第89話 王都での休日
昨日は首長竜の守護者を倒したため、今日は休日である。
部屋に置かれた槍と赤い鎧を見る。マロンは用事があるらしく、朝からどこかへ出かけているのだ。
「取りあえず
スポーツは毎日の積み重ねが重要だった。《棒術》の練習も暇を見つけては毎日欠かさず行っている。
先端が渦巻き状になった、訓練用の杖を手に持つ。
宿屋の庭に出て〈棒術〉の練習を始めるのだった。
そして午後。
暇潰しに散歩していると、以前迷った入り組んだ路地裏にまたも入り込んでしまった。しかし、急ぐ理由もないので気の向くままに小道を進んでいると、突然声を掛けられた。
「少しよろしいでしょうか。あなたはもしや、以前尋問させていただいた……」
「そう言うあなたは蛇の団の」
「はい、蛇の団十番隊所属のクッカと言います」
声を掛けて来たのは、先日会った蛇の団の隊員だった。
俺の背後を取っていた短髪の女性である。
「あの時は吹っ飛ばしてしまってすいませんでした」
「いえ、そんな。こちらこそすみませんでした、いきなり捕まえようとしてしまって」
〈バーストブロウ〉をぶつけたことを謝り、相手の謝罪を受け入れ、そして少し話をする。
「それで、今日は何のご用ですか?」
「用、と言うほどのことではないのですが、一言謝りたかったんです。あの時は私も冷静でなく、軽率で失礼な真似をしてしまいました。すみません」
そう言って再び頭を下げるクッカ。随分と律儀な人らしい。
「大丈夫ですよ。あんなの気にしてませんから頭を上げてください」
「恐縮です」
それからふと思い立ち、訊ねてみる。
「そういえば、今日は張り込んでなくていいんですか?」
「実は、この辺りで倒れていたゴロツキ達が悪魔契約者に襲われたと証言したため、私も応援に回されたんです。隊長はペティの事件について調べていて手が離せませんし、もう一人の同僚は任務中に歓楽街に行っていたとかで謹慎中なので、どちらにしろ張り込みはできませんでしたが」
「そうなんですか……」
仕事をさぼっていたという騎士のことはスルーして言葉を続ける。
「ペティの事件が資料に載ってると良いのですが……」
「ご心配なさらず、悪魔に体を乗っ取られたという報告はちゃんとありましたよ。現在は詳しい状況を調べたり、文献と照らし合わせて情報を精査したりしているところです」
どうやらペティでの件はきちんと伝わっているようだった。
「それは良か……ん?」
「? どうかされましたか?」
「いえ、《気配察知》に少し……」
ここから通りを数本
そこにあった気配の一つが突如、膨れ上がったのだ。
「向こうの方から妙な気配がするんです」
「私の《気配察知》には何も引っかかりませんが」
「あっ」
強まった気配は一つだけだが、それを取り囲むようにして五つの気配も存在していた。
その内の一つが突然、弾かれたように移動した。十中八九、攻撃を受けて吹き飛ばされたのだろう。
強まった気配を鑑定してみると、《状態》が《悪魔憑依》となっている。
悪魔契約者に間違いない。
「ちょっと急いだ方が良さそうですっ」
そう言い残し、飛行能力で建物を越えて行く。状況は分かってなさそうなものの、クッカも一緒に付いてきた。
なかなかの身体能力である。
現場にはそう間を置かず到着した。しかしそれまでにも取り囲んでいた気配は、一人、また一人と攻撃を受けたようで、着いた頃には悪魔契約者を除いて誰も立っていなかった。
「何をしているのですか!」
クッカが叫び、主犯と思しき青年の前に降り立つ。場所はそれまでと同じ路地裏。
当事者の彼ら以外、人目はない。少なくとも《気配察知》には引っかからない。
五人の男達が道端に倒れる中、青年だけは無傷であった。その身から黒いオーラを立ち昇らせ、何をするでもなく宙を眺めている。
「あぁ、なんだ騎士団か」
青年が振り返り、言った。俺はまだ屋根の上から様子見しているため、彼の眼中には無い。
「何をしているのか、と聞いたのです。返答次第では──」
「安心してください、絡まれたので抵抗しただけですよ。正当防衛というやつです」
「……悪魔の力を利用して、ですか?」
「ええ、何か問題が?」
全く悪びれる様子もなく青年は答えた。
「悪魔と契約するのは王国法第十七──」
「ハッ、何が法律ですか。全ッ然取り締まれてませんよね。そもそも、先に殴りかかって来たのはあいつらですよ? なら先にあいつらを捕まえるべきでしょ」
「いえ、それよりも悪魔契約者であるあなたを捕らえることが先決です」
「あっそ」
そこで一度言葉を区切り、青年は唇を弧状に歪める。
「だったらこの力、あんた相手に試してやるよっ」
「くっ」
戦端を開いたのは青年だった。腕から鞭状の闇を伸ばし、それを振るって攻撃していく。
幅五メートル弱の狭い路地だが、壁に当たることなどお構いなしに縦横無尽に鞭が暴れる。
クッカは剣を抜いて応戦するが、鞭のリーチと変則的な軌道に対応し切れていない様子である。
「そらそらっ、受けてるだけじゃ勝てませんよッ」
「これは……やむを得ませんね」
闇鞭の連撃に一歩ずつ押されていた彼女は、ついに倒れている男の傍まで追いやられてしまった。
これ以上後退しては彼らを巻き込んでしまう。
そこで彼女は意を決したように眉根を寄せ、叫んだ。
「お願いします!」
「〈マッドハンド〉」
青年の後方の屋根に居た俺が、泥の腕で彼を捕らえた。
この〈マッドハンド〉は《上級》の拘束系〈魔術〉だ。殺傷力がないために、気配が薄く避けられにくい。
仮に青年が戦い慣れしていれば、この〈魔術〉にも、それ以前に背後に回った俺にも気づけていただろう。
だが、戦闘中に《気配察知》を発動させたままにするのはそこそこ大変なのだ。
「な、何だ!?」
泥の腕、と言うと強度が不安になるかもしれないが、なにもただの泥ではない。
魔力の作用によって鉄鎖以上に頑丈だ。
「ハァぁッ」
隙を逃さず駆け出すクッカ。
青年は闇の鞭で迎撃するが、先程までの鋭さはない。身動きが封じられ、その分速度が弱まっているのだ。
必死にのたうつ鞭を掻い潜り、クッカはどんどん接近して行く。
「う、うわあぁぁっ」
「抵抗を止めなさい。さもなくば斬ります」
青年の最後の抵抗を軽々と躱し、背後を取ったクッカが剣で脅しをかける。
青年はガクガクと素直に頷いた。
「憑いている悪魔を外に出せますか?」
「は、はい」
「では、出してください」
「……はい」
僅かな間を開けて青年が返事をし、そして体を覆う黒いオーラがシューッと外に出て行く。
それは空中で悪魔の形を成した。
「ひ、ひぃぃぃ!?」
「〈飛断〉」
逃亡しようとした悪魔の胸を、クッカの斬撃が斬り裂いた。
精神体の悪魔が脆いというのは事実らしく、それだけで《魔核》は砕け悪魔は絶命。体を構成していた黒い靄は霧散してしまった。
「〈ヒーリングフィールド〉」
俺はと言うと、クッカが反攻に回った時点で路地に降り、倒れていた男達を一か所に集めていた。そして回復〈魔術〉を発動する。
範囲内の存在へと持続的に回復効果を与える〈ヒーリングフィールド〉は、マロンと二人で冒険していると滅多に使わない〈魔術〉である。
物珍しさ半分で傷の治りを見ていると、青年を抱えたクッカが戻って来た。
「怪我人の治療までしてくださっていたのですね、ありがとうございます」
「いえいえ。戦闘にほぼ参加しなかった分、これくらいはしておきませんと」
「そんなことはないです。この男を生かして捕らえられたのは、あなたが協力してくださったおかげです」
それから青年を縄で縛ったり、遅れてやってきた他の騎士達とやり取りしつつ、彼らが目覚めるのを待った。
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