ頼むぜ」
なお、セオドアも昼食を食べに行く途中だったようで、同じ食堂に入って来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます