第70話 観光
「ここは造船所だな。船は大体ここで造られてる」
「へー、あ、ホントだ! 中に何個か船があるよ」
「建物と海が繋がってるんですね」
治療のお礼がしたいと名乗りを上げてくれたセオドアに連れられて、俺達は港町ペティを観光していた。
今は道端から造船所を覗いているところであり、セオドアに
「冒険者なのに詳しいんですね」
「ま、この町で育ってりゃこれくらいのことはな。それに、冒険者の仕事が休みだと漁を手伝わされたりもするんだわ」
近所に住んでいる昔馴染み達に強引に引っ張っていかれる、と彼は嘆いた。
魔物と戦い《レベル》が上がっている人間は力仕事には適任だ。C級冒険者であるセオドアは大層頼りにされることだろう。
そんな彼が次に向かったのは、町の中央辺りにある真っ白な建物だった。汚れはほとんど見当たらず、塩を塗り固めて作ったような純白さを保持している。
扉の上には赤い十字架の看板があった。
「次はここ、治療屋だ。つってもこれはアンタらの町にもあるか」
「メルチアにはそこそこあったね」
治療屋とはその名の通りに治療をしてくれるお店だ。回復系〈魔術〉や《スキル》の使い手が詰めており、単純な怪我から風邪や体の不調まで大抵のことに対応してくれる。
《小型迷宮》に近い立地であり、冒険者需要も高そうだ。
「この町には治療屋はここしかねえから何かあったら真っ先にここに来るこったな。リュウジが居れば必要ねえかもしれんが」
「いえいえ、俺はまだ簡単な回復系〈魔術〉しか使えないので」
「そうなのか。でも安心してくれよ、この治療屋には元S級冒険者が居っから腕がもげても治してもらえるぜ」
「S級……それは凄いですね」
「そうだろうそうだろう。昔は二つ名がつくくらい都会でも有名な冒険者だったらしいんだが、引退して地元に戻って来てくれたんだ。ウチの町の自慢の一つだぜ」
「あらあら、そんなに褒めそやされちゃぁ照れてしまうわ」
唐突に、背後から声を掛けられた。振り返れば老婆が居た。
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人間種―
個体名 ヘンリエッタ
職業 棒士 風魔術師 光魔導師 水魔導師 闇魔術師
職業スキル 棒術強化 魔術強化 儀式魔術 光魔術強化 光術巧者 水術巧者 闇魔術強化
スキル 棒術(中級)Lv7 風魔術(上級)Lv4 土魔術(中級)Lv9 火魔術(中級)Lv10 光魔術(特奥級)Lv7 水魔術(特奥級)Lv4 闇魔術(上級)Lv8 暗視Lv10 気配察知Lv9 潜伏Lv10 鎮魂の祈禱Lv10
称号 迷宮攻略者Lv10
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《鎮魂の祈禱》ランク3:周辺の死霊系種族を弱体化させる。周辺に存在する同種族の死体、及び死霊系種族を感知できる。
《天鐘》ランク5:光系統の〈魔術〉の効果を増幅する。
「こんにちは、ヘンリエッタさん。今日もお元気そうで何よりです。あ、こちらがさっき言った元S級のヘンリエッタさんだ」
「これはどうも、リュウジです」
「マロンだよ」
「ご丁寧にありがとねえ。今はしがない治療屋店長のヘンリエッタよ、よろしく」
柔和な笑みを浮かべてそう言う老婆。
白髪が目立ちはするものの、背筋をピシッと伸ばしていて衰えを感じない印象だ。
この人がヘンリエッタさんか、と心の内で呟く。
S級冒険者を一応の目標としている身としては、一度会ってみたいという思いがあった。
《ユニークスキル》は最大《レベル》であり、《術技系スキル》も高い。弛まぬ修練を感じさせる《ステータス》に畏敬の念を覚えた。
「いつもは中にいるのに、今日はどうしたんです?」
「それがねえ、ちょっと動かせないくらいの重傷者が出ちゃったのよ。それで治療屋は弟子達に任せてたの」
安心して、その人は無事だったから。と、付け足す。
「そいつは良かったです。じゃあ俺達はもう行きますね。二人の観光案内してるんで」
「ええ、呼び止めてしまってごめんなさい。お二人も楽しんでらっしゃい」
最後に会釈して、その場を後にする。
そこからしばらく北の方へ行くと、この町では珍しい邸宅があった。そこそこ広い庭と外壁に囲まれ、門の前には見張りが一人立っている。
まさしく貴族のお屋敷といった感じだった。
「あそこは何なんですか?」
そう訊ねるとセオドアは露骨に顔を歪ませる。
「あそこは領主サマのお宅だよ。余計なことしかしねえクソッタレ領主サマのな」
「おいおい聞こえてるぞ」
門番は警告を発するも、どうにも調子が軽い。モチベーションは低そうだ。
漁師組合でもそうだったが、ペティの領主は嫌われ者のようである。雇っている門番までこんな対応とはよっぽどだ。
「今はいいが、領主様が町に居る間は悪口は控えてくれよ。お前を捕まえなくちゃいけなくなる」
「ああ、そんときゃ陰口に留めるぜ」
そして領主宅の前を通過した俺達は、また少し北に進み、東に方向転換し、着いたのは海へと出っ張った小さな岬。
先の方には一つの塔が建っていてそこが目的地のようであった。
「ここは灯台だぜ」
「とーだい? って何?」
「この上に登れば遠くまで見渡せて天候の予測が立てやすいんだ。それに景色がいいから気分転換にもなる」
灯台ってそういう物だったか……? 何だか、夜に光ってるイメージがあったのだが。
まあ、異世界なのだし地球とは違った役割を担っていても不思議ではない。別に船乗りを目指すわけでもないので気に留める必要はないだろう。
「これって登ってもいいの?」
「ああ」
「行ってみようよ、リュウジ君」
「そうするか」
「入口はあっちだぞ」
小さな扉をくぐり灯台の中に入った。中、と言ってもスペースはあまりなく、あるのは階段だけだったのだが。
外周に沿うようにして螺旋を描く階段を上る。
等間隔に並んだ四角い小窓。それだけが光源の薄暗い道のりであったが、《暗視》を持つ俺達には特に支障なく歩けた。
そうして着いた塔の屋上。塗装の施された鉄扉を開いた先には、一面の青が広がっていた。
抜けるような蒼穹が、それよりやや濃い群青の海原と溶け合う境界線。その上にはさっと筆を走らせたような白雲が浮かび、下には大小の島々が点在している。
「おぉ……」
「綺麗ですね……」
ほう、と溜息が漏れる。自然の美しさに呑まれる。殺風景な塔を登って来たからか、二つの青の色彩がより鮮麗に感じられる。
「あそこに見えるのが採掘に行く島だぜ」
灯台からの景色に見入っているとセオドアが指をさして教えてくれた。
指の先には一つの島、というよりは巨大な岩塊のような物が海面より顔を覗かせていた。
沖合いに浮かぶそれの上には緑はなく、民家もなく、ただただ無骨な岩の起伏が広がっている。よくよく目を凝らせば穴がいくつか空いているのが見えるが、それだけだ。
「結構遠いけど一日で行って帰って来れるの?」
「そこは問題ないぜ。何せ金貨何枚もする高級《魔道具》を載っけてっからな」
「はえー」
セオドアの腕の動きに合わせて港に目を向ける。指は一際大きな帆船をさして止まった。あれが例の採掘船なのだろう。
《魔道具》があるのに帆があるのは、ハイブリッド的にことなのだろうか。《魔道具》の効果も仕組みも分からないので何とも言えないが。
それからも三人で町を回った。異世界特有の文化や生活の様式を知れて楽しかった。
そして夕暮れが近付いてきたところで観光はお開きになり宿に戻った。
夕飯を食べてお風呂に入り後は眠るだけ。明日の採掘に備えてぐっすりと眠るとしよう。
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