第88話 幻の竜

 本日から一日二話投稿に戻します。


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 さくっ、さくっ、さくっ。雪を踏み固めながら歩く。

 目が痛くなるほどの白化粧も、ここ数日で随分と見慣れた。

 だが、この景色を見るのも今日で最後。これから区間守護者を倒してしまえば再び訪れることは当分無いだろう。


「来たね。さっさと片付けて帰りますか」

「油断だけはするなよ」

「分かってるってー」


 本当に分かっているのか疑わしい返事を聞きながら、守護者を鑑定する。


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奇竜種―フォールスネスシードラゴン Lv60

職業 区間守護者

職業スキル 守護者の妙技 守護者の偉容


スキル 爪牙術(中級)Lv6 風魔術(中級)Lv6 土魔術(中級)Lv6 火魔術(中級)Lv6 光魔術(中級)Lv6 水魔術(特奥級)Lv6 闇魔術(上級)Lv6 暗視Lv6 気配察知Lv6 幻想身Lv6 湖畔の詩Lv6 自動治癒Lv6 古竜の血脈(偽)Lv6 潜伏Lv6 熱死域Lv6 冷気との親和Lv6

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 そいつは恐竜……とりわけ首長竜に近い姿をしていた。体色は青っぽく、のしのしと四本のヒレを動かして雪上を進んでくる。

 《レベル》だけなら《中型迷宮》最終守護者の《海星王ネプチューンフィッシュ》と同等。ただ、《職業》がワンランク落ちるのであいつよりは若干弱いだろう。


「キュィィィイッ」


 首長竜が叫び、〈魔術〉を発動させた。

 水流が激しく渦を巻き、回転刃となって飛んで来る。〈ワールプールソートゥース〉という〈特奥級魔術〉だ。

 人間をダース単位で切断できる渦刃が高速で迫り来る。


「〈ゲイルセイバー〉」


 こちらも突風のつるぎで迎え撃つ。

 甲高い音をかき鳴らして拮抗する二つの刃。数瞬の後、突風の剣が打ち負け渦刃の進行が再開し、


「〈ガストブレード〉」


 直後に放った〈中級魔術〉と相打ちになった。

 次の〈魔術〉を構築する俺を置いて、チョコとマロンが吶喊とっかんする。

 首長竜が水のハンマーで妨害してくるが、マロンは雪の上とは思えないほど身軽にそれを躱し、さらに接近。若竜状態のチョコと大差をつけて首長竜の目前へ。


 食いかかって来た首長竜の顔を槍で横殴りにし、その反動を利用して噛み付きを躱す。

 次いで放たれた水の弾丸を軽やかなステップですり抜け脇腹を突き刺す。即座に後退。

 ブォンッ、と薙ぎ払われた首長竜の尾は僅かに彼女に届かない。


「〈ブロウアローズ〉」

「ガウッ!」

「グラァウッ」


 そして俺達は遠距離から〈魔術〉で援護する。風や光、闇が殺到し首長竜を傷つけて行く。

 ちなみに、今回はチョコも遠距離攻撃担当だ。側面に回り込みつつ闇の〈魔術〉を飛ばしている。


「キィゥ……っ」


 絶え間なく攻撃に晒された首長竜は、全員から血を流し、苦し気な声を漏らした。

 追い詰めている手応えを感じる。しかしそれは同時に、守護者に奥の手を使わせるということでもある。


「キュぃァッ」


 次の瞬間、奴の周囲が極寒地獄と化した。


《熱死域》ランク5:周囲の熱量を減少させ温度を大きく低下させる。


 ただでさえ寒冷なこの雪原エリア。気温を下げるこの《スキル》は相性が抜群である。

 効果範囲は半径二十二メートル。範囲内は急激に冷却され、およそ生物の生存できる環境ではなくなる。

 寒さに弱いドラゴンなどは、すぐに冬眠してしまうだろう。


「よし、チョコ。そのまま〈魔術〉を放て」


 これを想定してチョコには距離を取らせていた。〈魔術〉攻撃を続けるチョコから首長竜へと視線を戻す。奴はマロンの対応で手一杯といった様子で、チョコの〈魔術〉を防げていない。


「さっ、むいなぁっ、もう! 〈鬼怨おにおん〉!」


 そう、マロンはあの冷気の中で一人、首長竜と接近戦を行っている。

 卓越した《防御力》に加え〈コールドレジスト〉等の各種バフの助けにより、極寒の中にあって彼女には些かの衰えも見られない。

 勇猛果敢に槍を振るい、着実にダメージを与えている。


 俺達の援護射撃も変わらず行われており、首長竜の動きはどんどん弱々しくなっていく。

 雪原エリアの魔物がよく使う、自身の幻影を見せる《幻想身》を使ったりしていたが、《抵抗力》の高い俺達には大して効果はない。

 そんな蝋燭が尽きるのを見守るような攻防の最中、隙を見せた首長竜の頭をマロンがかち上げる。


「〈ゲイルセイバー〉」


 無防備に晒された首筋へ吸い込まれるようにして、突風の剣が致命傷を刻む。

 骨まで届いた切り傷からは止めどなく血が溢れだし、やがて死体はドロップに変わった。




 それからギルドで換金を行い、今は二人で街を歩いている。


「王都って本当におっきいよね。メルチアに初めて来たときはこれが都会かーって思ったけど、王都はそれ以上だよ」

「そうだな。俺はこの前、迷いかけた」


 先日、蛇の団に遭遇した日の帰りのことを思い出す。あの時は道に迷ってしまい空を飛んで帰って来たが、空からでも街の外縁部までは見えなかった。

 それだけ広大な都市と言うことなのだろう。


「まあ、そのせいでこんなに歩いてるのに闘技場に付かないんだけどねぇ。広いのも考えものだよ」

「そういや馬車があるらしいぞ。王都の地区から地区に走るやつ」

「えー、そんなのあるんなら先に教えてよ」

「いや、すまん。こんなに遠いとは思わなかった」


 マロンが武闘会に参加登録をすると言うので付いてきたが、何番街にあるのかも知らなかったのだ。


「どこから乗れるの?」

「その辺の広場から定期的に出てるらしいが、ここまで来たら普通に闘技場まで歩いた方が近いと思うぞ。たしかこの区画にあるんだろ?」

「もうー。次からは早く言ってよね」

「ちゃんと自分で調べてくれよ……」


 むくれるマロンと言い争いながら闘技場に着いた。

 オーソドックスなコロシアムの形をしたその施設。今日の試合はもう終わったらしく、規模の割に人が少なくどこかもの悲しさを感じさせる。

 とはいえ閉まったわけではないらしい。普通に入ることができた。

 受付に向かう。


「武闘会の登録に来たんだけどここで合ってる?」

「はい、こちらで登録できますよ。まずはお名前をお教えいただけますか?」


 それから二三にさん、質問に答える彼女。それだけで必要事項は聞き終わったらしく、最後に銀貨を二枚、参加料として支払っただけで登録は終わってしまった。


「じゃあ次はリュウジ君の番だね」

「ん? 俺は武闘会出ないぞ」

「ここまで付いてきたのに……?」

「それはまあ、何となくだ」


 自然な流れで誘われたのでついつい付いて来てしまったが、別に用事があったわけではない。


「えー、出ようよ」

「嫌だよ。なんでわざわざ人とやり合わなきゃならねぇんだ」

「優勝すれば賞金もたくさんもらえるよ?」

「《迷宮》潜ってりゃいくらでも稼げるだろ」

「じゃあちゃんと私のこと応援してよね」

「わかったわかった」


 元からそうするつもりだったし、当日は観客席からしっかり応援するとしよう。

 横断幕でも作ってやろうかと企みつつ、俺はマロンに付いて闘技場を後にした。

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